第32話 18日目続きの続きの続き
日はあっという間に沈み、川に近く、岩場に囲まれた手頃な場所を見つけて野営をする。
地面がちょいと硬めだが、湿るよりはマシだろう。
馬は結えなくとも、メルスが降りると逃げもせず、その場で楽な姿勢をとり始める。
まるで、それがさも当然だとでもいうように。
もとより心配はしていなかったが、賢い奴だ。
メルスはいたわって、顔を優しく撫で付けると、哲学馬くんは心地良さそうに口元を緩め、両耳をほとんど動かずに外を向けていた。
それから乾燥した葉と木切れをかき集め、火打石を使って焚き火を焚いた。
メルスは腰を落ち着け、しばし夜空を呆けたように見ている。
なんだ?
ひかりがたくさんはしっているよ。
ああ……流星か。
おちるの?
うん、そういう時もある。
そらもじゆうではないんだね、
!そう、どこもかしこも法則……決まりがあって、最低限それに従わないといけない。これは絶対なんだ。
じゃあ、わたしたちもじゆうではないってこと?
本当に、何もかも自由だったらみんな一緒にはいられなくなる。それは分かるか?
なんとなく。
メルスも、頭のてっぺんから足の先まで同じようで同じでないもの同士が決まりに従って動いている。そうしないと、てんでバラバラになってにっちもさっちももいかなくなり、メルスはメルスでいられなくなるからだ。だから、最低限の決まりは必要なんだ。それ以外は自由だ、迷惑をかけなければ、大抵のことが誰にも咎めらず開かれている。気づいた限りにおいて守っていれば、あとは知っていけばいい。
しるのはたかい。
うん?
しればしるほど、みえてこなかったたかいところにいるようになるみたい。またみえてこなかったものがみえてくる。しるにおわりはない!
……じゃあ、いいところで腰を落ち着けるか?別にいと高き高みまであがらなくても良いんだぞ。
くるみやなっつのいっぱいはいったやわらかいパンをたべながら!
素敵な提案だな。飲み物は蜂蜜入りの花茶でいいな。
喜色顔のメルス。
でもすぐに寂しそうに表情を曇らせる。
それはこまる。ソムはおいていってしまうだろうから……。
……誰も置いて行かないよ。
だって!だって!ソムをしることは世界をしることではないの?
メルスはこれまでにない真剣な眼差しを俺に向けてきていた。
今の今まで、全く思い至っていなかった。
そうか、俺は法則の秘密に身を置かれているのだ。
これまで案外のほほんとしていたが、そうか、かなりエッジな生き方をしていたというわけか。
しかし、それでも――。
メルス。ふつう。普通でいこう。俺たちは、ありのままが一番動きやすいんだ。深刻に考えすぎると、悪い方向にいってしまう。メルスはいつものように、接してくれればいい。知ってしまった後では少し難しいかもしれないが、そうしないとバラバラになるかもしれないから。
バラバラはイヤ!
自分の身体をギュッと抱きしめて、力がこもっていた。
自らの来歴と、未来の関係性と。
「食べようか……」
ポツリと。
しめやかに。
新鮮さを失っていない葉野菜、トマトと揚げた分厚いハムカツ、チーズを挟み込んだサンドイッチを黙々と食べていたが、正直、美味しいと思ってくれていたかはわからない。
こういうときは言葉が余計なものとなる方が多い。
ただ、メルスを眺めていた。
メルスも、意識の目で見つめ返している気がした。
お互いの感情のパルスが複雑に交錯する。
ほんのりあたたかみを感じる。
今はそれだけでいい。
遠くで空気の裂ける音が鳴った。
それぞれ浅い眠りに入っていくようだった。
18日目終わり。
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