第十七話 さよなら
「友よ、聴け、その力を見せよ、理を変えよ……
——そして理が、変わる。
大剣から薄っすら紅い靄が生まれ……話し出す。
(よかった……リリー、無事だったんだね)
「お父さん……?」
その、頭に響く声はリリーの父親のだった。
その声にビックリして、私は……わたしは……次の言葉が出てこない……。
(ここは……これは……どうなったんだ? ……意識……)
紅い靄は、大地に突き刺さっている大剣の柄の上あたりで止まる。
(僕は……神は、約束を守ったのか……)
お姉ちゃんが、靄に向かって話しかける。
「剣に残るあなたの思念に少しだけ、命を吹き込んだ……、ゴホッゴホッ……時間はない……強い力を使うから……あまり……もたない、……わ」
お姉ちゃんが苦しそうに口に手を当てて、咳をしている。
私は心配になってお姉ちゃんの左手をそっと握る。
こっちを見るお姉ちゃん。
すると、右手で優しく私の頭を撫でて……笑顔を向けて言う。
「大丈夫。リリー……話して……」
「うん……」
(ああ、そうか……これは……精霊術か、……君は……シズカと……同じ……)
剣から生まれた紅い靄は少しづつ形を取り……薄っすらとぼやけた人……のような姿になる……。
それが、大剣の横に今……、立っている。
私は小さい声で「お父さん、なの?」と、話しながら恐るおそる霧に近づき……手を伸ばす。
(ああ、僕は……そうだよリリー)
触ろうとするが、靄はその手を素通りし、叶わない。
(約束を守れなくて……帰ってこれなくて……ごめん……)
……。
(あまり時間がない……だから、聴いて…….リリー)
…………。
(リリー、お母さん……シズカは虫が苦手でね。部屋の中で見つけたら、この世の終わりかと思うような悲鳴を上げて大変だった……)
……。
(でもね……そんな所もあったシズカだけど……物凄くね、強かった)
「おかあ……さんが?」
(そう、精霊術といってね、世界の理を変えてしまう力……神の力に近いそれを持っていたんだ……)
「せい……れいじゅつ?」
(知性ある魔物……が、使う秘術。ずっと昔にこの世界に転移してきた……人間が、一族に教えてくれたと言っていたよ……)
私は……黙って聴いている。
(知性がある魔物……人はそれを総じて……魔人と呼ぶ)
……。
(シズカは龍人族の魔人。初めて逢った時を覚えてる……綺麗な緑色の髪をして……わからない、運命だったのかな……でもいい、僕は後悔はない。あるとすれば……)
(すみません、精霊術使いの貴方に……お願いがあります……リリーのことを……頼めませんか……)
「え……」
お姉ちゃんは、私の頭を二回撫でて答える。
「安心してください。元よりそのつもりです……」
(……ありがとう……これで思い残すことは……)
「……いやっ!」
——私は全身で拒否をする。
「いやっ! いやっ! いやっ! いやっ!」
(リリー……)
「私はいらない! お父さんがいない世界なんかいらない!」
本当はわかってる。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 帰って来るって言ったのに……嘘つき……うそつき……どうして……」
本当は……もう……。
「お父さんなんか大っ嫌い!」
いないって……。
「嫌い嫌い嫌い……」
お父さんは……。
「帰って来てよ……お父さん」
もう……。
「お父さんは一度……も、私との約束、破った事……ないでしょ……」
いやだ。
いや!
溢れる涙が止まらない。
「だから……お願い……大丈夫……お父さんは帰ってくる、絶対」
言わないといけない言葉。
涙でお父さんが見えない。
ぐちゃぐちゃの感情。
言えない。
言うと本当になるから。
「リリー」
背後から優しく抱きしめる温もり。
「大丈夫。大丈夫。大丈夫……一人じゃないよ、私がいるから……」
お姉ちゃんの優しい声が私を包み込む。
優しく包む。
息がうまくできない、涙が止まらない。だけど……、言わないといけない言葉。
「お父さん……」
小さな声。
「さよなら……」
紅い靄は少し揺らぎ……、名残惜しそうにまた揺らぎ……小さくなっていく。
(リリー、愛してるよ……)
最後なのか、一瞬……瞬き。
(リリー! 生きろ……!)
「お父さん! おとうさん!」
小さくなる紅い光に私は言う。
「お父さん大好き……」
涙の落ちる音がきえる。
「さよなら」
光は優しく一度ひかり、消えた。
消えた……。
残ったのは私と、欠けた剣。
あ、あ、あ、あ、あーーー。
止まらない、とまらない感情。
あーーーーーーーーーーーーーーーーー。
強く私を抱きしめる、お姉ちゃんの腕。
涙の落ちる音がする。
壊れる音がする。
——神は何を思う。
絶望を知った少女の涙は、この世界になにをもたらす。
誰もなにも言わない。
不平等はなにもできない。
神は飽きまた創り捨て、また創る。
全てが……創られた運命の上で……少女は出会う。
十年後に。
黒い髪の紅い目の少年に。
全てが……手のひらの上の物語……でも……。
これは、神と、運命と、偶然と、必然と戦う物語。
今は泣く少女は……立つ。
あの剣の様に。
大剣は鈍色を月の光を返し、輝いた。
スレイトラッド。
この狂った世界で……。
——どう生きる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます