最終話 むそうの終わり

 眠っていた。その事実を自覚し、目が覚めた。


 駅前ターミナルに積み上げられた屍体の山は、燃えている。

 もう何日目か──体は電柱に、手足はワイヤーで縛られたままである。ワイヤーにこびりつく血や肉は、黒くなっている。焼ける人肉の臭いにも、慣れてしまった。

 清掃活動の間、殺されることはなかったが、しかし解放される気配もなかった。そして、動く気力は、もうほとんどなかった。


 ふと視線を上げると、筋肉モリモリの男はホストの男と話していた。

「あーあ。お前が余計な事するから、なっちゃんたち死んじゃったじゃん」

 目を覚ましたコージに気づき、個人認証端末スマートフォンを手にする監視者ウォッチャーが近づいてくる。

「助けて……! 助けて下さい!」

 那智さん、オミナさん、スーさんの三人のことについては、薄々気づいていたが、しかしそれよりも、今はどうにかしてここから逃れたかった。

「人の物を盗むのは犯罪って言われただろ? お前が悪いんだから、しょーがねーじゃん」

「何が犯罪だよ!? こんな世界で犯罪もクソもないだろ!? それに家族にあんなことしといて、お前らこそ何様のつもりだよ!?」

「あのさぁ……。そりゃさ、中国と戦争して日本が滅んで、好き放題できるようになったっつてもさー。それぞれでやりたいことがあって、色々折り合いつけて生活してるわけなんだからさー。それを壊すようなことはしちゃいかんでしょ?」

 怒るコージに対し、監視者ウォッチャーは呆れていた。

「お前の家族だか何だか知らんけど、あれはもう肉塊ゾンビになってて、しかもおっさんの物になってたんだから、ちゃんと交渉して渡してもらわないとダメだって。くれたかどうかは知らんけど」

 何も考えてなさそうな顔をして、まともなことを言う監視者ウォッチャーに、コージは反論の言葉を詰まらせる。

「それにさぁ……。お前、結構楽しんでたでしょ? 初めて実銃撃ったときも、病院で元同級生殺してたときも、なっちゃんたちと一緒に生活してたときも。それなのに、なーんで肉塊ゾンビになった家族を助けたいだーなんて、急に人権派ぶっちゃったのかなぁー?」

 理不尽だ、不公平だ──チート使いの二人の男に対する怒りだけが、腹の底で煮えくり返る。

「ゲームじゃないんだから、全部自分の思い通りになるわけないじゃん。人間関係って大事だぜ? 特にお隣さんとは」

 望んでいた、求めていた女性たちとの終末は、瓦礫のように崩れ去った。それまで自分を中心に回っていた最高の終末は、謎の男二人によってかき乱され、唐突に終わりを告げた。

「じゃあ俺らもう行くわ。次に転生したらどうしたいか、ここで好きなだけ夢見てれば」

 そう言って監視者ウォッチャーは手を振ると、筋肉モリモリの男の装甲車に乗った。装甲車はすぐに去っていき、乾き切らない血の海と、燃える屍体の山と、拘束されたままのコージだけが残された。


 去り行く装甲車に向かって、コージはありったけの怒りを込め、怒鳴り散らした。

 そして独り笑った。


 ここが異世界で、よくある転生物だったら、どれだけよかっただろうか──三人の女性と過ごす、廃墟の化した街での終末サバイバルは終わった。

 それならば、きっと次の人生は中世ファンタジーだ──転生できるならば。

 そんなことを考えながら、コージはまた笑った。


 そんなことは、現実には起こり得ないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

屍と銃弾の終末むそう 〜汝、世界が滅んでも隣人を愛せよ〜 寸陳ハウスのオカア・ハン @User_Number_556

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ