奇妙な話3【押すなよ!絶対に押すなよ!】2400字以内

雨間一晴

押すなよ!絶対に押すなよ!

『押すなよ!』


 そう書かれた貼り紙は、スーツ姿の男性の背中に確かに存在していた。ここは絶対に押されてはいけない場所、電車のホームだった。


 この駅は田舎で混雑もせず、その朝は、OLの私と男性しか居なかった。


 私は最初、罰ゲームやいじめを疑ったが、緩みきったネクタイに、生気のない顔で前方遠くを見ているように、常にブツブツと何かを唱えている口が、彼自身が望んでやっていること知らせていた気がした。


 黄色い点字ブロックの内側に入ることなく、正しく電車を待つ男性をしばらく見ていたが、電車に乗る気配も無く、私が帰宅する夜になっても、彼は同じ場所で立ち続けていた。彼が待っているのは電車ではないのだろう。


 私はつい、携帯電話で写真を撮って、面白半分で友達に撮った画像を送ってしまった。


 友達は更に面白がってSNSに載せて、画像は世界へと拡散されていった。ものすごい速さで情報が伝わっていったのだろう、写真に駅名が載っていたので、翌日の朝にはホームに三十人程が殺到していた。


 面白い、誰か押してあげなよ、などなど、友人の盛り上がるSNSを見て、私は自分で画像をSNSにアップロードするんだったなと、少し後悔していた。美味しくないパンケーキなんかの画像より、ずっと構ってもらえるのだから。


 駆け付けた野次馬も何もすることなく、少し離れた場所から写真を撮るだけだった、本当に居たなどとSNSでは更に盛り上がっているが、男性は変わらず押してくれる人を待ち続けていた。


 更にその翌日、変化があった。貼り紙の内容が変わっていたのだ。本人が書いたのか、誰かが書き足したのかは分からなかった。

 

『絶対に押すなよ!』


 野次馬も増えていて都会の混雑したホームのような変化を遂げていたが、電車に乗る人は私だけだろう、私も出勤せずに、もしかしたら誰かが押すのかどうかを、見ていたかったが、そうもいかないのが悔しかった。


 私が男性に出会ってから三日後、貼り紙が絶対に押すなよに変化した翌日のことだ。


 私は休日だったので朝から駅のホームで男性を見ていたかったのだが、彼氏とのデートだったので仕方なく、いつととは違う電車に乗って、待ち合わせ場所にしていた、駅のホームで待っていた。違う駅なので、いるはずは無いのだが、貼り紙の男性を探してしまう。


 今の彼とも何となくの付き合いなので、正直どうでもよかったのもあったのだろう。


 彼が電車から降りてきて、駅のホームで合流したのと同時に、あの友人からメールが届いた。


『大変だよ!あの貼り紙おじさん、誰かが押したみたい!電車にかれて、すごい騒ぎになっちゃった、どうしよう、私、SNS消した方がいいよね?』


 私に驚きよりも後悔が押し寄せてきた、何で私が居ない時に!誰が押したんだ、おじさんは最後どんな表情だったのか、知りたい、実際に見たかった、くそ、なんで今日なんだ。


「すごい顔だけど、どうしたの?大丈夫?」


 隣で彼が心配している、こいつのせいなのに、くそ、来るんじゃなかった。


「ごめん、ちょっと行かなきゃいけない所が出来たから、今日はごめん、帰らせてもらうね」


 電車は止まってしまうだろうが、タクシーで急いで向かえば、まだ何か見れるかもしれない、早く行かなければ。


「おい、ちょっと待てよ!どういう事だよ!前から思ってたけど、お前、浮気してるだろ。そうならそうと言ってくれ」


「違う!そんなんじゃない!早く行かなきゃいけないのよ、良いから手を離してよ!」


 彼に腕を掴まれて、私は必死になっていた、急がないと……


「俺もそいつに会わせろ!いつから浮気してたんだ!」


「違うって言ってるじゃない!離してよ!」


 彼と揉め合っている時に、呑気にアナウンスがホームに流れた。


「お客様にご案内致します、先程、〇〇駅におきまして、人身事故が発生致しました。その影響を受けまして、〇〇線全線で運転を見合わせます、お客様にはお急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけすることを、お詫びします」


「急がないと!浮気じゃないって言ってるでしょ、早く離して!」


「じゃあ何なんだよ!」


 私の苛立ちは、ついに爆発した。


「もう!うるさい!邪魔なんだよ!お前!」


 私の腕を掴んでいる彼の手に携帯電話を突き当ててから、彼を思い切り押した。声も出すことなく線路に落ちる彼は、レールに腰を打ち付けて動けなくなっていた。


「そのままそこで轢かれてろ!くそ!こんなに簡単なことだったら、私が押してあげればよかった!」


 私は動けないままでいる彼に、そう吐き捨ててから、急いでタクシーに乗り、貼り紙おじさんの元へ向かった。結局おじさんには会えなかったのが悔やまれた。


 その時は自分が狂っている自覚など無く、あの事件から三ヶ月経った今でも、自分自身に貼り紙を貼って押してくれる人を待っていると、分かるのだ。きっとおじさんは、最期に喜んで笑顔だったのだと。


 こんなにワクワク出来て楽しいことは無い。すぐに駅員に止められるので、色々な駅を転々としていると、あれから連絡を一切取っていなかった彼氏が、遠くから歩いてきているのを見つけた。


 私が気付いたと思われないように横目で確認して、視線を線路に戻してから、黄色い線の中に入った。ついに押してくれる人が来たんだ。心臓が急かすように痛くなる。


「まもなく、三番線を、電車が通過致します。黄色い線まで、お下がりください」


 間延びしたアナウンスが流れてきた、タイミングもバッチリだ。

 彼がすぐ後ろまで来ている、足元から震えが止まらない。


「ごめん、俺のせいで!もう良いんだ、こんな事は止めてくれ」


 彼は後ろから私に抱き付いて泣きだした、私はもう我慢出来なかった。


「だから、そうじゃないって言ってるだろ!女みたいに泣きやがって、もういい!誰も押してくれないなら、もういい!」


 私は彼ごと、線路内に飛び込んだ。

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奇妙な話3【押すなよ!絶対に押すなよ!】2400字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu

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