第43話 24日目
どれくらい経ったというのだろう。
びちょん、ぴちょんという垂れ落ちる水音だけが意識に立ち上ってくる。
ここまでくると、諦めモードだ。
俺は、縋る子の手を握ってやれもしない――。
所詮ただの小石でした、夢見るレシピエントなのでした。
いっそこのままただの小石になってしまいたい。
あまりにも突如として、あっけなく起こり得てしまっことに、独り悶々と思い悩んでいたら、持ち上げられた感覚がある。だれだか確認した。
女性だ。
見おぼえがる!
戦女神の女の人だ。
俺をしげしげと見定めている。
無表情に、腰の布袋に放り込まれる。
あたりをきょろきょろしている。
「確かこのあたりだと思ったんだが……」
そうか、助けに来てくれたのか。
でも一足遅かったよ……。
穴を覗き込んでからしばし黙考している。
背嚢から丈夫そうな布を取り出した。
身体に何か細工をしている。
腰にランタンを取り付けている。
身体をあちこちほぐしたかと思ったら、
穴に向かって落ちていった!
そのまま真っ逆様、ではなく身体をばっと広げると布が途中でばん、と風を受けて膨らんで張った。
ゆっくりと下降していく。
へえええ、こんな技術もあるんだ。
この女性とは居心地がいいな。
矢継ぎ早に急変していくものだから、感情が追い付いていなかったが、緊張が解けてきたのか徐々に心臓がバクバクするイメージがきて、一種のパニック症状になった。
かといって、暴れられるわけでもなく、精神がカオスに好き勝手やっている。
「なんだか温かいな……石か?」
自分ではどうしようもないので、なるがままに任せた。
メルスが出したものを投げながら、妖艶な踊りを踊り、辺りのモノがしっちゃかめっちゃかに飛び回り、動き回っていた。
なんだ、こんなものか。
意識が回復すると、水の激しく流れる音が耳朶をついた。
大きな大河だ。
そのふちに女性は立っているのだが、またもや思案している。
ひとつ、大きく頷いた。
「まずは当初の目的を果たすか」
断腸の思いだ。
たぶん、メルスは流れに乗ってどこかに行き着くはずだ。なんとなくだが、メルスのザインをモヤっと掴んでいる。
いつか、いつかだ。
それを心の支えとして組み立てていると、女性は見つけた割れ目の道へと入っていく。
どこぞの誰かはついぞわからずじまいだが、とりあえず信用することにした。
一方的な言葉のやり取りだが、メルスとはまた違った安心感があるのは確かなのだ。
この人といれば大丈夫。
切れ切れに入ってくる意識からでも、油断なく物事を進めているのがありありとわかる。
戦闘だけではない、懐の深さが世界となって広がっている。
……いいや、メルスだ、メルスが大事!
この人はいっときの旅の道連れ。
まあまあ助力してもらうとしよう。
それにしても、この女性は謎存在だ。
冒険者にしては洗練されすぎている。
我流でない、訓練されたものの動き。
秘密工作員とでも言ってもいいぐらいだ。
あれこれ詮索しても仕方がない。
ここは言葉通りひっつくようにいることで判明するだろう。
指を口で湿らせて風の流れを読んでいる。
背嚢からたいまつを取り出して、ランタンから炎を分け移す。
早すぎず、かといって遅すぎず、音少なく前進する。
立ち止まった、かと思いきや身体を捻り、宙に舞った。
ひゅんひゅん、と風の切る音がする。
そのまま地面に丸まって着地し、斜め前の岩に隠れ潜む。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん
この世と思えない奇っ怪な叫びが空間を冒す。
腰の、俺の入っている腰の袋に手を突っ込まれた。
俺、使われる💦?
隣の石がピックアップされました。
女性、ぐっと石を握りしめる。
ふあん、と半透明の膜に覆われた。
表面には幾何学模様と判別できない文字らしきものが高速に動き回っている。
姿勢を低くかがめて、奥へと駆け出した。
まだ抜刀はしない。
かまいたちが続け様に襲う。
女性の身体には届かず、膜で弾かれてゆく。
ぐゅるん、とUターンざま、変異抜刀する。
何ものかに斬撃を叩きつけた。
ごおおおおん……という地響きと共に、洞窟全体が揺れた。
ぶしゅうう、と液体が勢いよく空間から噴き出す。
かまいたちは止んだ。
空間自体がぶるるっと震え、シーンと静まり返った。
……やったぞ!
メルス、仇は取れたぞ!
確かに俺は見届けた。
ありがとう、エニー。
「謎」の古語、エニグマからエニー。
いつまでも名詞呼びはいただけないので、勝手に名付けた。
よろしくたのむぞ、エニー。
でも意思疎通ができないのが寂しくもあり。
改めてメルスの偉大さを想ったのだった。
それでも居心地良くこのまま眠らせてもらうとしよう。
24日目、……終わる……。
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