第5話 人間

 ソラは日が暮れてから家に帰ってきた。もう帰ってこないと思っていた環は驚きながらも彼を迎え入れた。帰宅以来、彼はにこにこと笑顔を絶やさない。最近顔に現れていた苦しさからの付き物はすっかり取れたようだった。一方環は複雑な気持ちで夕飯を作り始めた。

 これが最後の晩餐になるだろう。予言の通り裏切られる。そう環が考えたところで、自分が裏切られると思っていることに気がついた。今朝の涙も然り、今回のことも然り、まるでソラのことが……。

 そこまで考えたところで、その後のことを考えるのをやめて、作業に集中した。


 夕食を食べ終わった後、ソラは環の手を掴んでベランダに連れ出した。突然のことに環はされるがままだったが、すぐにその手を振り解いた。

「どういうつもり」

「これから返事をするんだ」

「あなたを見送れっていうの」

「え?」

「え?」

 ソラが目をぱちくりさせ、環を見る。彼女の方も予想外の反応に目を瞬かせる。

「だって、僕は決心がついたよって言ったよね」

「宇宙へ帰るってことじゃないの」

「違うよ、僕の決心というのはこのに留まるという決心だよ」

「だったらどうして公園に行くなんて言い出したの」

「あ!!」とソラは大きな声を出したかと思うと腰を折って腹を抱えながら笑った。環はそれを不審に思いながら見つめていた。

「そういうことか。言葉が足りなかったんだね。公園に行ったのは、ブログのための情報収集をしなきゃと思って。集団登校する小学生ってちょうどあのくらいの時間に見られるだろう?」

 それを聞いた環は大きく目を見開き、大粒の涙を流し始めた。

「どうして環が泣くの」

 ソラはおろおろと狭いベランダに立ち尽くす。動揺している彼を見て、環は泣きながら笑った。セーターの袖で涙を拭う。

「私、てっきりソラが元の世界に帰るのかと。そしたら寂しくて切なくて……」

「そっか」

 ソラは恐る恐る環を抱きしめた。彼女も抱きしめ返す。

「これから交信するよ。その会話を一緒に聞いていてほしい。こうしていたら、環にも聞こえるから」

 そう言って、左腕で環を抱きしめたソラは目を瞑ってこめかみに右手をあてて交信し始めた。


『帰還の日程はいつが良い』

『その件に関してですが、私はもう暫くこの星に駐在しようかと』

『何のために』

『ニンゲン解明という研究のために』

『……そうか。以前のお前の報告書を読んでからニンゲンは興味深いと思っていたのだ。定期的に報告を』

『勿論です』

『駐在を許そう』

 交信は途絶え、二人は顔を見合わせた。

「それなら、私は宇宙人解明しないとね」と言う環にソラは笑って答える。

「実は言うと、僕の名前もタマキだし、僕の世界では僕たちも『人間』なんだ。それとね……環が僕を家に引き入れたのは偶然でも何でもないんだよ。君のいう怪しげな術ってやつさ。頭のなかでぷつんって感覚、しなかった?」


 開いた口が塞がらない環にどこ吹く風のつい先程までソラと呼ばれていた男。そんな混沌のなか、星たちは頭上高くで瞬いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同棲 紫乃 @user5102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ