第二十七話 異世界の元妹

 ——タンッ


 それは、軽やかな音。

 

 ——タッ! タンッ


 その姿は、超スピードで見えない。


 ——タンッ! タタンッ! タンッ!


 音と一緒に小さな砂ぼこりが、何箇所も立ち、風に吹かれて揺らぎ、静かに段々と徐々に消えていく。

 地を蹴る音が、リズミカルに鳴る。鳴る。鳴る。鳴る。鳴る。鳴る。


 サイランはじっと動かず、何かを探すように……首を右に左にゆっくりと動かす。


 ——タンッ——タンッ! タッタンッ! トンッ! タッ! タタンッ!


 その時、一陣の風が吹き……、周りの木々を——ザ、ザ、ザザザザザザッと——揺らし……


 ——ドッッ!!!!


 ひとつ。


 一際、——大きな音がしたかと思うと、音が止まり、漂う砂煙が、宙を舞う。


 静かだ。


 無音が、その場に抱きつくかのよう、支配する。


 風の音が以外は聞こえない。


 ……静寂


 ……静寂と、


 ……無音。


 ザラつく空気。


 目を閉じるサイラン。


 呼吸の音が、やけに大きく聴こえる。


 —ハー、ハー、ハー、ハー……。


(リリー……どこに、行った?)


 サイランの飲み込むツバの音が聴こえる。


  ……。


 …………。


 …………。


 ……………………。


 ………………。


(!!)


 ——ドウンッッ!!!!!!!!


 太いゴムを殴った様な音が鈍く鳴り響く!


 空からの突然現れたリリー。

 必殺の回転蹴りは——。

 サイランの右腕が——


 止めた。


 が、


 ——ズンッ! ズゴゴゴゴ!!!!


 力は、腕を通して——地に伝わり、派手な音を立てて、爆砂にまみれながらサイランは膝下まで埋まる。


 二人の目が同時に——合う。


 痺れる腕を無視して笑う。


「はっは! こいつは想像以上だ! まったく! 強いなリリー! まだ、まだ、まだ、こんなもんじゃないだろ! リリー!」


 豪快に笑うサイラン。


 (おっかしいなー、完璧に気配は消していた筈なんだけど……やっぱりこの人強い!)


 その姿勢のまま私も笑い返す。


「じゃー、こういうのはどう?」


 ——ドンッ


 サイランの太い腕を足場にして蹴り、空中に飛ぶ。

 それはまるで自由に放たれた矢。

 キラリと光り、空へ飛ぶ。


 それを見上げるサイランは……


(……早さも厄介だが、蹴りの威力も半端ないね! あの小さな体でよくも! 受けた腕がまだ痺れているよ)


 にやりと笑い、構えをなおす。


 五十メートルは飛んだリリー。

「はーー!」っと叫び、両腕を手前にかざす。


「解放!」


 その手の平から——光る玉が、何個も生み出される。

 広範囲に飛び散り、空中に漂う玉の数は約三十。

 大きさは、五十センチぐらいだろうか。


 そして……


「いっくよー」と、その光景にまったく似つかわしくない、軽い掛け声の後に、


 ——光る玉が複雑に、目では追えない早さで動き出す。


 リリーは一つの玉の上に立ち、腕組みをして——真下にいるサイランを見ている。


 ギュンギュンとギアを上げるように、少しづつ動きが早くなる玉。

 それは、次第に薄ぼんやりと赤色に染まっていき……。


(おいおい、こんな事もできるのかいあの子は? ますます楽しくなってきたね——)


 それは、赤き流星。

 青空を背に——赤く光り、飛ぶ流星。


 腕を組んで立つリリーを真ん中にして、周りを高速で飛ぶ流星群は、さながら小さな姫騎士を守る、赤い流星の騎士だ。


 見上げるサイランの額から一筋の汗がたれる……。


(随分と、神力を込めてるね。こりゃーまともに食らうと……私でも不味いか)


 そして……流星が動く。

 トップスピードまでエンジンが温まるのを待っていたのかの如く……落ちてくる。


 ——全弾が……


(来る!!)


 サイランが吠える!!


「さあ! 勝負といこうじゃないか!」


 サイラン目掛けて、全弾が襲いかかる!


 ——ドンッ! ドンッ! バッキーンッ!


 その丸太とみがもう両腕を駆使し、弾き返す!


 ——ドッンッ! ガッキーンッ!


 が、赤い玉は何度でも襲いかかる!

 多勢に無勢……次第に捌ききれなくなり……


(早い!)


 ——ドッーーン!!!!


「かはっ!」


 腹に被弾し、吹き飛ぶサイラン。


 地面を激しく転がり、先にあった大木に背からぶつかり止まる。


 空から飛び降りて来るリリー。

 赤く光る玉はそのままで、リリーの周りに浮いている。

 その、遠い倒れているサイランに向かって、


「まだまだ、でしょ? サイランさん」


 と、笑いかける。


 サイランもなかなかのバトルジャンキーだが、リリーも負けず劣らずの戦闘好きだった。

 そして、二人は鬼がつく、負けず嫌いだった。


 サイランは、のっそりと立ち上がり……口に溜まった血を吐き出す。


「ちーと、効いたぞ! アイタタタ……」


 リリーは首をかしげ、


「ちーと効いた? なら、まだ力を上げても大丈夫ね」


 リリーは、右腕を上げて「固まれ」と言うと、無数に周りに浮いていた赤い玉が動き、くっつき、混じり……大きくなっていく。


「はっはっはっはっは……リリー、ちょっと、それ、うん? まだ大きくなるのか……まず……いな」


 ドンドン大きくなる光景を見て『はーー』と、大きくため息をつくサイラン。


「悪かったね! リリー!」


(リリーの覚悟を舐めていたのは、私のほうだ)


「舐めていたのは私だったよ」


 しっかりと二本の足で立ち、両腕を上げるサイラン。


「さーて、こっから……本番だ!」


(あっちゃー、呼ぶなら連絡しておけばよかった……)


「私はね……死霊使いでもあるんだよ……来な! サイクン!」


 リリーは見た。


 黒っぽい靄がサイランの肩あたりから現れ……徐々に形を作り……人っぽい上半身の影になり、それは……


「ちょっと、おねーちゃん。今、何時だと思ってるの? こっちの世界は今は深夜二時だよ! 呼ぶなら先に連絡していてよね! たくっ! 今度は何? 一つ目の巨人? 気持ち悪い大きなクモ? それともおっきなトカゲ?」


 と、話し、こっちを? みる。


「あれ? 凄い可愛い女の子が……、ひょっとして、戦っているのはあの子?」


「そうだ、すまんな。まあ、なんて言うか……試験みたいなもんだ。予想以上に強くてな……力を貸してくれ、妹よ」


「やば! 超絶可愛いじゃんあの子! 私の中の創作意欲が! てっ、……仕方ないな……また、この世界の話を聴かせてよ」


「ああ」


「じゃー、なるはやで、眠いし」


 両腕を下ろし、私を見て来るサイラン。


「待ってもらって、すまんかったな。紹介しよう、この世界で死に、転生した妹だ。ん? なら、元妹か?」


(え? どういうこと?)


「よろしくー、時々こっちで、おねーちゃんに憑依して、戦う元妹のサイクンでーす。趣味は小説を書くことでーす」


 自己紹介してくる黒い影。


「さーて、待たせたなリリー! 私はね! このクソッタレの血が、二人分あるのさ!」


「はいはい、おねーちゃん! 穏便にね!」


「「憑依合体!!」」


 叫ぶ、なぞ姉妹。


 赤く爆発するサイラン。


(なんか! サイランさんが、色々やばい!)


 リリーは寸時に巨大化した玉をサイランに投げつける!


 それは——爆炎の中から伸びたサイランの片腕に……。


 掴まれる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る