第十九話 最後に笑ったら勝ちだ

『キィィイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン…………』


 そこそこの重量がある物が、そこそこどころではない速度で落ちている。


『キィィイーーーーーーーーーーーーーン……』

 

 切り裂かれる空気の甲高い音。


「わーーーーっ!」


 雲! 雲! 雲! 前方? 下方? もうっ! どっちでもいい!

 私は、頭から白い雲にぶつかる。


「きゃっ!」

 

 軽い衝撃に頭をかばう様に腕をクロスにして、雲から抜ける。


 『バフッ』っと円形に千切れて弾け飛ぶ薄雲。

 落ちる……落ちる、落ちる。

 口の端から漏れる空気が、風に流されて細い筋を作り、それは瞬く間に消えていく……。


『ビューーーーー……バタバタバタバタ……』


 周りは青。そして雲が少し。

 ——冷たい空気。

 風に煽られて激しく動く衣服。

 私と空と孤独の世界。

 

 さっ! 寒いっ!


 私は必至に手足を宙でバタバタ、バタバタ……バタバタと、あがいてみるけど……ダメ。

 そりゃね、人は飛べないもんね。

 でも……まいったなー。

 またか……。


 私、リリーは……落ちていた。

 真っ直ぐ地面に。

 どうして? って……。

 そんな時ってあるじゃない?

 えっ? ない? そっか……そりゃそうよね。

 普通に生きていれば……空から落ちないよね。

 なんで、落ちてるかって?

 精霊術が切れたから。

 何度目かなー、落ちるの。百回から先はもう、数えてないや。

 何回もね……、落ちてるからね。

 

 私は半分人間、半分魔人。

 じいちゃんが、こっそり教えてくれたんだ。

 でも、そのことは絶対に誰にも言うなって。

 だから、私はこの世界で一人だけ、精霊術と神の血、その二つの力を使えるの。

 今……、どう言う事? って、きみの頭の中にハテナマークが浮かんだでしょ?

 うーん……つまりは…………、すごいってことっ!

 なはは、私もほんとはよく、分かってないけど……じいちゃんが秘密にしろってね、うるさいくらいに、私に言うのよ。


 ……だから秘密よ?


 きみと私と二人だけの秘密。


 いい?


 さーてっと、無駄話していたら……もうすぐ地上だ。

 グングン近づいている。

 はあー、ずっと空を飛べたらいいのに。

 でも、不思議。よくよくかんがえると、どうして落ちるのかな?

 まあ、いっか。

 今、そんなこと考えても仕方がない。

 私はもう一度、唱える。

 理を変えようと。


「友よ……、私の声を聴け、力を貸せ。空に浮かぶ臆病者エアフローチキン


 ——フッと一瞬だけ浮力を感じる……けど……、ダメだ〜……。


 精霊術って命、生命力を使って発動するの。だからあまり使い過ぎると……使えなくなるのよね……。体がこれ以上は危険ってセーブしちゃうの。

 

 でね、調子にのっちゃって……精霊術を使いすぎちゃったの、いつもの事なんだけど。

 だって……ビューーーーンって飛ぶの気持ちいいんだもの、仕方ないでしょ!

 今の私は生命力のガス欠状態、お腹グーグーの意識フラフラ。


 フラフラな割によく意識が回ってるな?


 ……そ、そこは気合よ、そういうことにしといて。この六年間、色々あったの……。

 ゴホンっ……、でもね、例外もあるの。

 限界突破……更に命を削って理を変える。


 代償は寿命。


 そこまでの強い術を使う事はあまりないけど……死んだ人の声を聴くとか……は、そうだね。

 おっと、もうすぐ地上だ。

 え? このままじゃ地面に激突する?


 ——心配?


 大丈夫……安心して。

 もう一つの力を使えば。


 神の力をね。


 私は目前に迫る大地をにらみ、大声で叫ぶ!


「解放っ!!」


 全力で身体強化!!

 私の体は白い光に包まれる。

 右の拳を腰だめに構えて……定める。

 高まる集中力が、音を風を色を景色を止める……。

 呼吸が消える。


 ……モノクロのセカイ。


 落ちる、落ちる……。後、百メートル。


「はーーーーーーー……」


 透明な風が、ひと撫で、私を通り過ぎる。

 大地と、私が衝突する瞬間。

 極限まで力を溜めた右の一撃を放つ。


「私が砕けるか、大地が砕けるか勝負だーーーーーーーーーーー!!!!」


「えーいっ! グーーーーパーーンチッ!!」


 拳と大地がぶつかる。どこか、楽しげな少女の叫び声。


『ドンッッッっ!!!! ドガーーーーンッ!』


 数キロ先にも聴こえる衝突音。

 大きな砂煙が上がる。


 ……。


   ……………。


     ……。


 もうもうと立ち上がり周りにこもる砂煙。


「ゴホッゴホッ」


 私は痛む身体を無視して、衝突の時にできた大きな穴から這い出す。


「ペッペッ!」


 口に入った砂利を吐き出す。

 なんとか、穴から抜け出して、フラフラと歩き……立ち止まる。

 体は土と砂で塗れてる。


「やった! 気絶してない!」ひとりでガッツポーズを空に向かって決める。


「私は勝った!」と、ピョンピョンとその場でジャンプしていると、そこへ、後ろから大きな人の影が……。


 私は大興奮していて、気がつかない。


 その、大きな陰……二メートル超えるだろうかの大男が怒鳴る。


「こりゃーっ! リリー! 精霊術は、わしか、サユが見ているとこでせいと、言ったじゃろがっーー!」


『ゴチンッ!!』


 いたーー! いっ!


 私の頭にドデカイ拳骨が落ちる。


 目から火花って本当に出るんだ……、あまりの痛さにその場にうずくまる。

 後で知ったんだけど、里の広場の真ん中に、私は落ちたみたい……。

 怪我人がいなくてよかった。

 私は痛みを我慢して……後ろ向いて、拳骨の張本人、じいちゃんを涙目で見上げる。


「だって強くなりたいんだもん」


 その言葉を最後に、私は『ドテッ』と倒れた……単純に空腹で。


 気を失う最後に……。


「たくっ、血は争えんなー。シズカにそっくりじゃっ!」


 じいちゃんの声。


 私は嬉しくなって、でも、それを誰にもバレない様に……目を閉じた。

 お母さんの記憶はないけど、いいんだ

 私の知らないお母さんを知ることができる。

 ああ、お腹減ったなー、もっともっと、強くなりたい。


 遠くで、おじいちゃんの、焦ってる声がする。きっと後で、サユおねえちゃんに怒られるな……いっつもだけど、やりすぎなのよね。

 子供のしかも、か弱い女の子の頭を拳骨で殴る? 普通? 陥没するよ。

 私は薄れる意識の中、うまくなんて、なかなかいかない……だけど、今日はいい日だったって笑いたいな。

 足掻いてあがいて……いつか、きっと……。


 ——最後に笑ったら勝ちだ。


 そして、私はストンと世界にバイバイした。

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