第45話 26日目

 ……んぁ?!

 袋の中にいる。

 エニーは……自分の身体を点検している。

 よかった、生きていた!

 憮然としている。

 硬い表情だ。

 と、艶然とした、ぞっとくるような笑みを浮かべた。

 あまりにもな変化で、頭にしっかと焼き付いたほどだ。

「最高だな」

 その言葉は聞こえるかどうかのすれすれで、俺でさえも聞き逃しそうになる音量だった。

 軽くストレッチを一通りすると、とんとんとんと、ステップジャンプして仕上げをしている。

 竜の死骸からはぼんやりとゆらめき輝くなにものかが立ち上っている。

 エニー、身なりを丁寧に整えた。

 姿勢を正すと、拝謁の礼をする。

「大賢者様」

「いやあ、言われるほどでもないよ」

 聞き覚えのある声だった。


「簡略な礼式で失礼します。火急の使いなのです。わたくし、ダラスキア王国で一部隊を率いておりますダリル・C・スタンフォードと申します。このたび、大賢者様にお聞きしたいことがあるのでこのような場を設けさせていただきました。よろしいでしょうか?」

 ゆらめきは身体をくねらせた。

「もしかして仕えている主の変事に関することかのう」

「!ご存知でしたか。なら話は早いです。解決策をご教示いただきたく……」

「星の配置は上手く采配されてある、と言っておこう。旅人は何かを見出し、得るものだ。それが早いか遅いかは適時というものがある」

 あんた――ネビュラさんか?!

 だがその呼びかけのような発しは無視されているのか聞こえなかったのかそのまま2人の面談となる。

「……!このまま何もするな、ということですか?しかし、それではあまりにも……」

「揺るがぬイシが必要だ」

「いま、なんと?」

「……意思だ。伝えられることはこれぐらい。ではワシはまた眠るとする。さらばじゃ」

 ダリルさんは沈黙を押し殺していた。

 少し怒っているようでもあった。

 それでも、留飲を下げたのは、ドラゴンの背後にあるたんまりと溜め込んでいた財宝の山に目が行ったからだ。

 一息おいて、袋から宝石を取り出し、握りしめながら山をかき分け何かを探し始める。

 一縷の望みをかけた目をしていた。

 高価なものには目をくれず、一心不乱に何かを探している。

 かれこれ2時間は探しただろうか。

 休みもしないハードワークは不意に終わりを告げる。

 ちょっとした、思いが立ったのだ。

 背後の捨て去った山が気になった。

 何気なく、宝石を持った手をかざした。

 3、4度腕を左右に振ると、反応があった。

 掻き分けより分けて、それ以外は眼中にない風情で余計なものは放り出していく。

 ようやく見つけ出したそれに、ダリルは会心の笑みを出した。

 ないよりはいい、薄い望みでもいい……。

 額に押し付けて首を下げ、感極まって押し黙っている。 

 強い、断固とした想いが読み取れた。

 ――こんなにも感情豊かな人だったんだ。

 感に打たれていると、それ――一対の耳飾りを、俺の居城に招じいれてきた。

 よお、新入り。歓迎するぜ。

 それからこの複雑怪奇な洞窟から迷いなく地上へ向かう。

 それにしてもダラスキア王国、か。

 この大陸の大国の一にして、要衝、古来から傑物を輩出し、名を轟かしている。

 何を隠そう、クィラス地方の一都市ザムクードの智の学院にて俺が司書を務めていたのは、ここなのである。

 いわばホームグラウンド。

 といっても王国は広大で、探検した地域も半分ほどだ。

 ほかのところへも出征していたから、内地は他のものに任せていた節がある。

 残念ながら記憶に残っている情報が少ない。

 それがなんらかの障害でか、それともこのボディになっているせいなのか。

 それにしてもこの身体はつくづく興味深い。

 意識では小石という実感を伴いながら、人間だった頃のボディイメージをも外延している。

 精神体のようでいて、妙に生々しい。

 たまに発動する能力も含めて、まるでおとぎ話の精霊にでもなった気分だ。

 ――人間。

 その考えは最近になってとみに俺をつついてくる。

 ネビュラさんはながい、と言っていたがもうとても時間が経っている気がして俺の中で結晶化しようとしている。

 望みを捨ててはいないが、先行きはとっても不透明極まりない。

 信念は揺らぎまくっている。

 生来の性根も踏ん張りどころを見出せない。

 ここにきて、急に降ってきたのだ。

 俺は何ひとつ、できていないことに。

 

 26日目は続けるぞ。

 

 

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