第37話 21日目続き

 相変わらず靄の中を哲学馬にしっかり乗ったメルスは進んでいるが、先の先の方にぼんやりと光明が伺える。

 これまでをざらっと思い返す。

 これが意識の流れってやつか。

 最近のとりとめのなさは俺の意識が移ろいでいたからだ。

 そうするとこの俺の語っているステージ(場)というのは何なんだろな?

 まるで異次元に空いた別の存在場みたいだ。

 まあ、上位のシステムは俺にはどうせ理解することは叶わないだろう。

 それでも志向してしまうのはたぶんどこかで針の一点でも破れる可能性を潜在知しているからか。

 いきなり苔むした石橋が現れた。

 哲学馬くん、立ち止まる。

 どうも、思案しているようだ。

 コツコツコツと、橋の突端で、前足で確かめるように踏み鳴らしている。

 コツコツコツコツコツ。

 メルスが横腹を優しくさすった。

 それに応え、慎重に、用心深く、抜かりなくかっぽ、かっぽと足を前に動かし始めた。

 滑りやすいのではない。

 この先を、注意深く伺っているのだ。

 白さが増した気がした。

 実際に視界の靄はまるで白い空間の如く振る舞っている。

 それでも哲学馬は進むのを、メルスは拒みはしなかった。

 メルスは肌寒さを覚えているみたいだった。

 後ろからそっと肌掛けをかけてやりたい。

 できそうなことができない、おも歯がゆい気持ち。

 わかってくれるだろうか。

 俺は考える石だけど、悩む石でもあるんだぜ。

 橋を渡り終えると、景色が一変した。

 視界がいくらか晴れ、寂れた家屋が立ち並んでいる。

 どこからか、聞こえるか聞こえない音量で音楽?が鳴り響いている。

 歩いている人はいない。

 それぞれの住居に生活感は無いことから、ここは廃村だと思われる。

 メルスにそう伝えると、「さびしいね」と一言。

 橋を渡るということは、ここは孤立しているのか。

 すぐ戻るにしても、この靄が晴れてからがいいし、物色すれば何か出てくるかもしれない。

 入り口に意味深な祠と馬繋ぎがあったが、おりて、馬くんをそのままにしておくことにした。特に嫌がりも不満もないようで、毛繕いを始めていた。

 ここには殺気だった気配が綺麗さっぱり無くなっている。

 洗いたての敷布みたいだ。

 不気味というより、牧歌的・解放的。

 どこか湧き立つ期待もある。

 それは、寂れ方にあるかもしれなかった。

 荒れ果てたというよりは、穏やかに年月経た時間の積り方。

 ある日、そっと何もせずに出ていった、あるがままの在り方。

 あたたかみがひしひしと伝わってくるのだ。

 散歩でもする体でメルスは村へと足を踏み入れた。

 歩いていると奥で影がサッと動いた。

 メルスも気づいたみたいで、俺に聞いてきた。

 小妖精か、害意のない幽霊か何かもしれない。

 家屋のひとつに入ってみた。

 ボロボロに荒れ果てているのではなく、なぜか清潔さを保った住空間が待ち受けていた。

 家什は一通り揃えられ、よく使い込まれ、大切にされてきたようだった。

 テーブルの上に食事の準備でもされていそうな勢いだったが、窓から陽が差し込んでいるだけだ。

「おじゃまします」

 メルスの口から自然に発せられていた。

 空気が死んでいない。

 メルス、ウキウキと目を閉じ耳に手を当てて澄ましている。

 何も聞こえてくるはずはないのだが、かつての光景に付随する音霊たちがためらいがちに、小さな愉しみの踊りをしているのが立ち上がってきた。

 ふんふんふんふん~

 ご機嫌だ。

 それは、メルスの目を通しても見えてこず、これこそメルスの奥底に眠る真の底力の片鱗なのだろう。

 あどけなさが残る、フェミニンなアニムスの芳醇な香りが嗅ぐわってきそうだった。

 多彩なプリズムの見え。

 まるで境界が混然一体となっていさえする。

 そのままのいつもどおりなのに、洗練された品格。

 ここではなにもかもがアセントを運動している。

 簡単に言えば、磨き上げられているのだ。

 上のステージで過ごしていることができる。

 メルス特有の現象なのか?

 省みると、自分もいつもより意識がクリアーだ。

 サンクチュアリ、パワースポット?

 ここにいたものたちはのぼっていったのか?

 いまだ姿を見せない影のものたちの手によって?

 メルスは急にあくびをした。

 いてはいけないところなのだろうか?

 メルスが消えた。

 かと思ったら、メルスの視線に自分がいる。

 一体化ではなかった。

 なにもかもが鮮やかだ。

 それとともに、万物が入り込んでくる。

 押しつぶされる、のではなく気に満ち溢れている。

 まるで神人にでもなった気分だ。

 上の次元で繰り広げられている影とでもいうのか。

 意識の流れはとりとめもなく。

 大きなひとつに包摂されることもなく。

 ピークは長くは続かなかった。

 一瞬の煙の夢だとでもいうのか。

 それでも、我が身の事として残照している。

 はっきりと自覚はできないが、成長している。

 なんとなく、できなかったのができる感覚が漲っている。

 メルスもそうなのだろうか。

 同じようなうっすらとした覚えはありもする。

 そうすると、哲学馬もそうなんだろう。

 この世界は何なのか。どうしてしまったというのか。

 21日目は迷いゆく。

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