第24話 16日目続き×4

 心臓がバクバクいってる。

 喉がカラカラだ。

 不安でしょうがない。

 どうしたというのだろう。

 肉を得たもどかしさもあるが、借り物感が満載なのだ。

 思うようにままならない。

 恐怖。

 先ほどから、奥底より次から次へと沸き起こっている。

 行きたくない。

 この体が拒否反応を示している。

 おいおい、まるっきりか弱い女の子じゃないか。

 おっといまは乙女ボディなんだよ、当たり前の感情なのか。

 メルスが手をぎゅっとつないできた。

 温もりと力強さがこの上なく心強い。

 きずな。

 繋がっていることが、こんなにも力をもらえるものなのか。

 目を閉じ、ほんのしばらく、そのままでいた。

「おちついた?」

「うん、ありがとう」

 ん?ひどく嬉しそうだな。

「こゆうの、いい!」

 握っている手をぶんぶん振り回す。

 恥ずい。

「!!やっぱ今のなし!」

 振り解こうにも、メルスのが上回っていた。

 あれ?思ったより筋力無いな。

 はたから見れば可愛い仕草にしかならんのだろう。

 ますます恥ずかしいじゃないか。

 メルスにつけ込まれるのもなんともだったので、グッと堪えつつ、繋いだまま、連れだってくだんの家へ急ぐ。

 足音などの物音に気を使う必要はなかった。

 意識のチャンネルいっぱいに、快楽を貪り、没頭する声が聞こえ続けていたからだ。

 声かけなどしなかった。

 こちらの意識が伝わるといけないから、覗く感覚は持続させている。

 どうするかは体得している。

 この身体を使って、喰らうのだ。

 能力と能力、意思と意思の戦いになるだろう。

 危なくなれば、身体と俺を切り離す。

 けれども逃走は考えられない。

 ここで食い止めねば。

 害を取り除かなければ、この村に未来はない。

 たどり着いた。

 ほの明るい。

 二人して、出入り口の扉の付近の壁に張り付く。

 タイミングを見計らった。

 えっ?

 誰か、歩いてくる。

 籠を抱え、ランプを下げ持ち、ショールを羽織っている若い娘さんだ。

 その籠いっぱいに山菜がてんこ盛り。

 遅くまで森に分け入り採っていたのだろうか。

 迷うことなく。

 俺たちが潜めている家に近づいてくる。

 うーん、どうする、どうする?

 迷っている間に、家の前に着き、扉をノックしていた。

「メイさん、遅れました〜☆ご注文のお品でーす♪」

 ばっ、ばかー!

 飛び出そうとして、メルスをも制してとどまった。

 かちゃり。

 すぐに扉が開いたからだ。

 夜着の妻が出てきた。

 ほのかに上気している。

「どなた?……ああ、アーデさん。ずいぶんかかったのね。ありがとう。お代は後でいいかしら?今立て込んでいて」

 ほんにすまなそうだ。

 アーデと呼ばれた娘は別段気にしてなく、

「いいですよ、じゃあ、これ」

 とあっさり籠を手渡す。

 そのまま踵を返して帰るかと思いきや、ん?とアーデはその場で小首を傾げた。

「メイさん。いま、かなり興奮しておられますよね。ちょっと、脈を測らせてください」

 にこり。

 悪意はない。

 薬師は医をふるいもする。おかしくはない。むしろ自然な流れだ。

「ええ……どうぞ」

 アーデは脈を測ると、

「かなりばくんばくんいってますよ、心臓に良くないです。すぐに、薬を調合します、中へ入れてください」

 メイ、躊躇しつつも、「そ、そう…?なら、こちらへ…」と中へ招き入れる。

 入りたい!

 その意思が届いたのか、身体はみにょーんと細長く粘液状の糸となり、後ろからアーデと一緒に入り込んだ。

 メリスはポツネンと置いてきぼりだ。

「え……?」

 すまん、メルス。何かあったら扉の鍵を開けとくから入ってきてくれ。

 わたしもみにょーん!みにょーん!

 ひとり、ふんふん顔を真っ赤かにして踏ん張っていた。

 ごめーん!

 室内は乱れてなどいなかった。

 むあっとした熱気が立ち込めてはいるが、落ち着いた佇まいだ。

「水を一杯、いいかしら」

 メイは奥の台所へと行く。

 アーデさん、いなくなるや、あちこちを探し始める。

 おーっ?!何をやっている、、、(アセリッ)

 陰に潜んでいた俺は、ヒヤヒヤしっぱなしだ。

 開けたり、めくったり、ひっくり返したり。

 明確な目的があるのは明らかだ。

「粉でも落ちていれば……」

 少々焦り気味。

「中毒になってなきゃいいけど……」

「何をやっているの」

 メイが退路を塞ぐように立っていた。

 ただならぬ雰囲気。

 抜身ではあるが危険がてんこ盛りだ。

「あ、ああ、ちょっと落とし物をしちゃって」

「こんなところで?」

「お気に入りのアクセサリーなの、小さめで良く落としちゃうのよ」

「しかたないわねえ」

 ふたりでがさごそ探し始める。

 その間に、とは思うがただならぬ圧に押され動くこと叶わない。

 がさごそ。

「ところで」

 がさごそ。

 メイ、改まって。

 がさごそ。

 妙なほど落ち着いていた。

「なんで引き出しまで開けてたの?」

 どうしよう!

 アーデさんの心の声が聞こえてきました。

 俺の思念を送り込む。

「あたしったら、気が動転して、ないはずのところまで探しちゃって…どうしたのかしら」

「そうなの」

 柔和な笑み。

 目は笑っていない。

「アーデちゃん」

「はいぃぃ?」

「今日はもう遅いわ。明日明るくなってから探しましょう?」

「そ、そそそうね、明日また来ます」

 慌ただしく出て行こうとしたものだから、躓き、転んだ。

 機を逃さなかった。

 メイの顔に、俊敏な肉食獣の動きで、一気に覆いかぶさる。

 くわっ。

 剥き出しの歯を見せたまま、だんっと、すんでのところで躱される。

「誰だ!」

 巻き込んでしまったものはしょうがない。

 アーデさんの足に巻きつき、少しばかり意識をお借りする。

「メイさん、そんなにいきりたたないで!ここにはあなたと私しかいないわ」

 フーフー戦闘態勢のメイを宥めかかる。

 近くの水差しをサッと手にとり、「ちょっと落ち着こう?」と勧める。

 ひー、ひー、

 粘り強くそのまま待ち続けた。

 ふーぅーう。

 すぐそばの椅子にどかっと腰掛け、「それもそうね」、と。

 ひとまず最悪の事態は避けられたようだ。

「ねえ、いったいどうしちゃったの?なにかあったの?私でよかったら話してくれない? 」

 目がイっちゃってる。震戦が見て取れる。

「私にもわからないのぉ…さっきからアタマとカラダがポカポカ、ぼうっとしてぇ…自分が自分でないようで…あはぁ、どうしちゃったんだろう?ねえ〜、はあ、はあ、私はメイよねぇぇ?」

 頭を抱え、身悶えた。

 ぜーはーぜーはー、息が猛々しい。

 できることなら丸くおさめたい。

 虫のいい話なのはわかっている。

 今際も一触即発の危機的状況なのだ。

 相手の精神には…ダメだ、触れもしない。きつくブロックされている。

 喰らいこむ、取り込むのはもう考えていなかった。

 直接触るようなシチュエーションでなければ相手に迫れないか。

 ならば、それは……

「メイさん……」

 両肩をがし。

「えっ?」

 欲望のままに?唇を奪う。

 ばちぃっ!

 口を伝い、パルスとなって相手と繋がる。

 (きっかけができた!)

 すぐさま鎮静、眠りを促してみる。

 ぐわっ。

 物凄い抵抗が来た。

 転換して快楽と結びつける。

 緩やかになった。

 疑っているようだ。

 大いなる母のイメージ。

 まだも抗う。

 そこでバブバブ父性を持った赤子が立ち現れる。

 傲岸不遜なことこの上ない。

 駄々をこね、泣きじゃくり始める。

 かまってあげたくてたまらなくなる。

 ムッ。

 これでは共依存になってしまう。

 抜け出せなくなってしまうな。

 自立させよう。

 優しくも気を引き締めて、樹木が天に向って生育するよう願う。

 樹木は天へと天へと向かって伸び続け、雲を突き抜け、すぐさま見えなくなった。

 大気が揺らいでいる。

 もやの影が渦巻き大きく膨らんだ。

 巨人だ。

 朧の巨人が見下ろすように睥睨している。

 何もかも掴み取る掌が目前まで迫ってきた。

 ビンタだ。

 お尻たたきするぞ。

 存在がぐらり揺らいだ。

 そのままばすんと潰される。

 ぶしゃっ。

 どろどろだらり広がり拡がる。

 たえろ。

 恨むな。

 怯むな。

 ばしゃびしゃどすんどすん地団駄を踏まれる。

 絶叫する。

 咆哮が轟く。

 大地を、大気を芯から震えさせる。

 バラバラに千切れてしまいそうだ。

 知らず慄いた。

 付け込まれる。

 フーッと息が吹きかけれれる。

 優しい愛撫。

 一緒に。

 ひとつになろう。

 あなたとわたしが、重なりあって。

 澱み、沈める。

 狂乱のダンスを踊る。

 これまでが。

 想起、隆起し。

 先道を照らす老母となる。

 影が重なり、降り積もる。

 苦労が舞った。

 負荷が弧を描いて降りかかる。

 残酷が切り刻んでくる。

 名もなき闇の上を一歩、一歩歩いた。

 血の涙と甘苦の汗を垂らしながら仕事した。

 無明のひと時が訪う。

 無常の望み。

 それでも苦しみ、嫉み、恨み、ツラミが降りかかる。

 高みを目指さずに。

 底を這うように彷徨った。

 自分を剥いて素をさらけ出した。

 乳白色の玉石。

 あるいはもうひとつの、可能性。

 肉は肉にではなく、石は石に。

 相似なり。

 違う。

 メイの顔面に足の踏み込みをのせたアーデさんストレートを振り抜くイメージを叩きつけた。

 クソッタレだ!

 反省しやがれ!

 キサマはヒトをモノにしすぎだ!

 ちったあ痛い目を見やがれ!

 どうだああああああ!

 怒りと破壊と衝動と苦しみとやるせなさと。

 吐き出せるだけ吐き出して吐き出した。

 肩でゼイゼイ息を切らす。

 どっと汗が出た。

 怒りが身体を駆け巡っている。

 メイの身体はピクリともしない。

 跳ね上がった。

 ブルブル痙攣しながら身体が暴れまくっている。

 何かが外へと出たいように、身体を柔らかい袋として、伸びたり凹んだりしている。

 黙って見ているしかなかった。

 もうどうしようもない。

 やれることはやってしまった。

 殺すことも叶わない。

 その気持ちは複雑に揺れ動いていたが、実際にこんなのを目の前にするとすべてを天に任せたくなる。

 どったんどったん、ばったんどん。

 からだがうねり、ねじまがり、波打ち、震えて。

 沸騰したスープのようにボコボコ泡立つ。

 ヤバイ!のか?

 思わずタタラを踏んで近づこうとするも、ものすごい蒸気が立ち昇り、近づけない。

 がああががあああおおおうあああ

 絶叫とも苦悶とも足掻きとも取れる。

 がりがりがりがりっ

 床を物凄い力でひっ掻いている。

 ばふん。

 大きく腹が破裂した。

 よくわからない、ぐちゃぐちゃしたものがあたり中にばら撒かれる。

 肉塊らしきものたちは小さいあんよをぺたぺたさせて、あたり中を逃げ惑う。

 あああああああっ

 踏ん張って伸びあがり、必死に変わろうとする。

 もがもがもがもが。

 びゅんびゅんびゆん。

 ちょっとかわいい?

 小刻みに波打ち。

 あっちゃけこっちゃらけ。

 ぼんぼんほわんほわん。

 音とリズミカルに連動して。

 見守るように黙って立ち尽くした。

 祝祭。

 祭儀。

 儀礼。

 肉塊は大きく、細く、伸びあがり、

 これまでになく激しく痙攣した。

 びちゃ。

 欲しかった……

 幽玄の声が耳をからめとる。

 鼻をツンとつく芳香が微かに、ほんの一瞬だけ部屋に居残った。

 なんと存在は虚しいんだろう。

 なんだこの失い方は。

 接点はほとんどなく。

 ただ意識と意識を交わしただけ。

 とろろん。

 疲れた。

 ただ疲れた。

 くたぁ、と崩折れる。

 ひぃー、ひぃー、

 ぜぇー、ぜぇー、

 カラダ中から汗出まくり。

 肩で息をつぎつぎ。

 みるも無残なひどい顔。

「ソム!」

 メルスが駆け寄ってくる。

 ふうふう。

 たぶん。

 終わり。

 ふー

 ずしゃ。

 からだが崩れ落ちた。

 メルスが声にならない悲鳴をあげる。

 崩れ落ちたものを涙ぐみ必死に、必死にかき集める。

 大丈夫、大丈夫だ。

 心配しなくて……

 カタチあるもの……いつかは消え去る……

 16日目、やっと終わる……のか?






 










 

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