第8話 6日目

 6日目。夢だ。丈の短い草の生い茂る、どこまでも広い草原で野垂れ死そうになっている肉食獣。それが俺だ。不思議と苦痛は無かった。ただそよそよとした風の流れと、むあっとした草いきれの匂いがした。静かだった。何も起こらない。予兆はなかったけれど、何かを待ち続けてこのまま消えて無くなりそうな気がしていた。それも悪くはない。気がつけば、誰かの手が身体を愛おしげに、気づかしげに撫でていた。それだけで、何もかもが救われた。世界が一挙に一変したのだ。

「…どうした、まだまどろみたいか?」

 ネビュラは忙しげに炊事をしながらのんびりと声をかけてくる。

「…あんたか?」

「スープは薄味でいいかの?」

「そうだな、飲みやすいがダシがよく効いているのが…って、俺は飲めないだろ」

「ふふ。香草肉の蒸し焼きに、キノコの焼きびたし、葉物野菜と海藻類のサラダ、たまごスープとぬか漬けにじゃ、ゴハン、ゴハンもあるぞ。どうじゃ、どうじゃ」

 にこにこと湯気立つ出来たてを並べているネビュラは無邪気かつ溌剌そのもので、年相応に見える。

 あっという間に料理が並べ立てられた。俺は立派な客人の席に置かれ、ネビュラは向かいに座る。儀礼に則って「いただきます」

 しゃあない。合わせるか。

「いただきます」

 するとどうだろう。

 ぱくぱく食べ物を口に運ぶーーーイメージが立ち上がって、味が、食感が感じられるではないか。

「!これは」

 美味かった。なんというのだろうーーー長いこと人間に戻れてなかったような。すがすがしく晴れ晴れとしてしまった。

「児戯に等しい芸当じゃが、どうじゃろ?少しは満足したかの?」

「大したことあるじゃねえか!すげえよ、蘇ったよ、生きる気力が湧いてきた」

 いますぐにでもこのじゃじゃ少女に抱きついてほおをすりすりしたくなった。

「そうかそうか。での、」

 それぞれの食材を、土づくりから始まり、種をまいて、いかに苦労して育てたのか(ここにも寒暖の差やわずかだが雨が降るのだ!)、あるいはいかに危険を冒して探し出してきたか、ついで、どのような心がけをし、細心の注意を払って収穫したり、とったりし、整え、方々の手を尽くして料理したのかを、冗談を交え、時に講談風に語ってみせた。面白かった。心ゆくまで楽しませようという、勘どころをしっかり捉えていた。なによりも、ネビュラが心の底から楽しんでいるところ、この上なく生き生きとしているのが眩しいくらいだ。隠し味の妙味をここぞとばかりにいってみせ、聴き込んでいるうちにーーーふとある思いを熱望してやまぬことがわかってしまった。

「生きたい」

「うむ。それがてーまのひとつとなろう」

 そういうのを待ちわびていた口ぶりだ。

 目があれば滂沱の涙を流していただろう。

「忘れてはいけない。こころの多くを殺めてはいかんよ。生きているのに死の原をさまよい歩くことになるからの。考えに考えさせられてもいかん。それからーーーおや」

 安心したからだろうか。深い眠りに入っていた。母の懐に抱かれているような、心地よい寝入りであった。6日目終わり。

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