第12話 行方と消失
「ニットおはよ~!」
次の週の月曜日。彼はいつも通り登校していると、雨宮紗友里が駆け寄ってくる。その雰囲気はどこか先週とは違ったもの。
「どうしたの~?」
髪型は変わらない。制服も変わらない。かと言って匂いも変わらない。何が変わっているのかと彼女の姿をじっと見つめて考えていれば、
「あ~、もしかしてこれが気になったんでしょ~?」
雨宮紗友里が自身の履いている黒色のニーソックスを指差した。
「通販で注文していたやつが昨日届いたんだよね~。これ可愛いでしょ~」
よく見ると、猫の顔が可愛らしくプリントされている。思い返してみれば、先週まで彼女は黒タイツだった。違和感を覚えた雰囲気というのはこの事だったのかもしれない。
「おはよう、ニットと雨宮」
「おはよ~」
学級委員の西村駿。その他にも、内宮智花や白澤来たちが正門の入り口前に立っていた。その様子からするに、生徒会総勢での"身だしなみチェック"を行っているようだ。
「制服はしっかりと着ているが、それは何だ?」
「えっ、これ~?」
西村駿は身だしなみを確認しながら、雨宮紗友里の履いている猫のニーソックスへと視線を向ける。
「最近通販で買ったんだけど~…。大丈夫でしょ?」
「いや、それはアウトラインをギリギリ掠っているぞ…」
「えぇっ!? どうして~!?」
「生徒手帳をよく読めば分かる」
雨宮紗友里は鞄の中から、自身の生徒手帳を急いで取り出してページを捲り始めた。
「そこに『制服・シャツ・靴下・靴を着飾ることは校則違反』って書かれているだろう」
生徒手帳の数ページ目に書かれている制服の着こなしについての項目。確かに西村駿の言う通り『既存の制服・シャツ・靴下・靴を着飾ることを禁ずる』と記載されていた。要は"変にアレンジを加えるな"ということだ。
「ニットのように帽子を被ったりするのは校則違反じゃない。既存の格好に当てはまらないからな」
「えー…これここで脱がないとダメ~?」
「こればっかしはアウトかセーフかを決めかねる…。"
どうやらアウトラインをギリギリ掠っているというだけらしい。明確にアウトでもなく、かといってセーフだと断言も出来ず、西村駿は迷いに迷った挙句、
「…今回だけは見逃すことにする。通ってくれ」
「さっすが
雨宮紗友里の身だしなみをやむを得ずセーフ判定にして、正門を通らせた。ニットは「危なかったぁ~」と冷や汗をかく彼女と共に、校舎の入り口まで歩いていく。
「おい、ネクタイが曲がっているぞ。ちゃんと直していけ」
振り返ってみれば、あの目つきの悪い男子生徒に西村駿が声を掛けていた。
「これくらい別にいいだろ」
「お前ももう三年生だぞ。しっかりしろよ
「お前は相変わらずしっかりしすぎなんだよ…」
玄輝と呼ばれた男子生徒は、バツが悪そうにネクタイを真っ直ぐにしてから西村駿の横を通り過ぎる。
「あれ? そういえば大智くんとは会わなかったの~?」
言われてみれば、黄色の自転車に乗った伊吹大智の姿が見当たらない。彼はPINEで大智へと『おはよう』というメッセージを送信してみる。
「…寝坊かな?」
ニットは紗友里の言葉に「大智ならそれはあり得る」と返答して、スマートフォンをポケットにしまった。風邪を引いたりして、体調を崩している可能性だってある。彼は少しだけ心配しつつも、大丈夫だろうと心の中で独白していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「大智くん、全然学校来ないね…」
その日から三日が経過したにも関わらず、伊吹大智は教室に顔を出さない。PINEで送信した『おはよう』というメッセージにも返信どころか既読すらつかなかった。
「何かあったのかなぁ~」
「伊吹大智が学校へ来ない理由。あんたは何か知らないの?」
椅子に座りながら足をぶらぶらとさせている雨宮紗友里。そんな彼女に、ニットの後ろの席で勉強をしている神凪楓が声を掛けてきた。
「私はまったく分からないよ~。あんまり連絡も取り合ってなかったし~」
「ならニット。あなたは?」
彼は思い当たる節がないかを振り返る。伊吹大智と最後に会ったのは先週の休日の買い物帰り。時間帯は夜中で場所は公園。そこで大智から複雑な事情を話として聞いていたということぐらい。ニットはそのことを神凪楓に伝える。
「そっ、なら何も手掛かりなしね」
それを耳にした神凪楓は再び勉強にいそしむ。しかしその反応を見たニットは、楓が伊吹大智に関して何かに気が付いたことを"第六感"で察していた。
「心配だね~。大智くんの家にでも行ってみる~?」
そんな話をしていれば、今日という日は過ぎる。ニットは何か知っているであろう神凪楓が、放課後になると妙にそわそわしながら教室を出ていく姿を見かけていた。
「えっ? 楓ちゃんの様子がおかしかったの?」
その事を雨宮紗友里に伝えれば、彼女は首を傾げながら考え始める。
「何か知ってるのかなぁ…?」
あり得ない話ではない。しかしだからといって、神凪楓に尋ねたところで何も教えてはくれないだろう。ニットは雨宮紗友里に自身の意見を更に伝えた。
「それもそうだよね~。"例の件"には、これ以上首を突っ込んで欲しくはなさそうだし~。大智くんもそのうちケロっとした顔で学校に来そうだからね~」
ニットは彼女に賛成し、帰宅路に付く。伊吹大智のことは一旦忘れ、道中で好きな実況者に関しての話題で盛り上がることにした。
「…あっ、ここでバイバイだね」
道中の十字路で、ニットは雨宮紗友里と別れの挨拶を交わす。彼が三年一組の中で、最も親睦を深めている相手は彼女。少しだけ名残惜しさを感じつつも、ニットはスマートフォンに入った音楽アプリを起動しようとした。
「あら。こんばんは」
その時だった。向かい側から水色髪の女性が声を掛けてきたのだ。彼はその女性が、以前宗教勧誘してきた人物だということをすぐに思い出し、やや警戒する。
「そこまで身構えなくても大丈夫です。ワタクシはプライベートでこの辺りを散歩していただけなので」
ニットは彼女の言葉を聞き、手に持っていたスマートフォンをポケットに突っ込んだ。雨空霰から『宗教団体と関わりを持たないように』と注意されたこと。それを思い出し、軽くお辞儀をして彼女の横を通り過ぎようとしたのだが、
「ああそういえば…。つい最近、ナイトメアに新しい人間が加わりました」
その情報を耳にしたことで、彼は足を止める。
「確か"真白高等学校"の生徒でしたよ。"真夜中の公園"で携帯を弄っていたので、声を掛けてみたのですが…。ワタクシの話にとても強い好奇心を抱いてくれました」
真白高等学校の生徒。真夜中の公園。この二つの情報だけで、ニットは嫌な予感が脳裏を過っていた。
「どうしました? もしかしてあの方は――あなたの"お友達"だったり?」
彼は背後を振り返ってはいない。けれど彼女の顔が不敵な笑みを浮かべていると、何となく察していた。
「あの方は大変満足していました。すべてが思い通りに操れるような…。"ユートピア"へ足を踏み入れることができて」
"ユートピア"という単語を耳にしたニットは即座に振り返る。そして彼女の瞳をしっかりと見据えた。
「勘違いしないでください。これはあくまでもワタクシたちの"善意"と、あの方の"合意"の元ですから」
伊吹大智は裏ノ世界に連れ込まれている。彼は彼女の発言からそう強い確信を得たうえで「大智を表ノ世界に帰してほしい」と話を持ち掛けた。
「ワタクシは言いましたよ。あの方の"同意"もあると。もしあなたが助け出したいのであれば…。"直接"会いに行ってみては?」
それを促すかのような提案。ニットは口を閉ざしたまま、その場で項垂れる。
「ああ、ワタクシとしたことが…。皐月との待ち合わせをすっかり忘れていました」
彼女はスマートフォンで時刻を確認し、彼に背を向けた。
「それでは、ワタクシはこれで…」
夕陽が沈んでいく最中、彼女は暗がりへと姿を消していく。ニットはスマートフォンをポケットから取り出して、すぐに雨宮紗友里へとこう連絡をした。
『大智は裏ノ世界にいる』
ニットは募る不安を胸中に膨らませながらも、取り敢えず自身の部屋へ帰宅することにした。
雨ノ雫 〜Alieno Historia〜 小桜 丸 @Kozakura0995
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