第四十七話 ひかりの先へ

「『絶血——』」


 紅い、紅い光が天を衝く。


 渦巻く紅が大気を切り裂きどこまでも、どこまでも高い空を駆け上る。

 不思議とあまり音はない。

 刹那、紅に触れた雲は円の形に吹き飛ぶ。

 爆風に遠く広がり千切れ踊り、消えていく。

 もし、地上から見る者がいたならば、こう思っただろう。


『美しい』と。


 ——ただただ、美しい光景がそこにあった。


 一直線に紅い色が空を彩る。

 時に垂直に立ち、空間を喰らい、生命の輝きを見せていた。

 その景色の下、まだ、今は弱い、成り立ての神は息を長く、長く吐きだし、歩き出す。

 光の中を。

 紅く、揺蕩たゆたう世界を歩く。


「あのさ——」俺は、ナビに話しかける。


 まだ距離がある災厄も、少しずつだが、こっちに歩いて来ているのが見える。


せいって字、おかしいよな」


 一歩。


いびつな字の癖に、ただしいって」


 二歩。


「なんなんだろ? 誰もが自分が、正しいと……信じて、もしくは、そう思いたくて世界と戦っている」


 三歩。


 静かに、足を止める。

 一度、地面に視線を落とし上げ、じっと、……災厄を見る。

 どこか、空虚で悲しい。

 生きる事が悲惨でも、楽しいことが一個ぐらいあってもいいじゃないか。

『殺してくれ』と鳴く鬼は、夢を見るのか。

 血濡れた牙と手に何を……失くしたのか。

 救いと涙はまだ、あるのか。


「……そこには、きっと……想いがあるんだ」


 噛みしめるように、また、一歩、足を前に出し、歩き始める。


「そして、信念が……」


 ナビが俺に答える。


 ——信念……ですか、正しいか、間違っているか。私はシンプルです。正解に。一番、近い道をマスターに歩いて欲しいと、存在するスキルです——


「……そっか、ナビはそうなのかもな。でも……人間にはあるんだ、誇り、矜持、信念……、譲れない物がある、たとえそれが間違っていたとしても」


 ——それなら、私にもあります。『マスター』を必ず守るという……言えばこれは、私の信念ですね!——


 多分、俺は一瞬、間抜けな顔をしてただろう。

 言葉に想像外の、優しさが含まれていると、感じたら誰でも気が抜けて。間抜けになる。

 スキルな癖に人間みたいだと、笑う。

 声に出して。


「ははっ、頼もしぜっ! ナビ、ありがとうよ」


 必ず守るなんて、可愛い声で言われたら、ドギマギするだろう。

 言い返そうと、考えるが辞める。

 今はそれを楽しむ時間はない。

 もう、

 最後の時が来る。

 だから、

 だから、

 だから!


「俺はな、こう言ってやりたいんだ」


 俺は空に向かって叫ぶ。


「お前はな! せい! 間違ってなんかいないって!」


「あいつの魂を……受け取った俺は……証明してやりたい」


「——全部、全部無駄じゃなかったって」


 息を吸って言葉を。


「だからさ」


 絞り出す。


「勝ちてーんだよ」


「世界はお前のもんだと、言ってやりたいだよ」


 遠い青い空は見ていた。

 向かい合う、セイと災厄。

 間は僅か、一メートル。

 右拳を振り上げる巨体の影に入るセイ。

 二つはいつのまにか、迫っていた。

 激突寸前の空気。


「名も無き鬼、災厄。お前はこのクソッタレの世界に何を想う? お前の正しさは何だ?」


 ——マ、マスター神血を? 創造しています!?——


「何ラウンド目か……忘れたな……だがな、勝つのは俺だ!」


 ——ドンッ!


 両足を地に突き刺すように踏ん張り、両手を十時にクロスして構えるセイ。


「アイツは、言っていた。コレぐらいは神なら倒せとな……、俺なりの答えだ」


 ——マスター! 危険です! ——


「要は饅頭だ。身体強化の神バージョン。神気を神気で抑えればいい」


 振り下ろされる災厄の拳。


「『——神』」


 俺は溜めていた神気を一気に解放する。


「まずは、『五十パーセント』だ……『オーテンシステム』起動」


 ——マスター!!——


「ナビ! お前には再生と回復をまかせる! 神血創造は、俺がする」


 ——ちっ! わかりましたよ! はいはい! 了解——


「今なんか舌打ち聴こえたんですけど!?」


 俺は、全身を貫く激痛と千切れ爆散しそうな体内で暴れる力を、——力で抑えこむ。


 ——ドンッ!


 上げた右手で、災厄の振り下ろされた拳を受け止める。


「よう、絶望」


 拳越しに見る災厄は、その紅い目は悲しい色をしていた。


「救ってやるなんて、おこがましい、だけど言ってやる」


 握る手に力を込める。

 ギシギシと鳴る災厄の腕。


「殺してやるよ」


 セイから生まれていた紅い光が逆再生の様に体に戻る。

 それは、一度消えた思い出を思い出すように。

 変わらない何かを探すように。

 光が落ちる。

 どちらが勝つか、それは、神すらわからない。

 最後の戦いが切って落とされようとしていた。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る