第11話談話(下)

「ここ22区だけど、担当は12から15だっけ?」

「ですね」


くわりと欠伸をする阿木斗さんに私は頷きをひとつ返す。


この屋敷がある22区は郊外の中でも特に人のいない地区だ。不吉な土地やらなんとやらと噂されているせいで、この区画に家を建てる人間が少ないそうだ。おかげでここまで立派な屋敷を建てられているのだろうけど。

一方で12区と13区は団地や公共住宅の並ぶ人が多く密集した地域となっている。吸血鬼にとって獲物が多いということは、八咫にとって保護対象が多いと同意義だ。集中的に守らなければならない地域に選ばれるのも妥当である。


「15区にはあんまり被害出したくねぇな」

「となると、14区…ですか?」

「ん〜〜、まぁ、トウジョーの言う通り、14区に集めてって感じ?」

「だな」


15区は隠居をしている吸血鬼が実は多い。特に人間に近しい生活をしたいと考えている穏便な人たちが住んでいる地域だ。今机に出している加工品は大体この地区で買っている。私としては被害が出て、こうして食品が手に入れなくなるのは嫌だ。14区は比較的に空き地が多い印象があるので、そこであればいくらかは阿木斗さんも自由に暴れられるだろう。


「じゃぁ、作戦はシンプルに行くか。レーカと道満が八咫集めて、俺とトウジョーが攻撃部隊として動く。どう?」

「妥当だが、ひとついいか?」

「んー?」

「お前ら一緒に動かすのすげぇ心配」


分かる〜!!!

首が取れるぐらいに心の中で道満さんの言葉に頷いた。絶対阿木斗さん、トウジョーさんのことを面白がってストップかけないだろうし、トウジョーさんは絶対阿木斗さんとは別ベクトルに暴れそうだし。


「レーカが俺らの方確認しとけばヘーキだって」

「……それ、私への死刑宣言です?」

「応援してやるから!」

「あー…俺の鬼技で電話とかも通じ難くなるし、嬢ちゃん頼んだわ」


ケロっと平然に無茶苦茶を言ってくる阿木斗さんに私は未来の精神的過労死を悟った。阿木斗さんとトウジョーさんの心の中読み続けないといけないとか、地獄でしかないのでは?

私は頭を抱えるが、道満さんの申し訳なさそうな言葉に退路が絶たれる。


「そう言えば、無極さんの鬼技って…?」

「そういや、トウジョーくんには見えてなかったっけな」


おずおずと質問を口にしたトウジョーさんに道満さんはそういえば、と思い出したかのように装飾の綺麗なライターとタバコを取り出す。

そしてそのタバコにライターで火をつければ、健康に悪そうな薄灰色の煙が空気を汚染する。


「これをこうしてな、っと」

「ん!?えっっ!?」


本来であれば独特な香りのする煙は、空気の流れに従いこの空間を漂うはずだった。しかし、道満さんが煙の一部を指で弾くように払えば、その煙はまるで意志を持っている蛇のようにトウジョーさんの回りを囲う。


「お前と似てて、俺は煙とか塵操れんだよ」

「おぉ…おぉー!めっっちゃダンディーですねかっけぇ………」


道満さんはこの通り、煙や塵を自由に操れる鬼技を使える。視界内だったりすれば自由に使えるらしいが、詳しいことは企業秘密と言われて教えてもらってない。


「まぁ、俺とめっちゃ相性悪いけどな」

「相性、ですか????」

「ヒントは粉塵爆発」

「アッ」

「それヒントじゃなくて答えですよ」


阿木斗さんの言葉に首を傾げたトウジョーさんは全てを察したかのように、開いた口を手で隠した。

そう、阿木斗さんが操る電気は火花を発生させることが、それはもう多々ある。タバコの煙であれば、恐らく事故は起きないだろうけど、別に道満さんが操れるのはタバコの煙だけではない。……2人が同時に能力を使うと大事故が起きやすい可能性のほうが高いのだ。


「……さっき、道満さんとトウジョーさんの能力似てるって言ってましたけど…」

「物質操作って意味でな」

「こう言う感じです!!!!」

「…!?」


私が先程道満さんがぽろっと溢していた言葉に首を傾げれば、トウジョーさんが元気よく立ち上がる。そして流れるような勢いで、いつの間にか左手に握っていたカッターで自分の右手首を切り込んだ。いきなりの自傷行為に目を丸く見開く。

しかし、トウジョーさんの意味不明の行動はまだ続き、自ら作った傷口に漫画を描くに使うペンのペン先をつける。


「今日はおれのかんがえたさいきょうのどらごんな気分なんで…」


ぶつぶつとなにかを呟きながら、トウジョーさんは宙をキャンパスにペンを滑らせる。

すると、空中に赤黒く細い線が浮かび上がり、その線の集合体はまるで意思を持った生物のように動き始めた。


「動いた……」

「どうですか!!!僕の描いたドラゴン!!」


ぷかぷかと浮遊しているそれは、確かによくRPGなどで見るドラゴンの形をしている。大きさは私の腕ほどあるので、それなりに大きい。表情に厳つさはあるが、何処か愛嬌を感じるのは気のせいだろうか。


「トウジョーくんはこうやって、自分の血を自由に操れんのさ」

「……このドラゴン、火は……」

「火じゃなくて血を吹けますよ、ほら」


あぐり、とドラゴンが口を開く。瞬間、そのから勢いよくドラゴンの構成物と同じく赤黒い液体を噴射した。

床が汚れるのでは!?と私は口を閉じたが、液体は床に触れる前に重力のない空間の液体のように空中に止まる。


「ただ、これ、僕の血なので、貧血になりやすいんですけどねぇ………」

「……座って血液飲んでてください」

「めっちゃ顔青いよな。まぁ、狩しつつ食って頑張れー」

「はい……」

「良かったな、嬢ちゃん。スプラッターは見なくて済むぞ」

「………どう足掻いても聞きますけどね」


血液が体内から出ていくなら、体外から取り入れればいいじゃない。そんなどっかのマリーアントワネットも苦笑いの阿木斗さんの言葉に思わずこっちも苦笑いである。

阿木斗さんも間違いなく時間の合間に新鮮な人肉食べるので、完全に一部のマニア向けのスプラッターな光景が出来上がってしまう。その場にいなければ見ることはないけれど、私はその食べてる人達の心を聞いてないといけない。いくらグルメレポみたいなものが聞こえてくるとしても、正直色々な意味でツライ。


「こういうのでいいんだよ、こういうので…みたいなポップな気持ちでいられるよう頑張ります…!!!!!!」

「……2人分聞くので、孤独じゃなくなるんで……」

「ハッ!?!?」


傷口から先程の血液を戻し、多少元気になったトウジョーさんの妙な気遣いに私は小さく首を横に振った。あと、そのネタはポップではない気しかしない。


「見ててめっちゃ面白いけど、そろそろ話をまとめるかぁ」

「俺が鬼技で八咫を数人ずつ一箇所に誘導する。分断と撹乱も任せとけ。で、お前らが叩けるところを潰してけ」

「はい!」

「りょーかい。タイミングは送るからそんときは煙、晴らせよ?」

「そこは嬢ちゃん頼むぜ」

「やれることはやりますけど…アシストなくなったら、こっちも交戦中だと思ってください」


気乗りはしないけれど、自分の仕事をしないかは別の話だ。任されたことはやる。

しかし、目の前に敵がいる場合だけは他のことに思考を割けるほど私は強くないので、そのときは阿木斗さんもトウジョーさんも頑張ってほしい。


「あの地区でも入り組んでる場所をポイントに選ぶつもりだけどな。俺の鬼技を無理やり突破する奴もいない訳じゃねぇ。滅多にないとは思うが、先に伝えておく」

「そっち行く前に殺せば問題ないっしょ?」

「強者の構えだ………」


確かに阿木斗さんの言う通り、此方に八咫が来る前に倒してもらえれば、私も私で鬼技だけに集中すればいいのでありがたい。


「んじゃ、決行は明後日。いいかー?」

「はい!」

「あいよ」

「はぁい」

「てことで、がんばろーぜのかんぱーい!」


ケラケラと笑いながら、ワイングラスを傾ける阿木斗さんにつられてそれぞれのグラスを近づける。


からんっとガラスの音が深い夜に響いた。

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吸血鬼達は日常を歓喜する 鯖の味噌煮 @sabamiso99

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