第十四話 葬送の火

 灰に覆われた空が燃える。


 遠く東京のビル群を焼く夕景を背に、住宅街にあるグラウンドのバックネット裏で、小さな炎が燃える。

 掘り返された穴の中で、炎と肉の塊が燃える。炎の中から響く、焼け焦げた人の断末魔は、灰のように立ち昇っては風に吹かれ消えていく。

「こうするしかなかったよ」

 肉塊ゾンビと化した母と妹の火葬を前に、オミナさんはそう言って慰めてくれた。

 スーさんは、ハンカチを貸してくれた。

 那智さんは、やるせない表情で炎を眺めていた。

「あの……、みなさん、ありがとうございました」

 助けてくれた三人の女性に、コージは頭を下げてお礼を言った。コージを見返す目は、みんな優しかった。


 筋肉モリモリの男によってマッドシティに拘束されていた母と妹を奪還したものの、できることは何もなかった。ゲームや映画のように、何もしなくても解決策が転がってくるわけはなかった。

 この終末世界を我が物顔で闊歩する監視者ウォッチャーも、肉塊ゾンビについては何も知らなかった。一応、残存する国防軍で調査が進められているという情報は教えてもらったので、連絡を頼んだが、断られた。屍体を搬送しようにも、軍が撤収し、無法地帯と化した千葉県内にいる時点で接触は難しく、どうしようもなかった。


 終末前、家族のことは好きではなかった。煩わしいと言ってもよかった。しかし今は、なぜか涙が零れた。

 同じように煩わしく思っていた同級生たちが肉塊ゾンビとなり、それを殺しまくったときは、凄く気分がよかった。それなのに、今の気分は全く浮かなかった。なぜこんな気持ちになるのか、そもそも、なぜ助けようと思ったのか、それすらもよくわからなかった。


 そのとき、屍体を焼く炎を切り裂き、地面が爆発した。

 何かが飛び散った。あるいは、自分が吹っ飛んだのか──気づくと、コージは地面に倒れていた。

 体は動かなかった。ぼんやりとした痛みの中、ただ苦い土と錆の味だけが、はっきりとしていた。


 霞む視界の隅には、腕が落ちていた。

 肉と骨が露出し、焼け爛れたそれを、スーさんが血の気を失った顔で見ていた。血と煤に塗れたスーさんのか細い腕は、片方が無くなっていた。


 残響する耳鳴りのどこからか、銃声が鼓膜を破り、火が灰を切り裂く。

 コージの目の前にあった腕が、弾け飛ぶ。

 弾幕が地面を抉る。那智さんが飛ぶように地面を這い、グラウンドの斜面に駆け込み、軽機関銃ライトマシンガンを構え応戦する。オミナさんも腕を吹き飛ばされたスーさんの体を引きずり、斜面へと逃げ込む。


 何が起こったのか、何もわからなかった。

 ただ茫然と地面に突っ伏すコージの目の前で、終末の日の夕景はただひたすらに燃えていた。

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