第二十六話 想いは生きる
その、自分をサイランと名乗った巨人族の女は……ゆっくりと歩き、オカッパ猫の後ろに立ち、ため息を一つ、静かに吐く。
そして、ミーシャの頭に……腕を振り上げ……拳を落とした。
——ゴチンッ
「いったーい! なにするにゃ! ギルマス!」
頭を両手で抱えて、びっくりした顔でサイランを睨むミーシャ。
その目には涙が溜まっている。
「それは、こっちのセリフだ! なーに勝手ことしてるんだ!」
頭をさするミーシャを睨み、
「実力差も分からんか!」
「……神器を使えば……勝負はまだ、わからないにゃん!」
「まーだ、言うか!」
——ゴッツンッッ!
先ほどよりも、明らかに強い拳骨がミーシャの頭に落ちる。
白目を向いて倒れるミーシャ。
頭から煙が出ている……。
あれは……生きているの、かな?
「馬鹿もーん! 帰ったら、一から鍛え直す! 覚悟しておけ!」
当然、白目を向いたオカッパ猫には聞こえてはいない。
私たち、三人は誰も口を開かず……黙ってそれを見ている。
サイランが振り返り、こっちを見て笑いながら話しだす。
「うちのバカがすまなかったね。——しっかし! お前さん、強いね!」
私たち三人はラビットホースから降りて、こっちに歩いてくるサイラン……を迎える。
私の目の前に、ゴツゴツした大きな手が差し出される。
「改めて、サイランと言う。よろしく、リリー」
にっこり笑うサイラン……さん、の手を握り「初めまして、リリーです」と、返すが……つい気になって聞いてしまう。
「あのー、ゴロウって誰ですか?」
首をかしげるサイランさん。私の手を握る力は優しい。
隣のサユ姉ちゃんがこっそり私の耳に近づいて……団長の名前だ、と教えてくれる。
え? 団長の名前って……ゴロウ……?
はい? 強いけど、どこか抜けてるジジ……団長はゴロウ……。
……ぷっ! なにそれ! ハマりすぎ!
我慢はしたよ? でも……無理!
「ぷっ! あはははは! 団長! ゴロウって面白い名前だね! ごめん、ごめん、いい名前!」
抑え切れない笑いが破裂する。
「うっさいわ! だから秘密にしとったんじゃ」
サイランの大きな手を離して、私は団長を見る。
団長は腕を組んで仏頂面だ。
「はー、わしの名前のことはいい。それよりも……久しいなサイラン、元気しとったか?」
ゴロウ……団長は、私の頭を軽く叩いてサイランさんの前に出る。
「ああ、久しいなゴロウ……驚いたぞ。お前から連絡が来たのはな」
二人を交互に見ながら……最初は大きさと威圧感に驚いたけど……こう見ると、サイランさんは、何処か愛嬌があって可愛く見える?
そうね……言うなら、大きなあかいクマさんかな?
「さて、ゴロウからの頼みだ。昔はよく遊んだ、やりあった間柄。言うなれば……戦友だな。そんなゴロウからの頼みだ……」
サイランさんが私を真っ直ぐに見る。
「一人の女の子を預かって欲しいと……」
サイランさんからの視線が鋭くなり、まるで、私の周りの空気が重くなったような感覚が全身を襲ってくる。
「生い立ちは大体は聞いている。その上で聞こうリリー。お前はどう生きたい?」
私はサイランさんの目を真っ直ぐに見返して答える。
直感で感じる……この人は信用できると。
「私はもっともっと強くなりたい! そして、尊敬するお父さんを超える薬師になる!」
「……強くか。強くなってどうする? 今のままでも十分の強さをその身に宿しているのにか? その道は、辛く苦しい道……後悔する事になるかもしれんぞ……それでもか?」
サイラスさんの問いに私は——
「私は災厄を倒す! 後悔なんてしない! 大好きな人を守れる力が欲しい——」
その姿は、少女のある日の父を見る様だった。
大切な人を守る為に散った、命。
想いは……生きる。
サイランは、ニヤリと笑い——大声で笑いだす。
「はっはっは!! なるほど、とんだ甘ちゃんだ!」
気絶しているミーシャを遠くに蹴り飛ばし、サイランは言う。
「だけど! 嫌いじゃない!」
え、あのオカッパ猫大丈夫……? バウンドして視界からすっ飛んでったけど……。
「その想いを拳にのせて! 私に叩きつけてこい! リリー! お前さんの覚悟を私に見せてみろ!!」
「解放!」と叫び、薄赤い光がサイランさんから溢れ出て——爆発する!
赤く光る髪は、赤色のレザーアーマーと色が混じり溶ける。
それは、まるで血の色に、塗りつぶされた赤髪の鬼だ。
突風に吹かれているみたいに髪が暴れ、蠢いている。
それを見た私は「え? あかいクマさんが、赤鬼に……ギルマスってあんな禍々しいものなの……?」つい声に出る。
後ろから団長の声が——
「始まったか、こうなるとは分かっていたのじゃが……彼奴は、サイランはバトルジャンキーなんじゃよ。なんだかんだ理由を見つけて……強者と闘いたくなる……まぁ、悪いクセじゃな」
悪いクセ? これが? イヤイヤ、それで収まるかなー。
「サイランは、わしやサユより強い。とは言っても、ほんのちょとだけじゃがな……彼奴の血は……濃いのよ」
濃い?
団長は、私の背中をバンバンと叩き、
「ほら行ってこい! あの馬鹿力女に! 力をみせてこんかい! お前の道は、お前の力で切り開くのじゃ!」
サユ姉ちゃんが私の頭をひと撫でして、
「リリー。 神血の精霊術は可能な限り使うな。だが、必要になったならば……十秒だ」
サユ姉ちゃんが私の耳に顔を近づけて小声で話す。
「十秒だけ——神に……なれ」
うしろに離れる二人。
サイランは私の十五メートルほど先で腕を組んで仁王立ちをしている。
「お別れはすんだかい? さあ、みせてくれ。リリー、お前さんの覚悟を!」
やるしかない……な。
ふーー。
息を呑み叫ぶ。
「解放!!」
白色の光が溢れ出る。
その、一瞬後——爆風が空気を吹き飛ばし、足元を大小のヒビが音を立て割る。
ぶつけてやる!
「 いくよ!」
「ああ! 来な!」
組んでいた腕を解き、右腕を前に出し腰を低くしながら構えるサイラン。
ここから見えるその表情は、嬉しそうだ。
「はーーっ!」
私は全力で地を蹴り、消える。
超スピードで飛ぶ。
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