第四十八話 神と世界と抗う者

 ——ガアッーーーーーーーーーー!!!!


 爆発する叫び声。


 裂ける災厄の口。

 バリバリと何でも飲み込みそうな大口を開き、牙を覗かせ喉を震わす。

 空気がチリチリと焼けるような幻音がセイの耳に入ってくる。

 圧を撒き散らす災厄。揺らぎ歪んだ空間が辺り一帯に生まれる。

 大地が細かく振動し、小さな無数の小石がジッ、ジッ、と音を立て、踊り飛ぶ。


 ——全身にその衝撃を浴びるセイは、瞬きもせずに真っ直ぐな目で「うるせーな」と軽い息を吐き、三メートルはある災厄を見上げていた。

 腕を握る手に、力を更に込める。ミシミシと災厄の腕が軋む。

 油断なき姿がそこにはあったが——


 ——ブンッ!


 災厄の初撃。

 腕を掴まれた状態で、頭を振り下ろしてくる。

 威圧から一瞬、反応が遅れるセイ。

 まさかの、頭突きだ。

 予想外の動きにセイは、左腕を咄嗟に出して防御するが、まともに喰らい吹き飛ぶ。


 打ち出された弾丸の如く吹っ飛びながら、痺れと、創造する内部の神血に耐えきれずに肩の付け根から吹き飛ぶ左腕。


「くっ! ナビ!」


 すぐさま再生、元に戻った腕を確認して、空中で一回転し、そのまま右手を地面につき、


 ——ダンッ!


 軽く飛び、そのままクルリと着地するが、勢いを殺せずに足で地を削り後退する。

 素早く体を起こし、反撃しようとかまえるが、——眼前に災厄が!


「なっ!」


 驚くセイが見たのは、口から紅い光を放とうとしている災厄だった。

 まさに眼前、距離は一メートルもない!


「『神血! 三八パーセント』!」

 叫ぶセイに、


 ——ドンッ!


 ほぼ、ゼロ距離で放たれる破壊の紅い光がセイを襲う。


「『絶血——命!』」


 瞬時に両手に神気を込め、受け止める。


 ——ギャギャギャギャッギャッ!!!!


 きらめき浮かび散る紅い火花が、セイと災厄を照らし、背中に影を消し飛ばす。

 火花が、白くセイと災厄を照らし、刹那の戦いに、生死を叫ぶ。


「くそったれ!!!!」


 全身に神気を込めて、ギャ! リッ! っと両手で災厄から放たれる光線を跳ね上げる。

 光はれて、セイの後ろに弧を描き飛ぶ去る。

 まだ残っている木々を撒き散らしながら、何かを削る甲高い音を響かせ爆発。

 吹き飛ぶ大地。

 巻き上がる噴煙と、熱を持った土砂が辺りに巻き散る。

 風に背中がビリビリと揺れる。

 当たる小石が音を立てる。


「ここを更地にするつもりか——」


 大技の終わりの隙を決める。

 セイはそれを逃さない。

 千切れそうな腕を瞬時に再生し、技を叫ぶ。


「『絶血——閃火せんか』」


 即、腰だめに溜めた拳に神気を乗せて災厄の腹に打ち出す。

 音を捨て去る速さで次弾を放つ。

 災厄が吹き飛ぶよりも、速く右に移動し拳を打つ。

 左に動いて打つ。

 後ろに飛んで打つ。

 打撃、打撃、打撃、打撃。

 時が止まった様に、音が鳴るより速く、速く。

 余りのスピードにセイの姿が消える。


 ——打撃音と空間の切れる音だけが聴こえる。

 徐々に溜まる。

 災厄も負けずと両手を振り回すが、セイにはカスリもしない。


「『五十パーセント』」


 セイの全身から生まれる紅い光が一帯を包む。

 繰り出す拳。

 災厄の体内に逃げ場のない、セイの打撃により破壊の力が溜まっていく。

 この時点で、セイの神気は災厄を凌駕していた。


「散り咲け」


 災厄の鳩尾を打ち抜く。

 渾身の最後の一撃。

 肉体の内部に溜まった行き場のない力が暴れ出す。

 風船の様に全身が膨れ出す災厄——そして、


 ボンッ!


 腕も足も胴体も爆散し、弾けた。

 飛び散る血がビシャビシャとセイの全身を真っ赤に染めた。

 後には巨大な首だけが残り、静かに宙に浮いていた。

 ゆっくりとゆっくりと落ちてくる、災厄の首。


「『絶血——命』」


 スローモーションの様、セイの煌めく拳が災厄の首を捉える。

 この一撃で、終わるはずだった。

 弱点である首を破壊し、戦いは終わるはずだった。


 ゴンッ!!


 ——しかし、拳は白い壁に止められていた。

 まさに壁。

 巨大な白い透過する壁に、セイの拳がギャリギャリと阻まれる。

 その大きさは縦横、五メートルはある。

 神が言った障壁だ。

 壁は、セイの一撃を受け止め阻む。


 ——くっ! そっ!! が! 打ち抜く!


 白い障壁とセイの拳が輝く。点滅し、弾け、飛び消え、また生じる紅い輝き。

 紅い稲妻が発生し、鞭の如く激しく動き回り大地に落ち、何箇所も穴を穿ち暴れる。


 ——ボンッ!


 唐突に弾け飛ぶセイの右腕。

 ナビが再生させる前に……、災厄の全身が一緒で、首から生える。

 ありえない再生速度。明らかに災厄以外の力が働いていた。

 そして、災厄は蹴りを放つ。

 右足の蹴りをまともに胴に受け、セイは吹き飛び——……、


 ドンッ——ドンッ……ドッ!


 地に落ち飛び跳ね転がるセイ。


「か、はっ!」


 四つん這いになり、血を吐く。

 爆散した腕をナビが再生するが、ダメージが抜けない。


 ——ドンッ!


 地が揺れ土が飛ぶ。

 巨大な何かが落ちた衝撃。

 そこには災厄が拳を振り上げ立っていた。


「あーーーー!!」


 立ち上がり叫ぶセイは、繰り出される災厄の拳に、己の拳で迎撃する。

 ぶつかり合う拳と拳がビリビリと鳴り、そこが歪み……、静止し、トンッと動く。


 そこからは、殴り合いだ。

 災厄がセイの腹を蹴り、お返しにセイは右腹に拳をねじり込む。

 腕が千切れ腹が割れ足が吹っ飛ぶ。

 その度に再生、何度も治し、また殴る。

 そして……お互いの拳をぶつけ吹き飛ぶ。


 転がり——立ち上がるセイ。


「ラチがあかねー、壁を打ち抜く」


 返事を待たずに地を蹴り、飛ぶ。


 ——マスター!? どうするつもりです!?——


 雲を突き抜け空が近い。突き破った、白く揺らいだ雲が消えていくのが見えた。

 風が聴こえる。

 心臓の鼓動が大きくなった。


「『百パーセント』まで」


 ——そんな……、確かにあの障壁は現状では……破れません——


 俺は大きく息を吸って吐く。


「いいんだナビ。最後までサポート頼む」


 ——はい、——


「『オーテンシステム……百パーセント』」


 ——マスター、貴方はきっと……勝ちます——


「起動!」


 膨れ上がる神気を、神気で抑える。

 意識がある前に叫ぶ。


「『絶血——落日らくじつ』」


 創り出した紅い火を災厄目掛けて落とす。


 白い壁が大地一面に現れる。


 ぶつかる。


 セイは右腕を突き出し叫ぶ。


 その時、弾け飛ぶ体。


 己の四肢が失せる。


 ギリギリ再生し、一本の腕に意思をこめる。


 音なく割れる壁。


 紅い炎に包まれ……災厄は燃え上がり……膨れ縮み……、


 ドンッ!


 飛び散る。


 そして、力を使い果たしたセイが聴いた声は……。


 彼女の声だ。


 力なく落ちる。


 抱きしめられる感覚。


「セイ!」


 声は……。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る