第19話 14日目

 14日目にしてなんとか肌感覚で懐かしさを覚える世界へと帰還した。

 最初にたどり着いたのは農村だった。

 いろいろありすぎたな。

 ゆっくりとくつろぎたい。

 フンスと興奮するメルスも疲労の色は隠せないようでいつもよりおとなしげだ。

「〜♪」

 のどかな幼歌が風に乗って聞こえてくる。

 これはーーー知っている。

 メルスも興味を持ったようで、おそるおそる出どころに近づく。

 村の出入り口で村娘の服装をした童女が唄いながら地面にお絵描きしている。

 たどたどしいがウマっぽい。

 メルスに衝撃が走った。

 にぱー。

「かわいー❤️」

 童女はあどけない、疑いを知らない瞳でメルスをぽやっと見た。

「おーまたん?」

「それってなに?」

 すると童女の顔がぱっと輝き、急におねいさんぶった表情をして、

「おちーえーてあげーる、おちーえーてあげーる!」

 と地面をバンバン叩いてメルスに大講義をしはじめた。

 大仰な身振り手振りで、

「あのね、ぱっかぱっかぶいーんぶいーんはやいはやの。しっぽをふりふりーすると、ぺちぺちかあいーの。えーっとね、えーっとね… ひひーんらお!」

「わかる、わかる!」

 意気投合しているよ。

 手に手を取り合ってきゃあきゃあ騒いで。ぴょんぴょん飛び跳ねて。

 ハイタッチしてるところで、童女がハッとした。

「あたち。ジェーマ!あーたは?」

「メルス」

「めーすぅ…」

 けーこう違うぞ。

 うーんと考え込んでいたジェーマ。

「うち、来ー?」

 こくこく頷くメルス。

 すんなり中に入れました。

 村の中に入るなり、そこらを歩いてた村人たちがざわっとする。

 どうやらメルスの容姿についてのようだ。

 ここいら辺に似つかわしくない美少女ぶりだと。

 ここにきて、急に評価されたのが恥ずかしいのか、メルスはかしこまっている。

 自分に自惚れているのではない。

 扱いがうやうやしいので、戸惑っているのだ。

 だから俺に聞いてきた。

 どうどうと、いつものようにしてればいいよ。

 どうどう?

 なんでもないよと、構えていることだ。

 わかったのかはわからないが、ジェーマに振り回されてあちこち案内されたおかげで、吹っ切れたようだ。

 ナチュラルに喜び、楽しんだ様子に、村人たちも胸襟を開いたらしく、話しかけてくれ出した。

 俺がその都度助け舟を出したのだが、無難に乗り切れたようで、そこらこちらからお誘いがかかった。

 先約があったので丁重にお断りし、ジェーマについてゆく。

 ジェーマの家は村の中心からは外れ、森の近場にあった。

 すぐ前の菜園で学者然とした白髪の老人が植物を手にしげしげとその状態を見ていた。

「じいーじ!」

「お父さんと呼びなさいといつも言っておろうが」

 やれやれといった顔つきだったが、メルスを見て、

「お客様かの?」

「ちがー!まーま!」

 ママ?!

 ジェーマはメルスに抱きついて否定した。

 よくわからず太陽の笑顔のメルス。

 老人は懐かしいものを見るような瞳で頬を緩め、

「こちらへどうぞ」と家屋へ招じいれてくれた。


 本が乱雑に積まれ、家具寝具を押しのけて所狭しと紙葉が折り重なっている。

 まるで紙の神殿だ。

 壁にも書き込みやら表やら一覧やらが貼られている。

 こういったものははじめてだったので、メルスは興味津々だ。食い入るように見つめている。

 老人はその態度が気に入ったようで、甘えるジェーマを膝に抱えて、

「本が好きかの?」

 と聞いてきた。

「よめない…でもしりたい」

 まるで読めないことが罪であるかのように、おずおずと。

「知らないことを恥じることはない。それだけたくさん知ることができる。それは、たくさんの喜びを知ることじゃからの」

「しるの…いいこと?」

「ほっほっほ。少なくとも知って困ることはない。あるとすれば、その扱い方、構えじゃ」

 すぐそばに置いてあったペーパーナイフを手に取り、構えをとった。

「本来は手紙の封をとくこれも、知っていることが多ければ傷つけることにも使えることに思い当たるのは必定じゃが、それは、うまく使いこなすためでもあるのじゃ。多く知るとこは、多くの在り方を知ることでもある。すべては、正しい知をふるうための土台にすぎん」

「ただしいち?」

「そうじゃのう…そのことを、よりよくするのに…かの。難しいじゃろか?」

「いっぱいできることをふやしてすごい!をみつける?」

「…ほう!どのようにそう考えたか、教えてくれんか?」

「なんとなくだよ」

「これはこれは、賢しいの」

「だってジェーマのまーだもん!」

 ジェーマがえっへんする。

 おねいさんのポジションは綺麗さっぱり捨てたのか。

「ふっふ。すっかり気に入られたようだの。どうじゃ?今日はここに泊まっていかんかの?」

 メルスが何者で、何をしてるとか、一切聞いてこなかった。本当に、親しげなものとして接してくれていた。

 トントン拍子で怖いぐらいだ。

 まあ、ここにはかつて俺が感じたことのある雰囲気が漂っている。

 親愛の情というやつだ。

 それも、ありあまるほどに。

 徳というやつだろうか。

 このご老人、かなりの人格者なのかもしれん。

 あるいはメルスの素直さと天真爛漫さゆえだろうか。

 どっちにしろ、信頼が生まれている。

 これはのちのちにメルスにも諭さなきゃならんかもしれん。

 人間は、言葉持つものは、すべてが友好的ではないことに。

 まあはじめのは、人間かどうかもわからん存在だったわけで。

 これから先、もしかしたら俺と別れることになるかもしれんし。

 いなくなるかもしれん。

 おや?

 メルスが憮然とした顔をしたな?

 気のせいか?

 野趣あふれる夕餉に、ご老人、ゴードという名なのだがジェーマにせがまれお話をしながら講義を織り交ぜた歓談の間もその気は感じ受けたが、2人は嫌なそぶりはまったく見せず、俺一人がやきもきさせられた。

 時間はあっという間に過ぎ、比較的早くに寝床へ入る。

 すややかな寝息をたて始める。

 …

 むくり。

 メルスが身を起こして起き上がる。

 トイレか?

 なるべく音を立てずに外へ出る。

 外は静かではない。

 夜鳥やら虫やらの営みの音が発せられている。

 気づかなかったが、近くを流れるであろう川のせせらぎも聞こえてきた。

 てくてくてく。

 ある程度まで歩み行く。

 ぴたっ。

「…なんでいう」

 えっ?

「なんんで、わかれる、いう!」

 あっ、丸聞こえだったか?ところどころ遮断していたんだが?

「わかれる!だめ!そむはわたしいないとだめ!わかれる、だめ、ぜったい!こまる!そむ、こまる!そむはわたしの…」

 …ん?

「わからない…」

 俺も、そのコンテクストは複雑すぎて読み難かった。

 いや。

 俺もメルスも、実のところ、新しい人生の初心者で、何もわかっていないのかもしれない。

 この身での生は、実際のところ、お互い、始まったばかりなのだ。

 俺はメルスに親心をかけようとしていたが、それは思い違いをしているのかもしれない。

 同じ目線でいるのがふさわしいのかもしれない。

 いまはまだ、手探りだ。

 手を取り合って、徐々に未知を既知にしていくほかはない。

「…それで、よい!」

 ?

「よい!」

 …まだまだ、これからだ。

 星よ、我らを見守りたまえ。

 14日目終わり。














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