第十八話 覚悟は多分、愛する人の為にある

「シズカはな……わんぱくな子じゃった。ワシの髭をひっぱるわ、精霊術で爆発起こすわ……そりゃもー、手に負えんわっぱやった」


「しかしの……。シズカが十歳じゃったかなーー、酷いな、事件がおきてな……」


「……両親。シズカの親がな……亡くなったんじゃ……原因はわからかった。何せ……火事で全部燃えたからの」


「焼け跡を調べてな……何かの実験をしておったまでは、わかったんじゃが……それだけじゃ」


「シズカ? たまたまな、わしの家に遊びに来とって……助かったんじゃよ」


「ん? どんな両親だったじゃと? どこにもいる様な……父と母と娘、三人家族。仲が良い家族……じゃったよ」


「ただ、神血の災厄ディザイコルの話になると人が変わったようにな……言っておった」


「『奴らを許さない……』と、……その時のシズカの両親の目を忘れられんよ……深い深い、青い目。まるで凍える深海、光も射さぬ……暗闇……闇色の青をしておったわ」


「シズカかが? どうして里から居なくなったって?」


「ふーー……、あれはシズカが十八になるかならないか、そんな時じゃ」


「書き置きがあった。わしの家にな」


「たった一言だけ……」


「ありがとう、とな」


「わしは、すぐ様、シズカを探したが……もう里には居なくなっていたんじゃ」


「出て行った理由は分からん。じゃが、今思うとシズカは何かを探しておったのかも知れん」


「何を? ……なんて言えばいいかの……この、世界の生き方かの……」


「さーてとじゃ……そろそろ嬢ちゃん……、

 リリーが目を覚ます頃じゃぞ」


「昨日の今日じゃ、体力がつくもんを食べんとな!」


 わしは、何かを振り切り、誤魔化すかの様に、慌てて立ち上がろうとするが。


「ん? なんじゃまだあるんか」


「最後? ……なんじゃい」


「精霊術を授けた異世界人の名前は? ……呆れて物も言えんわい……自由な上にアホなんか……」


 わしは答える。


「……黒髪に紅い目を持つ人間」


「八百年前に……人間から迫害を受けていた龍人族を救った英雄」


「その名は……」


セイじゃ」


 わしは立ち上がり、一瞥し、リリーが寝ているテントに様子を見に歩いていく。


(しかし、リリー……人間と魔人の間には……子はなさない筈なのじゃが……これは秘密にした方がいいの……)


 ——足音は勝手に知らないふりをして、人ごとみたいに響いて消えていく。

 知らない事は知らないし、分かっている事は意地悪だった。

 天気は晴れ。晴天。青い空。嫌になるくらいに綺麗な青い空。

 世界はこんなにも美しいのに——醜い。

 ただただ、そうあっただけ。

 ただただ、綺麗で残酷だっただけ。

 正しい事なんか一つもなくて……間違っている事もない……。


 足音は答えない。


 誰も答えない……。




 □□□□□□□□□□




 う、う……。

 うーーん……。

 ここ、は……? ゆっくりと目を開けると、布の天井が見える……テ、テント?


 薄暗い狭い空間。真ん中に木でできた柱が立っている。

 私は毛布に包まったまま寝返りをうち、頭まで被る。

 外から声が聴こえる。これは……お姉ちゃんと大きな男の人? 内容までは聴こえないけど……お姉ちゃんが質問しているみたい。


 痛い。気を抜くと、心が止まりそう……。


 私は毛布の中で、何回も何回も大きく息をして身体中に行き渡らせ……力を溜める。

 何度も何度もあの言葉を思い出して、息をする。

 お父さんが言った言葉。


「生きろ」


 小さく音もなく口にする。


「生きろ」と、小さく口に出す。


 どれぐらい時間が立っただろう。ゆっくりと毛布から顔を出し……起き上がる。


 私は……どうしたい?

 私は……何がしたい?

 私は……一人ぼっち。

 私は……小さい。

 私は、私は、私は……それでも。


 決める。


 敷かれた寝具から抜け出て、出口だろうか? 光が少しだけ漏れている、布の小さな隙間から外にでる。

 外は……光に……包まれ照らされていた。


 眩しい……。


 大きな影。


 びっくりした顔。二メートルはある、大きな男の人。極彩色の綺麗な服を着ている。それは太陽の光に照らされて輝いて見えた。


「おじいちゃん?」


「おじいちゃんちゃうわ、団長と呼ぶんじゃ……」


 夜だったから分からなかったけど……おじいちゃんは、緑色の髪をしていた。

 優しそうな笑顔。にっこり笑って。

 私を抱きしめる。


「リリー。腹減ってないか? 眠れたか? 寒くないか? 疲れたろう、痛い所はないか?」


 その一言一言が、私のスカスカ、空っぽの心に雨の雫みたいに落ちて吸い込まれていく。

 目から涙が自然と溢れてくる。

 頬を濡らす涙が嫌だった。

 嫌いだった。

 私はもう泣きたくなかった。弱い自分が、否応なしに分かってしまうから。


 だから。


「お願いがあります」


 私は決める。


「私を強くしてください」


 私は生きる。


「なんでもします。だから、生きる力を教えてください」


 私は生きたい。

 生きたい。

 私は生きて、必ず……必ず。

 必ず……。


 覚悟。


 ——それは、愛する者の為にあった。


 だから美しい。

 だから醜い。



 運命は回り始める。


 見えない運命はグルグルと激しく回り出す。


 神すらも見えない糸が今繋がる。


 運命は回り、そして見えない方に進み始める。


 ——神すらも置いて。




 □□□□□□□□□□




「はっはっはっはっはっはっは……」


 連続して発せられる息の来れる音と、タッタッタッタッと小さく地面を蹴って走る音。


「はっはっはっはっはっはっは……」


 ——デコボコした地面。明るくなって来ている空。肺に吸い込む冷たくて透明な空気。重なった木の梢の隙間から細いカーテンみたいに差し込む光。風に揺れる道端に咲く小さな花。数少ない、生きていると思う瞬間。


「すーー、はーー、はっはっはっはっ、すーー、はーー……」


 山頂まで、もう少し。

 私は額から流れる汗を右手の甲で拭う。


 デコボコした山の坂道は、一応、人が歩ける程度には、最低限、手入れはされているが、それでも落石なのか、大きな石が落ちていたり、水溜りがあった。


「はっ!」


 私はそれらを飛び越え、音もなく着地してスピードを緩めず走る。


 体が激しく求める空気を吸って、吐き出す。


 ——走る足音。私の呼吸の音。風の気配。消えない思い出。生きる理由。嫌いな事。好きな事。お父さん。お姉ちゃん。おじいちゃん。神の血。精霊術。


 思考が肉体と繋がって、言葉と情景が浮かんでくる。


 目の前の小さな石ころを蹴飛ばす。


 もうすぐ林を抜け……頂上だ。


 走る速度を上げる。両腕と両足に気合を入れて、更に強く早く前に進む。


 途端に開ける視界。

 まばらに生えた低木。

 転がる大小の石や岩。

 

 私は力を使う。


「解放」


 ——タンッ……タンッタンッ……タンッ……タンッタンッ!


 軽やかに飛ぶ蝶の様に、地を蹴り頂上に着く。

 そして、全力で大地を蹴り空に向かって、一直線に飛ぶ。


「友よ、私の声を聴け、力を貸せ。空に浮かぶ臆病者エアフローチキン


 浮力を得た私の体は矢の如く、空を切り裂き飛ぶ。

 気持ちいい。

 自在に右に左に体を動かし、空を飛ぶ。

 空が光る。照らす光が優しく、時に激しく私を染め上げる。


「世界は生きている」


 無意識に言葉が出てくる。

 私は強くなったのだろうか? 


 ——月日。暖かい毛布。抱きしめる大きな腕。見たことがない緑色の髪。美味しい朝ごはん。痛いほど感じる優しさ。嬉しいと感じるこころ。年月。日々。あっという間の日々。


 あの日から、六年。

 私は今日、十二歳になる。

 私は空を飛びながら、力を集中する。


「解放!」


 右手に溜めた力を空に、上に向かって撃つ。

 白い光が尾を引いて小さな彗星の様に天に昇る。

 それは、間違いなく力だった。

 生きる事を決めた力。

 私の力。

 ため息一つ。


 「お腹減ったな」と、笑う。


 お父さん、私、元気だよ。

 だから、心配しないで。


 スレイトラッドの片隅でリリーは生きていた。

 ちょっと嬉しくなるくらいに。


 ——生きていた。

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