第36話 21日目

 分かち難く結びついてもいるし、どうしようもないくらい隔たってもいる。

 水の落ちる音。

 音が交わり、行為が行為を生み出し別へと別れ得る。

 止まってはいない、前には進んでいる。

 焔を見つめているだけでも、だ。

 これは旅なのか、冒険なのか、ただの道行なのか。

 日常であるはずの非日常。

 読んだ本には虫でさえも意識が宿るはずだとあった。

 ならば、世界は幾多にも偏在しているのだろうか。

 ハミングが聞こえる。

 少女の何気なくも、心よりの所作。

 やや低いハミングがそれに重なる。

 焔を見つめるもうひとつの眼。

 あの凄腕のフード被りの女性だった。

 洞窟のような中で、焚き火を見つめている。

 一糸まとわぬ裸体だ。

 見たこともないような複雑なポーズをとり、だんだんと焔を見ているのか見ていないのかの境地になっていく。

 肌に玉の汗粒が浮かぶ。

 まつろわぬ時間が過ぎ去った。

「……ふう」

 徐々に正位置の立位に戻していき、身体をほぐしていく。

 さらにこきこき身体を鳴らしながら、「やはり用を足した後のユガはすこぶる調子がいい……まだ出したりないぐらいだ」

 調子を整え、服を着ると、食事の準備に取り掛かる。

 どんと、ほとんど傷のついていない大型肉食獣の新鮮な死骸があった。

 大型ナイフを片手に、肩をコキコキ鳴らす。

 よどみなく、慣れた手つきで外科手術するでもみたいに作業を行なってゆく。

 私にとっては児戯にも等しいので、うつらうつら半睡しつつさささっと仕上げてしまう。

 必要な分を食糧に加工しながら、残りを洞窟の奥の暗がりへボスっと放り投げる。

 光の届かない場所でものすごい音を発しながらなにかが肉にかぶりついていた。

 あっという間に骨も残さず平らげてしまう。

 女性はそこに何もないかのように平然としている。

 最適な火加減で炙り焼きされた肉汁滴る獣肉を、豪快にかぶりつく。

 しっかりした弾力と、旨みが口いっぱいに広がる。

 ――ウマい。

 そこまでで、意識がかなり奥まって入り込んでいるのをメタ認識した。

 同居というより、ちょいとお邪魔させてもらっている。

 自由に出入りできるようだ。

 しっかりしていないと、自分の可能域がどこまでか把握できなってしまう。

 おーいと呼びかけたが、返事はなかったから、働きかけはできないんだろう。

 考えるに能動的な力はよっぽど意志が強いというか、精神をゴリゴリ削っていくのだろうと思う。

 どうにも自在にはいかないもんなんだな。

 まるで少しずつ課題をこなしていっている学生の心境だ。

 学生の心境に戻ったのもなんだし、ここは初学者の志でいこう。

 幸い、記憶力にまだ衰えはない。

 これまでのことを、確実なことだけ定着化させていく。

 司書時代の読書と業務がものを言うようだ。

 メルスのメソッドも役に立つだろう。

 

 まず、ボディは小石。物理的にもそこらに転がっている普通の小石と変わらないと考えられる。

 条件次第では感応魔術か変身魔術のように、その構造を変化させることも可能なようだ。

 ただ、その法則が未確定。

 メルスと触れ合って、つながりを持って力が拡張されている感触がある。

 感応し合っている?

 今のところ精神系の超常能力を発揮している。

 テレパシー、視覚共有、遠隔感応。

 小石ボディと意識と記憶の関係は皆目見当なし。

 足は生えてくる気配はないようだ。残念。


 いちおうの括りだしはできていると思う。

 新たな変化があったら更新していこう。

 それが生存にも連なっていくはずだ。

 メルスと結びつけて覚え込んだ。

 それにしても、畳み掛けてイベントが起こりすぎて思考のまとまりもあったもんじゃない。

 その場その場で思ったことを吐きだしているだけのような気がする。

 あっ、馬に乗っている光景のメルスがいつのまにか木のようなものに寄りかかって休んでいる。

 かと思うと、焚き火の光景のメルスもその前で横になっている。鼻ちょうちん、出ているぞ。

 闇の奥に進んでいたメルスはそのままだが、どうも視界の境が曖昧だ。

 夢か幻かというとこだろう。

 どういう構造なのかはわからないが、破綻は起きず、うまい具合に収まっていくようだ。

 まるで互いに整合性を取り合っているみたいに。

 そもそもの起点は哲学馬のメルスのはずなのだ。

 それなのに、どの場面も同様のリアリティが押し寄せてきている。

 問題は、これが外からか内からか、なのだ。

 どちらも大問題だが、内から、つまり意識の変容から生じ起きているのならば、俺自身に変化が見舞っていることになる。

 ひとりで進めていっても堂々巡りなのはわかっていたので、メルスを仮の対象としておく。比較する相手をつくるというわけだ。

 しかしこれはちょいと危険な行為でもある。

 相手により踏み込まないといけないからだ。

 憑依、乗っ取りの危険性があるかもしれない。

 メルスと思われるものに触れてみた。

 不思議なもので、受け入れはするのに芯は驚くほどしっかりしている。

 堅牢な図書館みたいだ。

 意識に濁りが生じた。

 割り込みしてきたものがあるみたいだ。

 21日目は続いてゆく。

 

 

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