第23話 16日目続きの続き

 相手の声が、そのまま聞こえているんだと思っていた。

 どうやら、俺なりの解釈が入っているらしい。

 感じとるどす黒さに比べて、言葉はどちらかというと大人しめだからだ。

 精神世界、奇々怪界だな。

 知れば知るほどワンダーランド。

 思えば。

 メルスとの念話と実際の会話の切り替えも、無意識に半自動だ。

 メルスは呼吸を、疲れないよう、意識しないで調節しているよう。

 カラダへの負担をなるべく減らしている。

 互いに気をつかっているな。 

 ぐじゅり、ぐじゅりとカラダは溶けて。

 もとのままにだが、その実、自分の操りやすいよう、再構成してやがる。

 ひーい、ひーぃ、ああーっ、ひぎぃぃぃ

 それも女性の快楽漬けのうちにだ。

 脳の一部、快楽中枢を乗っ取ったのが気持ち悪く伝わってきた。

 ここまで混ざると、助からないんじゃないのか。

 いわばメルスの内構成バージョン。

 絡み合い、縺れあった糸は見えるのだが。

 どうにか。

 助けよう。

 まだ助かる。

 助けるんだ。

 俺にしか。

 俺らにしかできない。

 ここまで相手を捉えられるんだ。

 ぶっつけ本番気味なのは否めないが。

 ここでやらなきゃ、誰がやる。

 メルスの側にいるというウエイトを意識するだけで、引っ張られないで、呑まれずに済む。

 いずれはひとりの力で踏ん張りたいところだ。

 それは慢心かもしれないが。

 メルスとは、対等に向き合いたい。

 けっこう助けられているぞ。

 森のなか。

 メルスから意識が飛んでくる。

 何かやってる。

 そうか。

 刺激が強いかな。

 いとなみでしょ。

 随分メルスは落ち着いている。

 あたりまえのこと。

 そうだな。

 それ以上は進めない。

 メルスも当てられているかもしれないが。

 無理せず、力を抜いている。

 じゅうぶんだ。

 相手はダダ漏れ、隠そうともしていない。

 こちらにそういうのがいるとは全く思ってもいないのだろう。

 そこが狙い目だ。

 ゆっくりと、だが、なるべく急ぎ足で。

 発信源へと近づきながら、こいつは、貪って生きているんだなと、嫌悪感を抱いた。

 森のとば口の、仄暗い薄明かり。

 脈動する意識が飛んで、

 森の一軒の平屋の家屋とそれとが同定される。

 はー、はーっ。

 女と男だ。

 混じり合い、絡まり合い、浸り合い、漬かりあい、キメている。

 融合。キメラ。合体。

 どれとも違う。

 何か禍々しい合わさり。

 魔転生。

 この世に生まれ落ちてはいけないもの。

 気を引き締めた。

 いきなり乗り込むのはまずいな。

 メルス、なぐるわけにはいかないもんね。

 ごもっとも。

 怪物退治に必要なキーアイテムがない。

 特技もない。

 マインドブラストみたいなことができるか?いいや、出来ない。

 出来るのはピーピングもどき。

 いきなり詰んだ!

 あの男はもうガタガタだったが、このカラダは最高だぜ。

 !

 メルス。

 うん。

 確か、遺体は、集会所の方へ。

 気づかれぬよう離れると、村の中心へ向けて、急ぐ。

 集会所は誰もついていなかった。

 すんなり中へ入ると、ミイラ化した遺体とご対面。

 ……

 メルス。

 俺を、遺体の上へ置いてみてくれないか。

 ただの閃きだ。

 何が、どうというわけではないが。

 ポンと、小石ボディの俺が置かれる。

 にゅるり。

 ミイラ化したカラダへと、潜り込んだ。

 そこから、血が、肉が泉の如く湧き出し、全体へと広がってゆく。

 おお、受肉したのか?

 徐々に肉が形成され、姿をあらわしたのは――

 ちんまい女の子ボディだった。

 ???

「なんじゃこりゃ?」

 甲高い声で驚きつつも、むくりと起き上がり、みずからのカラダを確認する。

 幼女かとみごまうばかりの背丈なのだ。

 なのに、仙女みたいなスケールの大きさ。

 どことなく覚えがあるな……

 これじゃネビュラさんだよ、まったくもう。

 ぎゅううううぅっ。

 メルスに思いっきり抱きつかれる。

「ソムうぅ!」

 感極まった声音だ。

 やわらけええええええ。

 抱きつかれたところが、思ったより敏感で。

 感じちまいます。

 ドギマギと、意識してしまった。

「ちょ、ストップ!メルス、カラダの感覚が鋭敏すぎてヤバい!ちょっと離れて!すぐに!」

 俺のいうことなぞお構いなしだ。

「こわかったよ、こころぼそかったよ、くるしかったよ…!あとさっきのやっぱすごくやらしかった」

 くるじいが。

 おやおや。

 強がっていたのか。

 カラダ担当、実行部隊として、孤軍奮闘してたんだろう。

 だから。

 動かせる手の甲で。

 メルスのアタマをナデナデしてやった。

 ぎょむっ。

「よく今までがむばってくれた。ありがとう」

 こころがほだけたのか。

 拘束が解け、にへへ……っと、メルスのほおが緩んでいた。

 ぽんぽん、わかるよ。

 これまで言葉だけでのやりとりだったからなあ。

 驚き展開で、おそらくかりそめであろうが、肉体を得ることができた。

 ぎゅにゅり。

 ナデナデした手がチーズ状にとろける。

 ひょええええっ。

 思わず手を離すも、にょいーんとしてだらーんと腕が伸びている。

 びくん!

 どくん、どくん。

 メルスの何かが、俺になだれ込んでくる。

 なんだ、これ。

 闇のトンネルに、夥しい光の束が向かってきた。

 自分に触れると、ひとつひとつが、感覚や記憶や思いを起こさせる。

 どうやらそれは、メルスのデータらしかった。

 覗いてはいけない記憶だ、すぐさまシャットダウンのイメージをぶつけた。

 意識があったかい。

 どこかで金属的な幾何学音楽が鳴り響いた気がした。

 なにか大いなるもののの胞衣に抱かれている無邪気な赤子。

 絶大なる安心感。

 違います。

 そこから一歩、踏み出さなければ。

 誰かの心象風景?

 それともこれは、世界の暗喩か?

 神秘の一端には触れたようだ。

 メルスの心配する声が、優しく揺り動かす。

 俺の入れ物を、かたちづくる細胞を。

 知らず、かたちを保つメソッドを体得した。

 できすぎてると思うが、偶然に偶然が重なった、天の采配だ。

 俺、メルス、謎の異能野郎。

 それぞれの持つチカラがクロスしひょんなことから俺の仮初ボディーをビルドした。

 そうか、相手の能力がわかった気がする。

 少なくとも今の俺に反映されている。

 こんなこともできたんだ。

 寝かされていた台座で、手の甲をひらひら見つめ直す。

 意識をスベらす。

 惑っているような、行き先が分かっているような。

 どろん。

 ぐにゃりん。

 かたちがゼリー状に崩れる。

 ぷるぷるとも、どろりともとれる不定形なモード。

 ぐっと、意識を集中する。

 ぷるぷるぷる、しゅるしゅる、ぴたっと、先ほどの手に戻る。

「ソム、ぷよんぷよん、かちんかちん」

 おうさ。

 これはスライムとは違う。

 記憶を基にした変身生物、ぐらいの認識だろうか。

 カラダ全体をドロドログチョグチョにすることもできるかもしれない。

 だがそうしないまでも直感的に把握した。

 難しく云えば指向性を持ったゲル粒子の集合体。

 指令を出すのは俺というコア小石意識体だ。

 ――と、異界技術概念書にあった記述で考えを構築してみた。

 司書職の頃の記憶だ。

 禁書庫に入り浸っていた頃の探究の日々。

 基本的な生活も疎かにして勉強に励んでいた。

 おかげで世界を覗けた気分を味わえた。

 今現在もやっている小石体験はもちろん書かれてはいない。

 世界の謎はなおも深く。

 己自身の不可解さよ。

 いつの世も変わらぬことどもだ。

「メルス」

「たたかうんだね」

「文字通り、食うか食われるかの瀬戸際になると思う。差があるとすれば、相手は経験、こちらは知識と」

 ぐっと拳を握り、

「能力の掛け合わせの幅の可能性」

「ジェーマとゴートさん、まってる」

「ああ。終わる頃には日が昇ってるな。美味い朝食が待ってるぞ」

 勝利の軌跡を刻むんだ。

 さらに16日目続く。





  



 

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