第二十五話 涙は、ただいまで流すんだよ

 たくっ! もう! 何してるのかな!?


「サユ姉ちゃん! 早く! 早く!」


 ドアがピッタリと閉まった部屋に向けて、大声で呼びかける。


「もう、出発だよ!」


「はいはい。わかった、わかった」


 なかから返ってくる声。


 しばらく待つと、部屋から出てくるサユ姉ちゃん。

 もう! 遅いよ!


「早く! 早く! 置いてくよーっ! サユ姉ちゃん!」


 部屋から出てきたのを見て、私は靴を履き、家の外に飛び出す。


『ガチャリ』


 ——音と同時に開いたドアの隙間からやってくる。

 静かに突然に、柔らかな風が頬をふわりと、優しく撫でる。

 髪が揺れる。

 目に飛び込んでくる光が眩しい。


 うーんっ! いい天気!

 眩しさに目を擦っていると気づく。


 青い空の下に団長が、ラビットホースに跨り待っていた。

 私はトットットッと走って、隣の一匹に「てーい」と飛び乗る。


 ——ドンッ


 ラビットホースは、突然飛び乗った私に、抗議をするかのよう『ブルルンッ』と大きく鼻を鳴らす。


 「おっと! びっくりした?」


 揺れる背中越しに、ごめんごめんと、優しく首を撫でる。

 ゴシゴシとしばらく撫でていると、手に当たる毛の感触が気持ちよくて、暖かい日の温もりと相まって……あくびが……。


 ——ふぁーー……ねむ……。


 昨日、興奮してあんまり眠れなかったからなー。

 チラッと横目で団長を見る。

 何故か号泣しているのはあえて無視で……。


 見上げると綺麗な白い三つの月が浮かんでいる。

 その月を見ていると色々……と、思い出してくる。

 里での出来事。

 数々の討伐、サユ姉ちゃんとの特訓……。


 沢山。

 本当に沢山。

 色々あった。

 楽しいことも、悲しいことも……。

 死にかけたこともあったし……な。


 ……いつだったかな?


 全身刃物の『ディザイコル』との戦いの最中、団長が焦って攻撃を外した所為で……そいつは、カウンターで一番近くにいた私の腕を切り飛ばした。

 クルクルとすっ飛んでいく私の右腕……と、バシャバシャと滝のように流れる血。

 あの時は焦ったな……あ、これ死んだかもって。


 サユ姉ちゃんがすぐ様、腕を拾ってくれてくっつけてくれた。

 結局、団長がトドメを刺して倒したんだけど……。

 思い出してくると……繋がった腕の傷跡がズキズキしてくる気がする。

 本当、今思い返してもギリギの死闘だった。

 痛かったなー。

 あー、なーんかムカムカしてきた、大体あれは、ジジ……団長があの『ディザイコル』を舐めていたから外したんだし……。

 私は……隣に向かって、あっかんべーをしてやる。


 ポカーンとする団長の顔。

 それを見ていると……なんだかおかしくなってきて声を上げて笑う。


 はー、まぁいいや。

 あんこ饅頭、百個で許してあげたし、昔の話だし。

 そのおかげ? か、今の私のレベルは三十二まであがった。

 それなりに戦える様にはなったけど——だけど、まだまだ……まだまだだ。もっと、もっと強くならないと。


 今日、私は里を出る。

 もっと強くなりたいし、薬師の知識も学びたいから。


 ある日、団長に相談したら、古い知り合いのギルドマスターがいるらしく……そこに行く事になった。


 団長曰く、「昔は殺しあった仲じゃが今は大丈夫……いや? しかし、久しぶりに出会えば……やり合う……かの? うーん。きっと大丈夫!」こっちに振り返り、怪しげに笑う、大きな緑の髪をした老人を見てその時……思った。


 このジジイ——本当に大丈夫!?


 そして今日。

 約束の日だ。


 魔人の姿は目立つから……とある場所で待ち合わせをそのギルマスとしている。

 人間には、知識ある魔物、——魔人の印象はよくないからね。

 なんせ、人をバリバリ食べるなんて噂があるぐらいだ。まぁ、団長なら食べても不思議じゃないけど……。


 なんて、考えていると……やっとサユ姉ちゃんが出てくる。

 んん? なんだか、元気? がなさそう? うーん。


 私はラビットホースから飛び降りて、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 そんなサユ姉ちゃんは、眉間にシワをよせてこっちを見ている。


 ……そりゃ、私も同じだよ、寂しいよ。


 私は最後に一番高く跳んで、ラビットホースに優しくゆっくり跨がる。


 だけどね……。

 姉ちゃん、知ってる?

 さよならで……涙はいらないよ。ただいまで流すんだよ……。


 だから私は笑う。


 笑ってサユ姉ちゃんを待つ。


 一瞬、困った顔をした姉ちゃんは、でも、すぐに笑顔で、


「リリー! 人間の世界をしっかり見るんだよ。君はまだまだ、これからなんだからな!」


 ——サユ姉ちゃんの笑顔が私は大好き。

 私がどう生まれて、何なのかなんて関係ない。

 だから……。


 ——パッと最後のラビットホースに跨る姉ちゃん。


 私はこんな世界には負けない。

 笑ってやるんだから。

 泣いている暇なんてない!


 走り出す三人。


 新世界に向けて走るリリーの運命はまた、転がり始める。



 □□□□□□□□□□



 木々の梢が微かに触れ合って——ザザッと風に混じって音が時折する。

 森の中、ラビットホースが何とか歩ける細い道を通って、約束の場所に着いた。

 そこは、不思議とひらけた場所で、三十メートル四方の円形の空間がぽっかりと空いていた。


「ジジ……団長。ここであってるの? 約束の場所?」


「心の声が漏れてるぞリリー……。場所は間違いない、まだ……来ていないようじゃの……そして、じーちゃんなんだか泣きそうじゃ」


 ラビットホースから降りる団長。

 周りを警戒するサユ姉ちゃん。

 団長を無視して、私も降りようとして……、


「解放!」


 腕に力を纏い、突如感じた殺気を叩き落とす。

 見れば、地面に黒塗りのナイフが一本落ちている。


 そして、太陽を遮りながら高速で飛んで来る蹴りを片腕で受け止める。


 ——ガンッ!!


 静かな森に響く打撃音。

 腕越しに襲撃者の目と目が合う。


「はっ!」


 腕を振り、その蹴りを弾き飛ばす。

 回転し、地面に衝突する事なく着地する影。

 だか、衝撃を殺すことはできず、数メートル大地を削りながら止まる。


 そこに、いたのは。


 赤い髪のオカッパ頭の女の子? だった。

 そして頭には小さな三角の耳が……。


「ほう、めずらしな猫人族か、まだ生き残っていたのだな」


 なんて、呑気にサユ姉ちゃんが言う。


「なかなかやるにゃー! アレをかわすとは! よし! 私の弟子にしてやるにゃん!」


 小さなオカッパが何かを言っている。


「私はミーシャにゃん! お前はなんて名前にゃん?」


 ピコピコと耳を動かして声を上げるオカッパ猫。


 ……なんだか分からないけど……こいつには、躾が必要だな。

 心の中でため息をついたその時。

 私は、その時に気づく。


 オカッパ猫の後ろに……大きい……三メートルはあるだろうか。

 ラフに肩が切れた赤いレザーアーマーを着ている。

 そこから突き出る両腕はまるで丸太。

 真っ赤な髪は長く風に揺れている。

 そして、美しいとは言わないでも何処か愛嬌のある、整った優しげな顔。


 その、大きな人は女だった。


「ああ、来たか。あれが、巨人族の血を引く…昔、色々と……世話になったギルマスじゃよ」


 団長が苦笑いしながら私に言う。


 ミーシャの後ろ、その先に立っている存在は強者の圧力を湛えて、こっちを静かに見ていた。

 そして、


「久しいな、ゴロウ! 生きとったか! その小さいのが預かるリリーだな! 私の名はサイラン! 巨人族の生き残りだ! よろしくな!」


 巨大な声は森の梢を揺らす。


 ちょっ、団長! どう言うこと? 思った以上に大きい人がきたんだけど!

 はぁー、頭いた。

 この先が心配になって来た……。



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