第四十九話 いいんだよ、だから私は走れる

 好きになるって大変だ。

 いや……いつのまにか? 知らないうちに? うっかり好きになってしまった、か……な?

 うまく、言えない。

 私は先を急ぎながら考えていた。

 胸の中にある嫌な予感は、どんどん大きく膨らんでいた。

 こんな時だからなのか、思考が止まらない。

 セイは、まだ遠い。

 歩く。

 可能な限り早く。

 このざわつく、強い気持ちを抑えて。


 君は誰かを好きになった事がある?


 ……もしあるなら、わかってくれるかな? 君と私の抱くこの、感情が同じかどうかは、……わからないけど。

 なんて言えばいいかな?

 苦しいとは、違う。

 ん……、大変になる? って言えばいいのかな。

 多分、私が知らなかった初めての感情……。


 恋。


 ……いつだったか、力を求めひたすらレベルを上げていた時に、サユ姉ちゃんに言われた。


「大切な人が出来たら、リリーはきっと、強くなるタイプだよ」と。


 ついでに「だが、リリーはムッツリだな」と言われたのは、忘れよう。


 その時は意味がよくわからなくて、好き人より特訓が恋人だから! なんてサユ姉ちゃんに答えてた。


 けど、


 こんなにも、心が思い通りにならない。

 私が、私じゃなくなる感じ。

 これは、なんだろう。

 苦しくて苦しくて逢いたくて怖くて。

 気持ちばかりが焦って、身体が前に中々前に進まない。

 近づけば近づくほど、大きくなる。

 何かが爆発する振動や音。それが体を震わせる。

 死地に向かっている気配が匂う。

 無事を祈りながら、今はただ——セイの元へ。

 好きとかどうでもいい。

 以前には戻れない。この私の中に生まれる……感情は、きっと、私を強くする、そんな気が漠然とした。

 災厄との地獄の螺旋階段を断つ為に、セイは戦っている。

 私は歩く、歩く、歩く。

 まだ、見えない。

 セイのところへ。




 □□□□□□□□□□□




 聴こえる二つの戦いの音。

 その大きさに近づいてきていると実感する。

 風は今はなく、空気は森の匂いを残している。

 空は青い。

 いくら歩いただろう? 戦いの余波で倒れ折れた木々の中を進む。

 元……森だった所を歩く。

 戦いの衝撃を受け、まともに立っている木は、一つもこの辺りには無かった。

 倒れた太い幹を乗り越え、荒れた地を歩く。

 遅々として中々進まない。

 自分の情けなさに泣きそうになるけど、唇を噛んで我慢する。

 弱いなんて言いたくない。

 そんな時、私は見た。

 一筋の昇る光を。

 紅い紅い光の柱を。

 天を貫く光を。

 紅い光は私を照らしていた。

 眩しい光を浴びて想う。


 それは、ただただ……美しかった。

 生きる輝き、生命の一瞬の煌めき、どこまでも高く高く伸びた光は、空を貫き、そして静かにスッと落ちて消えていった。


 きっとあの光の下にセイがいる。

 折れて倒れた巨木から飛び降り急ぐ。

 カランと私の胸元で小瓶が鳴った気がした。

 それを軽く握り、「お父さん、私に勇気をください」と小さく言葉にしてお守りに祈った。

 握りしめた小瓶は何も言わない。


 そしてリリーは、走り出す。

 地は蹴る音を跳ね返し、吐き出す息が後ろに消えていく。

 大切な人を守る為に。

 走り出す。




 □□□□□□□□□□




 轟く衝撃音。

 私はギリギリまで近づいて地に穴を掘って戦いの行方を見ていた。

 世界が大地が空が震えていた。

 それは、二つの存在の所為だ。

 地を割り天を裂く。

 己が存在をかけた戦い。

 不滅の、殺し合い。

 人を捨てた神と神の世界。


 爪の中も顔も腕も足も泥だらけ、そこで全てが震えている様な振動に耐えながら私は見ていた。


 空高く飛んだセイから尋常ではない神気が生まれ放たれる紅い光を。

 災厄目掛けて落ちた紅い光を、白い光が……壁が大地を覆う。

 二つの力がぶつかる。

 今までで一番大きい振動。

 穴の中で悲鳴をあげ、飛んでくる土砂から頭を守る。

 縦横無尽に無茶苦茶に揺れる大地と身体。

 上も下も分からなくなる。

 だけど、私は何とかして穴から顔を出し見ようとする。

 見ないといけない、見逃してはいけない、嫌な予感が膨れ上がる。


 そして……私は見た。

 粉々になる白い壁。

 紅い炎に包まれる災厄を。

 ここからでも聴こえた弾け飛ぶ音。

 

 息が止まる、止まる、色が消える、ゆっくりと真実だけが私を刺し、息をしないと、いけないと教える。


 あれ程、憎み、殺したかった災厄が弾けて消える瞬間を。

 瞬きもせずに。

 見た。


「セイは……?」


 これ以上ないぐらいに打つ心臓。

 忘れる呼吸。

 見上げると……四肢を失い力なくゆっくりと落ちる姿を見つけた。


 一瞬で決める。


 力がないなら生めばいい! あの時のサユ姉ちゃんの様に!

 ダメ! ダメ!!

 死なさせない!

 私は、命を削り唱える。

 泥にまみれた体を起こし立ち……『精霊術』を。


「友よ! 私の声を聴いて! 力を貸して! 空に浮かぶ臆病者エアフローチキン


 何がが削れていく。

 生命を糧にして発動させる。


 ——タンッ。


 後ろに伸びる景色を置いて飛ぶ。

 一直線に空を切る。


「セイ!」


 抱きしめる体は軽い。

 軽すぎた。

 止まらない涙がセイの顔を濡らす。

 四肢を失った体は動きを失っていた。


「生きて」


 リリーの声は、今ここにあった。


 奇跡は起きた。


 涙は、無力で意味も無かった。


 だが、そこには、


 命がけの愛があった。








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