第四十六話 愛してるなんて、言えないよ

「……おい、ナビ。アレ……取り敢えず……殴って……いいか?」


 ギリギリで吐いた言葉。

 俺の唇は、強がった意思と裏腹に——震えていた。


 災厄は、時が止まったように動かない。


 ——今ならわかる。


 なまじ、神となった、俺には。


 アレは……絶対的存在。


 どうして……ここに?


 ……いるんだ?


 その時、突然。

 歪む、景色が、空気が。

 ——ジッジ、ジジジと、虫の羽音を低くしたような音がした。


 俺の頭が——、嫌、なんだ? 心? 否。


 ——魂がフラッシュバックする。


 視界が歪む。


 断片的に光る刹那、生きた証が通り過ぎる。

 記憶のカケラ、灰になった悲しみ。

 知らない、見たことがない、経験したことがないものが、肉体を貫く。

 魂が震える。

 息がとまる。

 光と、闇が視界を包む。


 景色が、色が消えて、そして……見えた。

 忘れられた記憶が。

 悲しみの果てが。


 ————


 ————。


 ————


 ————。



 カンカラコンと何かが落ちて、転がる音がした。

 魂が語り出す。

 光と闇が背に通り過ぎた。

 誰……だ?

 俺以外の、誰かがいる。


 ……どうでもいい話だと、君は言うかもしれない。

 だけども、これは僕が生きた証。

 誇りみたいなもんだ。

 だから、君は精一杯生きてくれよ。

 僕なんだからって、のは……いらぬ、お世話か。


 ……俺は何処にでもいる高校生だった。

 景色が思い出させる。

 思い出したくもない、あの時を。


 フラッシュバックするのは、泡か命か夢か

 わからない。




 ——戦いの旅の末、たどり着いた最期の部屋。

 巨大な不気味な白い扉が、暗闇に浮かんでいる。

 何度も何度も、諦めそうな自分を蹴り上げ歩いてきた。

 仲間を振り返り、うなずく。

 皆、わかっている。

 これが最後だと。

 扉を、押す。

 思っていたより軽く、扉は左右に開いていった。

 覚悟、信頼、悩み、渇望、希望……。


 負けるわけにはいかない、僕たちの肩に世界の命運がかかっている。


 息を吸い、吐き、また吸って……自分を落ち着かせようと目を閉じる。


 ゆっくり開いた目には、緊張で顔が、強張っているだろう僕に、笑いかけてくる、のの葉の顔が見えた。


 のの葉に笑いかえす。


 僕は、歩き出す。

 また、一歩を歩き出す。

 確かなことは……、わからない。

 笑顔を守りたい。

 それを、歩く意味にしてもいいだろう?

 強く息を吐く。

 二歩目は軽く。

 静かに踏み出す。


 扉を開け、先に進む……。

 仲間と共に。



 ——突然、目の前に現れた存在。



 一瞬で、戦いが始まる。


 それは、自分のことを『神』と名乗った。


 黒い穴が空いた顔。

 空中に、浮かび足を組んで座っていた。


 絶望がそこにいた。


 そして仲間を……、皆を、「飽きた」と言い放ち。

 眩い光を放ち——


 消した。


 仲間を。


 何かできたのだろうか?


 世界の一番深い場所。

 最後の敵に僕らは挑んだ。

 世界を救う為に。

 そこで待っていたのは。


 ——神。


 僕とのの葉は走る。


 僕は……逃げたんだ。


 笑ってくれよ。

 勇者なんて、言われて喜んでいた、空っぽの、僕を。


 君には軽蔑されるかもしれない。


 僕は、ただただ、のの葉に死んでほしくなかった。


 そうさ、世界より彼女をとったのさ。


 景色が流れる。

 白い世界を走る二人か見える。

 小さな、小さな手を繋いで走っている。


 ……俺は何も言えない。

 これは、もう……終わった物語。

 記憶の、追憶だから。


 たが、真実だ。

 誰も知らない、真実。

 俺は、見ないといけない。

 ここにいる、その理由なんていらない。

 だけど、知りたかった。


 手を繋いで逃げるせいと、のの葉。


 走る二人の後ろから光が迫って来る。


せいは逃げて!」


 痛たむ足をものともせずに、追ってきた光の前に立ちはだかる……。

 のの葉は、僕を守る為に。

 両手を上げ、


 僕を振り返り笑う。


「大好き」


 のの葉を光が包む。


「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 僕の叫びは虚しく響き、消えていった。


 笑顔が……消えた。


「あ、あ、あ、あ……あ」


 立ちすくみ動けない。


 神は僕の前に立ち、こう言ってきた。


「面白い! ワタシとゲームをしないかい?」


 そこから全てが、始まった。


 ——俺の魂に声が聴こえた。


 僕はこの時に決めたんだ。


 何度でも、何度でも、何回でも……魂を、カケラが、散っても。


「こいつを、神を、必ず——殺すと」


 悲しみの果てにある声が。


 声が。


 声が言う。


 目の前の、存在を、


 殺せと。


 誰も知らない涙の音が、聴こえた。




 ————


 ——————。


 ——



 ————————————。




「あああああっ!」


 色が戻り、息を吸う。

 視界は変わらない。

 一瞬だったのか? さっき見たのは……。


 ——マスター! 大丈夫ですか? ひと呼吸のあいだ、意識が——


 聴こえるナビの音に今は、無性に安心する。


「ああ、大丈夫だ……」


 と、ナビに返す俺に、声が響く。


「転移に転生をかぶせるとはね、キミのオリジナルは誇ってもいい」


「神の創造を——超えたのだから」


「ルールがあってね、宿命とも言える」


「神のワタシもね、間違いは変えれても正しきは変えれない、ルール、宿命は変えれない……しかし! きみは!」


「転移と転生を同時に行い、ワタシの血を得て、更に覚醒し、スキルの譲歩!」


 奴は地に降り、俺の前まで歩いて来る。


「驚くことに! ルールは守っている!」


 目の前、一メートルどころじゃない。

 まさに息がかかる、数センチ先に、いた。


「宿命を変え、運命を変え、世界を変えた!」


「あはっ! アハあはははハハ! アハはははは! ハハははははハハ! ははアハハはははっ!」


 耳障りは割れた音のような笑い声が、目の前の虚無から響く。

 込み上げて来る、悪寒と拒絶からくる吐き気を飲み込む。


「ワタシを殺すんだろう?」


 気配もなく、音無く宙に飛び——奴は言う。


「唯一、神殺しの力を手にしたキミはどうする?」


「だけど、まだまだ、ダメダメだ!」


「カケラ! キミのオリジナルの魂のカケラを集めなさい」


「階を、人を捨て、人を辞め、神に至る」


「待っていよう」


「時は無限だ」


「待っていよう!」


「ワタシはいつまでも、その日まで」


 チッチッチッと、指を振りながら続きを話し出す。


「このペットには防御壁を纏わした」


「あっさり、終わったら面白く無いからね」


「キミも神ならコレぐらいは殺してくれないと」


「全てで、ワタシのペットは八体だよ。楽しみに見ているよ」


 音なく、ドンドンと上昇していく姿を見上げる。


「さあ! 見せてくれ! 世界に、神に抗う景色を! もちろん、契約は守るよ。キミのオリジナルの世界! 元に戻すのは! アハ、アハはは、アハはハハ! アハハハハはハはハ! アハハハはハははハハハは!」


 そして、揺らぎ消えた。


 しばらく俺は、動けないでいた。


 余りにも、想像外のことが起きると、時は止まった様になるのか。



「こいつを、神を、必ず——殺すと」



 この、この声だけが俺のリアルだった。



 わからないはもうやめよう。


 さあ、始めようか。


 異世界? 知らねーよ。


 地球? 知らねーよ。


 日本? 知らねーよ。


 俺は、あの、笑顔を取り戻したいだけなんだ。

 それだけだ。


 悪いか?


 命賭ける理由には十分だろ。


 動き出す災厄。


 空はまだ青く、雲は白かった。


「『絶血——』」


 紅い、紅い光が天を衝く。












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