第68話 17歳 旅の薬行商人エステルと結納品争奪戦

 完全に私、囲まれているよね。それに、武器を構えている人達が後方に控えている。

 それに、なんだか『土と火の精霊に愛された民』の里を強襲したのだと勘違いされているし……。

 アクシオスが私のことを覚えていて、身元もばれている。


「久しぶり、アクシオス。えっと、怪我人が出たって聞いて、『Δάφνηの葉』を急いで届けに来たよ!」


 と、とりあえず嘘を言う。

 だけど、『Δάφνηの葉』は鉄板である。だって、エルフや『土と火の精霊に愛された民』にとては万能薬である。


 私の言葉を聞いて、先ほどまで殺気立っていた人達が動揺し、僅かに空気が和らぐ。斧や槍などを握りしめていた手の握力が僅かに低下している。

「だから来てくれたのか!」 

「うん! だって、私は、困った人に薬を届ける旅の薬行商人エステルだから!」

「おぉ!」

 周囲が歓声に沸く。

 どうやら作戦は成功したみたいだ。薬が必要じゃないことってないものね。別に、世界樹の葉は枯れないし、万が一に備えての常備薬にだってできる。

「だが、あの気難しいΔάφνηの民だぞ? 裏があるんじゃないか?」

「なんだか怪しいわよね」

 一部でひそひそ声が聞こえるけど気にしない。

「とりあえず、一枚、使って!」と私は世界樹の葉を取り出す。やはり、世界樹の葉は、ドワーフの人達にとってはかなり貴重なもののようだ。


「父さんの時と同じくありがとうな!」

 アクシオスが満面の笑みで、世界樹の葉を受け取るが……それを横から誰かが奪った。


「おっと、これは俺から姫に渡そう」

「返せ、ヨラム!!」

 アクシオスが葉を奪い返そうとするが、ヨラムって人の取り巻きなのか、その人たちがアクシオスを組み伏せた。

 その光景を誰もが当然のようにしている。


「アクシオス、お前は姫には相応しくない。俺の方がお前より髭がないんだ。分を弁えろ!!!!!!!!」

 取り押さえられながらもアクシオスは必死に抵抗している。どうやら世界樹の葉を取り返そうとしている。が、複数人に取り押さえられて為す術が無い。

「ヨラム、それを結納品にすることはできないからな! それは地底から掘り出されたものじゃない!」

 アクシオスが、他のドワーフの人に顔を地面に押さえつけられながら叫んでいる。

「ちっ」とヨラムは舌打ちをしたあと、

「どうせ、俺以上の結納品をお前に見つけることなんてできないさ」

 そう言って去っていった。






 どうやら私の疑いが晴れたのだろう。アクシオス以外の人たちは三々五々散っていった。どうやら、祭りの時期が近いらしい。

 祭りの時期! と私は心躍るが、私はやはり歓迎されていないらしい。


 ——金や銀などを貯め込むことが好きで、強欲でΔάφνηの葉を独占している——


 それが、私たちエルフへの『土と火の精霊に愛された民』からの評価らしい。


 まぁ、私たちは、『土と火の精霊に愛された民』を山小人ドワーフと呼んでいる。山に住む小さい人たち、という意味だ。蔑称である。種族的に平均身長が低いのだろう。成人でも百二十センチくらいの身長である。


 仲が悪いのは分かる。けど、弁解させてもらうと、『金や銀などを貯め込むことが好き』という評価は誤解である。エルフは、金とか銀とか、金属にあまり価値を置かないのだ。金塊は、私のお母さんのお母さんのお母さんが漬物石として、重量があるから愛用しているくらいだし、他の人もあっても邪魔だから鏃にして矢で射って、世界樹の森に散らしているくらいだ。

 ドワーフの人たちが、世界樹の葉の物々交換として金を持って来るけど、金がエルフにとって無価値だから、大量に必要になるだけだ。

 『なんか大切そうな品を沢山盛ってきたから誠意があるのだろう』的な意味で、交換に応じているだけだ。

 世界樹の森に生息していない染料の材料となる花びらとか幹とかの方が貴重で喜ぶのにね……。あと、新鮮な卵とか。


「あ、アクシオス……久しぶりだね。えっと、さっき怪我しなかった? Δάφνηの葉、いる?」


 先ほどから、むすりと黙りこんで下を向いているアクシオス。

 初めてあったのが11歳のときだから、6年振りだ。アクシオスも少し身長が伸びた。何より、髭を伸ばしている。昔の千円札とかの伊藤博文氏くらいの髭の長さだろう。

 他の人たちはもっと長かったから、地面に髭がついて、髭を引きずって歩くくらいが大人なのかも知れない。


「要らない……」

「でも、怪我しているよね?」

「そんなことより、協力してくれ。俺は、結納品を集めなきゃならない。結婚したい人がいるんだ!」

 アクシオスが真っ直ぐに決意した目で私を見た。


 え? もしかして私と結婚? 


 一瞬、あっけに取られる。だが、思い返せば…… 


 11歳。何気なく興味本位で世界樹の葉をアクシオスにあげたとき……


『いこの恩は一生忘れないからな、エステル! 俺が大人になったら、嫁にしてもいいくらいだ!』


 なんてアクシオスは言っていた。すっかり忘れていたけど、ずっと覚えてくれていなんて……。


 胸がキュンとする。ドキドキする。


 どうせ結婚適齢期のエルフがいないのだから、『土と火の精霊に愛された民』と結婚してもいいのでは? 実は、キアランとなら結婚してもいいかな、と思っていたくらいだ。


「だから……俺はヨラムよりももっと価値のある結納品を地底から発掘しなきゃならない! 俺は姫が好きなんだ! このとおりだ、エステル! 手を貸してくれ!」


 ん?


 姫って誰だ?


 とりあえず、私のことではないのだろう……。あれ?

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世界樹と生きる 池田瑛 @IkedaAkira

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