第三十四話 笑顔

 〜前話、『第十一話 』からの簡単なあらすじ〜


 薬草を取りに『魔の森』に入った、セイとリリーの二人。

 しかし、その森で出会ったのは……、リリーの父を殺し、村を破壊した『神血の災厄ディザイコル


 ——災厄……紅き鬼だった。

 

 リリーは父の仇に叫ぶ。


「奴を殺す!」


 ——今日、


 ふたつの運命が……交わり変える。


 世界を。




 □□□□□□□□□□




 ——ドッンッ!!!!


 リリーから爆発的な光の柱が上がる。

 今まで感じた事がないほどの力の爆発。

 周りの木々がへし折れ、ちぎれ飛ぶ。


 離れた俺の所まで、爆風で吹っ飛んだ木が飛んでくる。

 それは、幹の太さが、一メートルを超えていた。

 慌てて、腕で顔を庇いながら地を蹴る。

 空中でリリーの声が、耳に飛び込んできた。


「逃げろー!! セイ! あれは災厄だ! 私の父を殺した災厄!」


 状況がすぐに、理解できない俺に。


「私が! 奴を殺す!」


 更に大きくなる光の柱。


 腕の隙間からギリギリ見えるリリーが、光に包まれ見えなくなった。


「この時の為に——私は生きてきた!」


 更に光の輝きが強くなり、唐突に消える。


「はっーー! 解放っ!」


 叫んだリリーの体から、数十、数百もの光の玉が生まれる。


「くらえ!」


 弾け飛ぶ光。


 光を飛ばすリリーの後ろで、俺は奴が笑った様な気がしたが、すぐに真っ白い光と爆発で何も見えなくなる。


 ……俺はどこかで理解した。


 本能なのかなんなのかはわからない……が、


 二人とも……ここで死ぬと——。


 死の匂い。


「くそっ!」


 地面に転がり落ちた俺は、すぐ様立ち上がり、全力で身体強化をする。

 ガタガタ震える体を無視して、災厄に向けて跳ぶ。


 それはまるで大火に飛び込む羽虫の如く。




 □□□□□□□□□□




「はー、はー、はー、はー」


 緊張のせいか、たいして動いてもないのに、荒い息遣いのリリー。

 俺が、隣に立ってもまったく気づかない。

 余程、戦いに集中しているのだろう。


「おい! 大丈夫か!?」


 声を掛けると、リリーは、驚いた顔をしてこっちを向き、


「セイ! どうしてここへ? 逃げて! 君の今の力じゃどうしようもない!」


「だからって! はい、そーですかって……お前を置いて! 逃げれるかよっ!!」


 俺は、視線をリリーから前に変える……。


 白煙が、災厄を隠している。

 もうもうと、上がる煙。

 災厄は……まだ見えない。

 心臓が痛い。

 動悸、鼓動、なんでもいい。


 うるさい音が、口から飛び出しそうだ。


 リリーが、静かに話し出す。


「これが終わったらさ……災厄を倒したら……言いたいことがあるんだ」


 世界の隅っこにいる、生きている瞬間に、生まれる言葉。


「……気になる人ができたんだ」


 リリーは……少しだけ俯いて、すぐ顔を上げて……俺を……恥ずかしそうに、笑いながら見てくる。


「だからさ、セイ。ここで……まってて。君に言わなくちゃいけないことが、——あるから」


 俺はそんな、リリーをじっと見ていた。

 見ることしかできなかった。

 だから、気づいた。

 微かに震える肩に、震える唇に。


 笑顔の奥にある……恐怖に。


 俺は——こんな時なのに、嫌、こんな時だからこそ、近づき……リリーを、力一杯抱きしめた。

 香る汗と柔らかい弾力。

 ギュッと抱きしめる。

 震える体を、息もできないぐらいに。


 なんて、……なんて俺は……無力なんだ。

 まつことしか、できないなんて。


「……まってるぞリリー」


 ゆっくりと離れる。

 惚けた顔をしたリリーは、どんどん顔を赤くさせて固まっている。

 あー、逆効果だったかな……と、後悔し始める俺に、


 小さく。


「ずるいよ」と、一言いい。


 彼女は……みそら色の目で、静かにニッコリ笑ったんだ。


 あまりの可愛さに、さらに早鐘を打ち出す心臓。

 人間は、ここまで鼓動が早く打てるのかと、最早、他人事の様に思う。

 多分、俺……ドキドキしすぎて死ぬかも。

 そんな状態を知ってか知らぬか、リリーは、


 「……絶対勝つよ」と小声。


 そして災厄に体を向けて、己を鼓舞する様に叫ぶ。


 「——レベル百越えの、Sランクのエクスプローラを舐めんなよ!」


 そして、背中越しに「もう大丈夫」と言う。


 俺は、収まりつつある胸の鼓動を手で押さえ、真っ直ぐに立つ、その背中を見る。

 リリーの小さな震えはいつのまにか消えていた。

 

 そして——


「神血の精霊術」


 リリーの全身から、紅い光が立ち上がる。


ハチの階——解放」


 紅い光に包まれる。


 空に上がる光の束。

 巨大な紅が、天を衝く。

 その奔流の中、俺は見た。

 リリーの背中には八枚の翼が、生まれていた。

 左右に四枚ずつ。

 紅い翼。

 馬鹿みたいだけど……美しいと、思った。

 ひたすら神々しい姿。


神殺しの槍ロンギヌス


 リリーの右手から光が迸り、何かが創られる。

 三メートルはある、先が鋭い棒状の紅い……槍だろうか?


 槍を掴んだ、リリーは俺の視界から消える。


 大地を蹴った轟音と共に。

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