第34話 大学祭
京都はバラエティーに富むニックネームを持っていて、古都、千年の都、・・・そして大学の町と呼ばれている。そういえば、一体どれほど多くの大学があり、それぞれが個性豊かな学風を成して千年の町なかに溶け込んでいることであろうか。
その大学の町・京都で、今月は特別の月だった。大学祭が繰り広げられる月であり、各大学がここぞとばかりその個性を競い合うのだ。今出川大学では今年、何故か新任の靖子が大学祭運営実行委員会長という、厳めしい名称の名誉ある地位を拝受する羽目に陥ってしまった。
「私のような若輩者では恐れ多くて、とてもとても、お受け出来ないわ」
靖子は何度も就任要請を断った。従来より、運営実行委員会会長は教官就任が慣例であったが、着任数ヶ月、しかも二十六の女性講師が選ばれるのは異例中の異例であったのだ。
「せっかく男子学生諸君が選んでくれたのに、断るのは失礼というものだよ」
本多の説得に、靖子は諦めて渋々受諾したのだった。
「名目的な地位に過ぎないから、こんな私でも何とか勤まるでしょう」
ため息混じりの、靖子の受諾後の弁だったが、彼女の予期に反し信じがたいハプニングに巻き込まれることになってしまった。まずは開始早々の珍事件。オープニングセレモニーに招いた歌手が、出演料値上げを要求し出演を渋ったのだ。そもそも彼の招待には、靖子は断固、反対だった。強姦事件の被告で、保釈中の身でありながら大学祭に出演するとは不謹慎きわまりないからだ。
「先生。そんな固いこと言わんと―――」
実行委員の一部学生たちの弁は振るっていた。ナウイ話題の持ち主で、大学祭の目玉になること間違いなしと言うのだ。そりゃあそうだろう、靖子にはおよそ信じられない話題の提供者なのだ。しかしこの点は百歩譲った。
「先生。出演料は、五分の一でええ言うてるんですよ」
事前交渉で、通常の五分の一でOKとの応諾があったと言うのだ。経費節減と集客能力を強く押されると、未熟な実行委員会長は渋々ではあるが、引き下がらざるを得なかった。
「やっぱりそんなことだろうと思ったわ。大体、女性を強姦するような人物を信用したのが、こちらのミスだったわ。でも、何て汚いの。幕が上がってから出演を渋るなんて」
会場から巻き起こるブーイングの嵐に、靖子は渋々出演料アップを了承せざるを得なかった。心中穏やかでなかったが、表面上は笑顔で取り繕って式典に出席したものの、次の瞬間、靖子は祭壇前から遁走してしまった。楽屋から舞台へ出た問題の歌手と随行五人は、素っ裸だったのだ。割れるような拍手と爆笑の渦の中で、六人が〈四十八手〉踊りと称するハレンチ極まりないダンスを披露するオマケ付きだった。慌てて自室へ逃げ帰ったが、靖子の予期した通り、翌日の朝刊第一面には〈高名な刑法学者の娘、公然ワイセツ罪の共犯として事情聴取か?〉と、とんでもない見出しが躍ってしまった。
「どうして私が共犯になるの! こんな無茶苦茶な見出しを書いたりして、名誉毀損で訴えたいわ!」
靖子は、頭で湯を沸かさんばかりの怒りようだった。
「しかし、さすがに府警(京都府警)は事情聴取を申し入れてこないな」
本多が茶化すと、
「当たり前でしょう! 私が物笑いの種になっているというのに、―――もぅ、直則さん、何とかしてよ!」
靖子は地団駄踏んで悔しがったのだった。
大学祭でのありがたくないハプニングはもちろんこれだけにとどまらず、他に大小様々な事件が降って湧くように起こったが、中でも靖子を悩ませたのが〈美男落語家殴打事件〉だった。くだんの歌手以外にも、大学祭の目玉として有名落語家と漫才師を招待していたが、落語家が酔っ払いに殴られ左あごが青く腫れ上がってしまった。加害者は本学の学生でなく他大学の者だったが、治まらないのは落語家とマネージャーだった。大学には出演者の安全を保障する義務があると主張して、法外な慰謝料を請求してきた。ハンサムが売り物なのに、これでは高座に上がれず、出演契約のキャンセル料と精神的苦痛を賠償せよと言い張ったのだ。裁判所へ訴えると息巻いていたが、
「ネエチャン。アンタが一晩(ひとばん)ワシの相手をしてくれるんやったら、チャラにしたってもエエわ」
靖子に対する正にセクハラだが、落語家の嫌がらせを小林が録音してくれたおかげで、裁判沙汰にならず事なきを得た。テープを聞かせると、美男落語家は青くなって引き下がったのだ。
「もうコリゴリ。大学祭の運営にタッチするのは今回で、オ・シ・マ・イ。これからは楽しむだけにしよう。ホント、疲れちゃったわ」
よほど懲りたのか、本多に顛末を告げ終えると、靖子はぐったりとソファーにもたれかかった。
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