第3話 父の焦り
「‥‥‥藤野先生―――。お茶が入ってますけど」
ぼんやりと頬杖をつく藤野英則に、筒井浩子が遠慮がちに声をかける。彼女は藤野教室の事務員という名目だが、実際は藤野の個人秘書といって良い存在で、彼のスケジュール作成・講義案の清書・論文の整理、出版社との折衝までこなしていた。十三年前、彼の発表した〈過失の構造―――企業責任のあり方〉という論文が高い評価を得て、国からの予算配布が増額されたのを機に、藤野は部屋づきの事務員を一人置くことにした。二十人余りの応募者の中であえて浩子を選んだのは彼女の境遇―――一家の大黒柱を亡くした若い未亡人―――に同情したからだと思う。藤野は、運命に翻弄される人々に、自分でも呆れるくらい弱い。我が身の境遇と重ね合わせるからだが、このことは彼の学説にも色濃く反映していた。
現在、法学の世界では、かつてのような東京大学を中心とする東京学派と京都大学を中心とする京都学派という明確な構図が消えて複雑な様相を呈しているが、東京学派の系統が体制的色彩を残し、京都学派のそれが反体制的色合いを保持していることは往時の名残りであろうか。
ところで、かつての東京学派の中心たる大学にあって、藤野英則の刑法理論は際立った特異性を放つものであった。自由意思に基づく犯罪行為に対して、厳格な道義的・個人責任を追及するという点で自由主義の立場に立ち、しかも刑罰という強い威嚇力を背景とする刑法は、他の手段でまかなえない場合に初めて発動されるべきだという謙抑思想に立脚しながら、企業責任の追及という点では刑法に高い期待と抑止力を求めていた。恐らく、弱者たる庶民の救済という意識が知らぬ間に作用したものであろう。
三つ子の魂百までの喩(たと)え通り、幼児期の体験は長じて後の精神構造に思春期に匹敵するほどの影響を持つが、この幼児期と思春期を含む本多姓を名乗っていた二十二年間は、藤野にとって弱者以外の何ものでもなかった。いつも兄の幸治の陰に隠され、他家へ婿養子に出される者として扱われた。幼い頃は兄との余りの扱いの差に、両親を呪い続けていた。兄は幼少時から犬や小鳥を自由に飼うことが許されたのに、自分には縁日で買った鶉(うずら)の雛すら飼うことが許されなかった。本多家を出て行く身には、家との繋がりがなるたけ少ないほうが良いとの配慮からであろうが、八歳の藤野は辛くて、鶉の雛を両手に抱いて泣きながら捨てに行った。子供心に、本多家に無用の自分と猫に食われる運命の鶉を重ね合わせたのだ。
父には特に恨みを持っていた。時には殺意すら覚えてしまった。自分も次男でありながら、偶然にも兄の戦死により本多グループの総帥たる地位を継いだだけではないか。なぜ俺の気持ちが分からないのだ! 鬼め! 父といさかう度に、いつも同じ言葉が喉もとまで込み上げてきた。
入りたくもない経済学部へ入れられて暗い大学生活だったが、この頃から、藤野の心に本多家というか、本多一族をいまだに縛り続けている家訓に対する復讐心が芽生え出したように思う。これまでの消極的な態度を一歩出て、積極的な攻撃を仕掛けようと思い始めたのだ。抑圧された二十二年間に存在意義を見出し主体性を回復するには、自己を縛り続けた家訓を否定し破壊すべきだというのは、著名な哲学者の理論を持ち出すまでもないであろう。
もっとも、いまだ具体的な手段が思い浮かばない内に、意外な父の涙に接して復讐心が萎えてしまい、しばらくの間、意識に上らなかったのも事実であった。
家訓との親和から自ずからそうなったのであろうが、二郎の系統は結婚が早く、本多英則も大学卒業と同時に藤野家の長女との縁組みが組まれてしまった。結婚式を明日に控えた夜、英則の部屋のドアをたたいたのは父の英二だった。いつになく神妙な面持ちの父に驚いていると、
「‥‥‥英則。お前には随分つらい思いをさせて済まなかった。しかし母さんを恨まないでやってくれ。お前に対する理不尽な扱いに我慢できず、母さんは何度お前を連れて家を出ようとしたか知れなかったんだ」
父は俯いたまま苦しそうに顔を歪めて話し始めた。結局、父も母も自分以上に苦しんでいたのだ。なら、どうして苦しい胸の内を打ち明けてくれなかったのか。もし分かっていれば、お互いこんな辛い思いをすることもなかったのに! と口を吐(つ)きかけたが、藤野は言葉を呑んだ。敗戦により解体どころか、消滅の危機にすら晒されていた―――本多グループの再生のためには、家訓に流れる冷徹な思想にすがる必要があったのだ。それに、家庭内の問題にかまけている余裕など、父には無かっただろう。藤野は父の目に光るものを見て、救われたような安堵感と共に、
「ああ! 英則ィー‥‥‥!」
自分を抱いた母が突然号泣―――幼少時、不思議でならなかった疑問が氷解したのだった。
「明日から、お前は本多の家から離れて、全く自由に振る舞えば良い。それが出来る家として、藤野家を選んだつもりだ。本当に済まなかった‥‥‥」
そう言い残して英則の部屋を出て行った父の背中は、経済界で鬼と恐れられる本多英二のものでなく、初めて見る年相応に老いた父親のそれだった。
養子に入った藤野家は、父の言葉通り英則にとっては理想的な家で、特に妻の陽子は良く出来た女性だった。大学へ戻って法学の研究に従事したいという夫の意向を知ると、両親を説得して英則に再び学生の身分を与えてくれたのである。
法学部に在籍中の、わずか二年の間に司法試験に合格し、卒業と同時に助手に採用され、とんとん拍子の出世と共に靖子が生まれ、空白の二十二年を埋め合わすかの如き我が世の春の到来であった。そんな藤野の―――眠っていた復讐心に火を点けたのは、直則の父の一郎だった。法学部長から総長の地位にまで上り詰め、民法学の分野でも金字塔というべき不法行為論を構築した彼に、藤野が真っ向から論争を挑んだのだ。
大学紛争解決のための機動隊導入を巡る対立の中で、一郎と藤野は皮肉にも正反対の立場に立ってしまい、しかも互いに自派のリーダーに祭り上げられていた。大学の自治回復のため、緊急避難的に機動隊の導入やむなし―――一郎の立場だが、藤野は学生サイドに立ち、導入は大学自治の破壊との結論だった。
もっとも二人の論争は満足の行く闘いの場を与えられることなく、一郎の考えが入れられてしまった。正常化を迫る、権力側の要求に屈した苦渋の選択といえるものであったが、藤野には一郎の傲慢に映ってしまった。傍系の僻目(ひがめ)もあっただろう、本家の長男に激しい敵愾心が湧き上がってきた。機動隊に蹴散らされ、零度に近い放水に晒される学生の姿に、握る両の拳が震え、忘れていた復讐心がメラメラと燃え上がったのが明らかに自覚できたのだった。
ただこの時点でも具体的な方法は形を成しておらず、当面、一郎の業績に匹敵する研究成果の形成に藤野は全力を注いだ。この時の無理な生活が藤野の体を徐々に蝕み、後年の大病の原因となるのだが、当時の藤野にはそれに気付く心のゆとりさえなかった。
まるで馬車馬のように脇目もふらずに突っ走った数年間だったが、その成果が表れてようやく教授の声がかかり始めたとき、藤野の復讐心が形を成す格好の事件が巻き起こった。直則の無二の親友で、彼の代わりに何度か靖子の家庭教師に来てくれた北原が、銀座のホステスを巡ってヤクザと刃傷(にんじょう)沙汰に及び、ヤクザを死なせてしまったのだ。状況は北原にすこぶる不利で、彼の味方であるはずの唯一の目撃証人たるホステスが、刑事の誘導により北原に不利な証言まで残していた。
教授会の大勢は既に退学処分に傾いていて、もはや覆しようの無い状況だった。直則は父の一郎を説き伏せ、刑事裁判に悪印象が及ぶ退学処分を阻止しようとしたが、
「学生の分際で銀座へ通い、おまけにホステスを巡ってヤクザと刃傷沙汰に及ぶとは何事か!」
と、逆に説教される有り様で、取り付く島もなかった。仕方なく藤野のところへやって来て、
「英さん。北原は無罪なんだよ。何とかしてやってくれないか。北原を助けてくれたら、一生恩に着るよ。どんなことでもするから。‥‥‥な、お願いだ。この通りだから―――」
直則は床に平伏さんばかりにして頼み込んだ。
―――どんなことでもする‥‥‥か。
本多本家の嫡流を継ぐ直則の言葉に、藤野の胸は激しい高鳴りを見せた。本家に、本多を出された俺の血を送り込んでやろう。そして本多家の家訓を、俺の力でズタズタに引き裂いてやる!
―――靖子が本多家に入れば‥‥‥。
彼女は家訓に従わない子育てをするだろう。藤野には自信があった。我が子の持つ聡明な資質は誰よりも良く知っていたし、不条理に抗う強い精神力も見抜いていたのだ。
「‥‥‥直君。どんなことでもするって、―――靖子を嫁にしろって言ってもいいんだな」
藤野の言葉に、直則は驚いたように顔を上げたが、真剣な藤野の目に気圧されたのか、俯いたまま黙って頷いてしまった。
「‥‥‥分かった。出来る限りのことをしよう。最善を尽くすから、だから君も―――」
十二歳の靖子の嫁ぎ先を決めるほど、藤野は一人娘に淡泊であるわけはなく、むしろその逆で、靖子を嫁がせることは自分の右腕をもがれるより辛かった。しかしどうせ出さねばならぬものであるなら、直則が一番良いと思っていた。藤野は幼い頃から自分になついていた直則が好きだったし、家訓や育児に悩んで何かと相談を持ちかけてきた―――直則の母の邦子にも好感を持っていた。彼女はきっと靖子の味方をして、あるべき方向への手助けをしてくれるだろう。藤野は自分の計画が完全に軌道に乗り、着々と目的に近付いていることに自信を深めていた。
すでに直則は法学部での専攻を刑法と決めていたので、後は助手、講師、助教授、教授というラインを着実に歩めばいいことだ。また、間違いなく進んで行くだろう。藤野はそう高を括っていたのに、思わぬ伏兵が待ち受けていた。直則があろうことか、三回も司法試験に落ちてしまったのだ。
司法試験は判事、検事、弁護士になるための登竜門として夙(つと)に有名だが、日本の二つの大学では司法試験合格が大学に残り出世コースを歩む暗黙の前提とされていて、藤野や直則の大学は当然その一つに入っていた。
法学部を主席で卒業したのに、初年度は論文試験、翌年は口述試験、そして三年目は再び論文試験でつまずいてしまった。前年に論文試験に受かった者には、もう一度口述試験を受ける権利が与えられていて、これをパスすると合格証書が与えられるのに、その年も直則は口述試験に落ちてしまった。試験委員と激しい議論をしたために、彼の心証を悪くしたのが原因―――と言うのが表向きの理由であるが、実際は、祖父正則及び父一郎と対立する憲法と民法の学者に論争を挑まれ、自説の撤回や沈黙を余儀なくされて不合格点をつけられた―――試験委員間の常識だと、藤野は友人の試験委員に耳打ちされたのだった。
一郎や藤野の説得にもかかわらず、直則は四度目の受験を断念してしまい、汚点を残して大学に残ることになった。司法試験不合格が補償的に働いたのであろう、精力的に研究に打ち込み発表した論文も高い評価を得て講師まで進んだが、足の引っ張り合いや後ろ指さされることに嫌気がさしたのか、直則は平井教授の誘いを受けて京都へ行ってしまった。藤野にとっては大きな誤算だったが、家訓の解体という目的のためには、手をこまねいているわけには行かなかった。何としても直則を自分の許へ連れ戻さねばならないのだ。
それに、靖子の年を考えると一日も早く約束を実行に移して貰わなければならない。昨年妻を亡くし、自分の余命もいくばくもない今となっては、尚更のことだった。
―――まさか約束を忘れたわけではあるまい‥‥‥。
三十六の今も独身を通しているのは忘れていない証拠だと思うが、目の届かない京都にいるのが何とも不安で自信が揺らいでしまう。あれほどの男を女が放っておくまいという思いもあるし、何より男の生理は自分が一番よく知っている。
「‥‥‥ねぇ、あなた。お茶が冷めましてよ」
一向に湯呑み茶碗に気付かない藤野に、浩子が頬を染めてためらいがちに声をかけると、
「‥‥‥うむ」
口をへの字に曲げ、藤野がようやく緑茶に右手を伸ばした。十二年間自制して来たのに、妻が亡くなると一年もしない内に浩子に手を付けてしまった。若い未亡人採用をあれこれ詮索する向きに、これまで下司の勘ぐりだと嘲笑ってきたが、今後はそうも行かなくなった。この年になって男の生理を思い知らされるとは思っても見なかったが、出来てしまったことは仕方がないだろう。しかし、体のつながりが出来てから、浩子が急に口うるさくなったのには閉口する。体に悪いからと、浩子は藤野からコーヒーを取り上げて緑茶に代えてしまった。もちろん日常の細々したことにも、身を案じてやかましく口を出す。
―――浩子に管理されて、何とか靖子の結婚まで生き長らえねば‥‥‥。
すでに無くなってしまった胃のあたりに、藤野は苦笑しながら冷めた緑茶をそそぎ込んだ。
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