第30話 18日目続き

 いつからそこにいたんだろう。

 駆けてきたに違いない。

 息を整えようと激しく呼吸している。

 汗が揮発し神秘のもやを纏っている。

 たてがみがかろやかにたなびいていた。

 ブルルルッ。

 鼻をぐずつかせる。

 軽い驚きで立ち尽くすメルスへと近づいてきた。

 じゃれて、鼻頭をすりすり擦り付けてくる。

 くすぐったい。

 口に出さなかったのは拒否と取られて去られてしまいそうだったから、とメルス。

 かわりによしよしなでなでしてあげる。

 甘えん坊ではなかった。

 ある程度で区切りをつけたのか、馬はスッと姿勢を正し、こちらをつぶらだけど凛々しい瞳で見つめている。

 確かめているような、値分でいるようで、許容を表してもいる。

「いいの?」

 すいっと乗りやすく屈んでくれた。

 俺にも聞いてきたので、おうっと力強く肯きのイメージを送ってやる。

 はいやっ!

 乗るのはやっ!

 ひひひひーん!

 ノリのいい馬だな!

 しっかり大地を踏みしめながら、元気に、ご機嫌で駆け始める!

 風が先導するように吹き流れて、まとわりついてくる。

 嫌ではない。

 衣となって優しく包み込むのだ。

 人馬一体だけでなく、風も合わさり世界をちょっと押している感じ。

 俺だけでなく、メルスも、馬も、そう思っているらしい。

 !!!

 ちょっと、まって!

 どうした、メルス?

 さようなら、いってないよ。

 とって返すのも手早い。

 あっという間に村の入り口まで着いてしまう。

 出た時とそのまま、居心地の良さそうなのどかさ。

 似合いそうな、絵に描いたようなもくもく雲。

 心配顔の何人かと、ジェーマとゴードさん。

 ずっとここに居たかった。

 もうしばらく居るつもりでいた。

 でも、いま行かなければもうここで終わるような気がするのだ。

 それが堰き止めなのか、お互い、見つめあっている。

 ジェーマ、ふいっとメルスに近づいた。

 両手には手頃サイズの革袋。

「必要なの、はってるー!」

 入っているね。

 堪えているのか、たどたどしさが愛おしくて。

 メルスも思わず抱きしめていた。

「……」

 俺には聞こえないやりとりをすると、名残惜しそうに、ジェーマが心からのチューをそっと、する。

 短くはない。長すぎでもない。

 それはふさわしき、と呼ぶに値する別れ。

 ゴードさん、力強く頷いて促す。

「さよなら。とてもおせわになりました。こころからおれいもうしあげます」

 賢しき礼だった。

 ハッと、ジェーマも真似して返す。

 それ以上引き伸ばしはしなかった。苦痛にしかならない。

 出会えば、必ずどこかで別れるものだ。

 いつか、どこかで、もしかしたら。

 それだけ胸に刻みつけるだけでいい。

 それがお守りとなってこの先も後々俺と、メルスを生かし続ける。

 強制ではなく、ささやかな願いとして。

 馬がくしゃみをした。

 馬が少し、和ましてくれた。

 感謝。



 

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