第44話 25日目
ゆさゆさ揺さぶられている感覚で目覚めさせられる。
今いるのは地面じゃない。
急峻な崖の途上だ。
エニーはフリークライミングしている。
軽装だったとはいえ、ようやるね。
背中にしっかり荷物をくくりつけていて、荷重のバランスが取れるように取り計りながらしっかり次へ次へと掴みとっている。
宙に何か舞っているのがなんとか見える。
小型の魔物の類か、ぶっちぎりの動物か。
そちらの方には目もくれない。
胆力というか、肝が据わっているよ。
疲れ知らず、というのでもない。
小刻みに遊びを持たせている。
疲れを分散させているのだ。
驚くべき自己管理力だろう。
なんといっても、呼吸からして違うのだ。
見慣れないというか、独特だとしかいえない。
知識をなんとか手繰り寄せ、一部の部族民が極地にて行なっている、一式のものに似ているのだと思い当たった。
まったく、これだけの人物を、国は放って置かないだろう。
何か密命でも受けているのだろうか。
細目だがクールビューティーで、容姿にも問題はない。
あれよあれよといううちに、軽い運動の感覚で登り切ってしまった。
装備を整え直して、前方に鋭い視線を向ける。
奥の方から風に運ばれて熱気が伝わってくる。
空気がチリついている。
重い。
俺にものしかかってくる、ものすごい圧だ。
地の奥底から響く唸り声が、強風ともに運ばれてきた。
奥の存在が、エニーを認めたようだ。
エニーも迷うことなく抜剣する。
ほぼ同時だった。
業火の奔流が襲い掛かる。
瞬時に剣を納め、崖下の手がかりに足る突起物に手をかけてやり過ごす。
その地面さえも灼いている。
腰からロープの束を取り出し、片手でぐるぐる振り回す。
上空へ放り投げ、カシャンという音がすると、伸縮してエニー瞬時に上へと運ばれてゆく。
天井で振り子に揺られながら、相手を視認した。
馬鹿でかい流麗なフォルムの竜だ。
肌の鱗が万色に渦巻いている。
万物竜だ。
始原より在りし古竜。
世界の法則のある部分を担うともいう。
生ける伝説のソイツに、エニーはロープから手を離し、一直線に落下していく。
万物竜の身体がブルつき、鱗が勢いよく剥がれ飛んだ。
次々と飛んでくる凶器を、巧みな体捌きでかわして距離を縮めゆく。
そのまま抜刀して突き刺すかと思いきや、身体の上にドスンと受け身を取り、ごろごろ転がって鱗が剥がれていて最も弱いその一点を、
おもいっきり振り抜き貫いた。
剣の仕掛けを素早く外して転がり落ち、地面に着地する。
剣の塚より、血ではなく、あらゆるエネルギーが天井にかかるぐらいにどっと大量に噴き出す。
竜は狂ったように暴れ出し、ガードしていながらも、岩壁に吹っ飛ばされた。
強く叩きつけられ、ぐらりと倒れこむようにしながら血を吐く。
これには黙って観戦していた俺もたまらず「頑張れ!」と届かない声援を送る。
なおも暴れる竜のあがき。
あちこちにぶつかり出し、その度に洞窟が大きく揺れる。
天井からパラパラと落ちてくるものがある。
さっきから地響きが収まらない。
いつ何が起こってもおかしくない。
エニー、満身創痍。
ふーふーふーと、懸命に呼吸を続けようとする。
肩肘でなんとか姿勢を保ちつつ、袋に手を入れた。
たぶん、俺じゃないアイテムを取り出したかったんだと思う。
意に反して、俺を取り出し、口に放り込む。
無軌道の尻尾の強烈な一撃が見舞われた。
身体ごと岩壁にめり込み、その態勢のまま動かない。
それが竜の最後だったのか、横にずれ込んで倒れ込む。
エニーもぐったりしている。
俺、どうすることもできず口に含まれている。
どうしたらいい……。
エニーの意識の帳が下りると、俺もシャットダウンした。
25日目終わってしまう。
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