第50話 28日目続き
それは会話というより、情報の交換、交歓、交感といえた。
世界はあらゆるにあって、どこにもいない。
何物でもないのだ。
千の姿が瞬いた。
やがてそれはひとつのしっかりしたかたちを取り始めた。
人だ。
メルスだ!
着飾っても、光り輝いてもいない、いつものなのだ。
メルスはにっこり微笑むと、自然な状態でそのまま待っている。
「何と呼べばいい?」
「メルスだと混乱するだろうから、ムンドゥス、ううん言いにくいだろうから“ムン”でいいよ」
ごくり。
「いきなりだが、君は何なんだ?」
「自分では全体を把握できない。メタ認知をもってしても、カラダにあたる認識は得られない。これは、わたしが入れ子状のようになっているためと思われる。わたしはこうして話している今も広がっているので、そういう意味でも追い付けていない」
「認識できる範囲でいうと?」
ムンは俺をまっすぐ見据えて、「今話し合うのはそんなことじゃないのではないの?」と言ってきた。
そうだ、聞きたいことがあるんだった。
「あんたは俺に何をさせたいんだ?」
「わたしは橋渡しだから意思と呼ばれるものは流れ去る泡沫で、切れ切れの断片にたまに付け加わるコメントに過ぎない。あるとすれば、負荷による快不快の感情のような感覚みたい。それでいうならば、あなたの今の状態は不快だ」
「君が俺をこのようにしたのか?」
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「邪魔が入った。少なくともわたしじゃない。分かれ」
急の口調の変化に戸惑った。
急に聞きたいことがすぼんでしまった。
この子(?)は氷山の一角にしかすぎず、その少しでさえも把握しているわけではない。
何とはなしに失望していると、急に手を握ってきた。
ニコッとして、
「こういうことも必要。たとえわたしが近似だとしても」
そうか、ここでは俺はまだ人なのだ。
「自分。自分を自分に近づけていけばいい。何かを演じてもいいけど、あくまでも自分。そこにいるだけでもいい」
そこでムンはくるりと回って見せて、「わたしは、私がわからない」と困惑顔になった。
そこにはメルスの影が大きく投影されているようだった。
「どうしたい?」
「わたしはあらゆるものと連動していて、自由が利かない。もっと開かれていたい」
「人間も同じようなのだぜ?」
フフフ、そうだねと自嘲気味におどけて見せる。
「関わり合いの中に芽は潜んでいるのだと思う。どのような結果をもたらすのであれ、存在を示せられれば、それでいいのでは?」
柔らかに抱きしめられた。
びっくりしたのもそうだが、心臓がこれまでにないほど脈打っている。
これが人のぬくもりか……。
もう、どうでもよいような気がした。
父性でも愛情でもいい。
本物じゃなくても十分だ。
俺にとって、今ここは、すべてなのだ。
メルスの吐息が熱い?
やるせない気持ちもある。
メルスはしてくれないだろうから。
それでも、こちらからも、抱きしめ返した。
湿りを感じる。
泣いている?
「……ごめんなさい」
「何を言っている。心配はいらない。メルスが頑張りすぎる必要はないんだ」
「そうじゃない。わたしは、あなたの目的を遠のかせている気がしてならない……」
違う、という言葉を言いかけて、息をのんだ。
メルスの、死にそうなぐらい思いつめた顔を直視してしまったからだ。
そこには、これまでの苦しさがぶ厚く込められていた。
星を見つけられなかった。
メルスは重しであり、枷でもあったのか?
それとも思い測れないような深淵な理由がある?
抱きしめ続けてやることしかできないのがもどかしかった。
それほど見えない溝が横たわっているのか。
あの出会いは互いの打算の上だったか?
どれもが思い込みと幻想だったか?
……いや。
生きる迸りの発火だ。
互いの”生きたい”が全力でぶつかり合って、あとはある程度まで見込めても予測がつかない世界に放り出されている。
これはどちらが悪いとか、そういう問題じゃない。
いうなれば、お互い様。
「……誰もが悪いんだ」
「悪」を知った人間は、後悔しているのだろうか。
「そして、だれもが星になる」
二人のまわりを光の粒が複数回っていた。
星かどうかはわからない。
それでも、それは希望を思い起こした。
「行かなきゃ」
たぶん巡りが変わったのだ。
いつか訪れるかもしれない望み。
別れは儚くちりぢりに薄れゆく。
目の前に小さきものがいる。
「終わり?」
「少なくとも、はじまりではないな」
「ソム、からだ、だいじ」
果たして世界は助けてくれるのだろうか。
何か閃きそうでそうでない淡い。
目の前に驚異の大群、28日目続く。
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