第十五話 こだわりのある男
目の前に、肉の塊がいた。
「人の物を勝手に盗るのは犯罪だぞ、クソガキ」
「バレてないとでも思ったか? 臭いでわかるんだよ」
血に染まったJR松戸駅の看板を背にした筋肉が、目の前に迫る。圧倒的な肉圧が、思考を麻痺させる。
「挙句、街をめちゃくちゃにしやがって。折角、治安が回復してきたってのに、また一からやり直しだ」
コージの目の前で、筋肉モリモリの男が低く唸る。明確な敵意を湛えたその眼光は、その声色は、まるで工業機械のように冷たかった。
コージは咄嗟に後退ったが、しかし手足は動かなかった。
手足はワイヤーで縛られていた。動かそうとするたび、肉が鉄線に食い込み、血が滲む。それでもどうにか逃れようと体を捩るが、そもそも体は電柱に固定されていた。
逃げようとするコージをよそに、筋肉モリモリの男は街の清掃作業を始めていた。
女性の屍体で飾りつけられていた駅前のターミナルは、今は完全に血の海と化していた。
白煙に覆われた街並みは、無数の弾痕と瓦礫で破壊され、ほとんど燃えカス同然だった。そしてそこに広がる赤黒い血の海には、夥しい数の腐乱屍体が、肉片と臓物を撒き散らしていた。
筋肉モリモリの男が、ずるずると屍体を引きずる。街の一角、かつて妹の屍体が置いてあった牛丼屋の前に、屍体の山がうず高く積まれていく。
ふと、その血の海で、真っ赤に染まった魚のロゴが目に留まった。
魚のロゴがトレードマークである、アジダス社のジャージを着た屍体は、まるでダルマだった。その屍体には、頭部がなく、四肢もなく、下半身もなかった。
それが誰なのか、それはわからなかった。ただ、魚のロゴのジャージだけが、脳裏に焼きついた。
筋肉モリモリの男は、それを屍体の山には積まず、ダンボールに梱包すると、装甲車に丁寧に乗せた。
次に筋肉モリモリの男が引きずってきた屍体は、しっかりとした骨格で、五体満足だった。しかし、赤黒く染まったプレートキャリアの下からは、煤塗れの内臓が零れていた。
血の迷彩色に染まったその風貌は、どこかで見覚えがあったが、その顔は血と臓物塗れで判別できなかった。
筋肉モリモリの男は、それも屍体の山には積まず、衣服や装備品を剥いで裸にすると、四肢を折り畳んでロープで固定し、装甲車に丁寧に乗せた。
その後、筋肉モリモリの男はしばらく屍体を物色しながら、やがて一つの首を手に取った。
赤い涙を流す小さなその首は、何か喋っていた。
その言葉は、伝説のゲーム〈洛陽2033〉で聞いたことのある、異国の言葉だったが、それがどこの国の言葉かは思い出せなかった。
筋肉モリモリの男はその首をしげしげと眺めると、それもダンボールに梱包し、装甲車に丁寧に乗せた。
「次はどこを拠点にするかなー。コンセプトを決めてやるか、それともインスピレーションに任せてやりたい放題やるか」
大声で独り言を呟きながら、筋肉モリモリの男が血の海を清掃する。
その視界に映らぬよう、コージは何とかワイヤーから逃れるべく、体を、手足を捩った。そのたびに、皮膚が、肉がワイヤーに食い込み、抉られ、血が流れた。それでも今は、この場から逃げ出すという一心で、足掻き続けた。
「おい坊主。お前はどうしたらいいと思う?」
唐突に、筋肉モリモリの男が話しかけてくる。
流れる血が、瞬時に冷えていく。圧倒的な肉圧が、思考を麻痺させる。
「訊くだけ無駄かな? お前、何も作ったことなさそうだもんな」
しかし、コージの返答を待たず、筋肉モリモリの男はそれだけ言い残すと、また清掃作業に戻っていった。
命乞いさえできなかった。何か話しかけたら、確実に殺される気がした。
とにかくここから逃げなければ、間違いなく自分は死ぬ──それだけは、はっきりと確信していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます