第十五話 生き残る者
(さあ、力をあげよう)
……僕の体は白い光に包まれる……。
暖かい……。
絶望的に動かない体。
圧倒的な力の差。
立ち上がろうとする意思。
終わらないと叫ぶ魂。
地面に這いつくばり、動けずにただ死を待つだけだったはずの……理が……変わる。
柔らかな暖かい光が、一人の
それは側から見たら綺麗な美しい光景。
……だが、真実は違う。
力の代償は命。
美しい見せかけの死の儀式。
生きる為に治すのではなく、死ぬ為に治す。
——世界の理を変えた代償は……その者の生命だった。
……。
…………。
頬に当たる冷たい土の感触で気づく、自分が横たわっている事に。
一瞬、気を失っていたみたいだ……。
……体の痛みが消えている。
「う、うう、なにが」
体を起こし、崩れかけている壁に背をあずける。
変な感覚だ。内側から……新しく作り変わった様な……傷が治っている? どうしてだ……子供の声がしてそれから……。
——周りを見ると、この辺りには、まだ火が来てない様子で静かだった。
遠くに目をやると、夜空を赤く染める炎が映り、抉れた巨大な溝が見える。
少しずつ思い出してくる……災厄から放たれた紅い光。
吹き飛び転がりこんだ部屋。
浴びせた斬撃。
痛みはなく、左腕は何事もなかったのよう動く……。
傷一つない腕が不気味だった。
——そして……理解する。
唐突に。
理解してしまった。
力が教える。
神、力、災厄、ペット……。
全ての元凶を。
神……。
……声がする。
(頭のいい子で嬉しいよ、折角力をあげたんだ。混乱して時間切れなんて、つまらないからね)
——頭の中に響く子供の声と……直接流れてくる知識。
近くに落ちていた大剣を掴む。
残された時はあまりない。
神の力……恨むべき神の血。
(さあ、見せてくれキミの魂の輝きを。ワタシを楽しませてくれ
なんて僕は大馬鹿だったんだ。
何も分かっていなかった……分かったつもりになっていた……。
僕は……声の持ち主……それに取引を持ちかける。
「あなたを満足させれたら……災厄を引いてくれるか?」
数秒、間があり——。
(……そうだなーー……いいよ。地上に干渉するのは……数百年ぶりだし……トクベツだよ)
僕は返事はせず、意識を集中する——。
静かだ……心に乱れは無く、澄み渡っている。
まるで世界から切り離されたみたいだ……。
シズカは怒るだろうな……。
思い出す、初めて会った時の事を……最初は討伐に来たエクスプローラと勘違いされて、ボコボコにされたっけな……あの時に知った精霊術はすごかった、死にかけた……からな。
なんだかんだで誤解を解いて、二人で旅をして一緒になって……そしてリリーが生まれた。
その日は覚えている。満点の夜空の下、あの子は生まれたんだ。
大きな泣き声には驚いたけど……可愛くってたまらなかったな……。
昨日のことのように覚えている。
忘れるなんてありはしない……。
流れ、溢れるでる意識……僕はもう……壊れ始めているのだろうか……シズカ……。
意識を絞り息を吐く。
君に逢えて本当に……。
「嬉しかった……君に逢えて、生きて来てよかった、そう心から思えたんだ」
さあ、行こうか……。
娘を守れない父親はなんていない。
「リリー、ありがとう」
サヨナラの言葉。
僕は立ち上がり、大剣を地面に突き刺す。
ゆっくりと手を合掌する。
そして……。
「神気……全解放……」
『——ドンッッ!!』
凄まじい勢いで光りが体から立ち上がる。
その色は紅。
血の色よりも深く、濃い真紅。
一直線に夜空を切り裂き、天を突く。
数百メートル先で十字に分かれ止まり……暫く強く輝き、朧げに消えていく。
僕の体はボンヤリと紅い光を
——奴も気づいたようだ。
大剣を再び掴む。
軽く左手の人差し指を切り、血を剣に一筋塗る。
奴から神気の高まりを感じる……。
ん? これは……さっきの紅い光をもう一度、撃つつもりか。
災厄との距離、約八百メートル。
「させないよ」
——男は大剣を担ぎ飛ぶ。
死の階段を上がる。
『ダンッ!』
『ダンッ!』
『ダンッ!』
『ダンッ!』
——その間を四歩で詰める。
紅い光が口頭に集まりつつある災厄の頭に向かって縦に剣を振る。
両腕を十字にし、受け止める災厄。
『ガッチーーーーンッ!!!!』
集まっていた紅い光は四散し……、神の
一瞬の静寂。
二つとも後ろに飛び、——間合いを取る。
その間、五十メートルほど。
広場は炎に照らされ死の影が大小様々に踊り、死人で出来た山は変わらずそこにあった。
……空は暗く闇色。
生はなく、死が支配する空間。
火炎のみが、感情を爆発させたのかの様にその周りで暴れ狂い燃えている。
——音もなく静かに睨み合う。
「第二ラウンドだ……時間はないから最初から全力でいくぞ」
僕は剣を握り直す。
額から汗が一筋流れる。
……汗……出るんだな、なんて考えてしまった
……人間じゃなくても。
——地を蹴る。
「はーーーーーーー!!」
紅き光を纏った剣と拳が衝突する。
剣を振り、それを拳が受け止め、拳が胴に穴を空けようとくれば、剣で打ち返す。
剣を振るえば拳が答え、拳が放たれれば剣が返す。
その無限とも言える攻防。
一瞬その一瞬。
刹那、ただ刹那をぶつけ合う。
紅い閃光がぶつかり、弾け煌めき、またぶつかる。
二つがぶつかるたびに紅色が弾ける。
それはまるで——命の花火。
紅色の線香花火が大花を咲かす。
暗闇に剣と拳が打ち合い火花を生み散らす。
それはまさに命のひかり……そのものだった。
くっ、このままじゃ……埒があかない……力を溜める時間がいる……。
一瞬の迷い。
『ガッキーーーーーンッ!』
——大剣が両腕で抱き止められる。
不味い!
災厄の体が紅く光り出す……。
掴んだまま柄を支点にして災厄の側頭部に蹴りをいれる。
ひるんだ瞬間、腕から剣を引っこ抜き、すぐさま地を蹴り、上空に飛ぼうとして……。
その直後。
『シューーーー、ドッガッ!………ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!』
——大爆発。
災厄を中心に集中的、半径十五メール程の超高熱爆発。
大きな爆煙が上がり、大地は抉れ陥没し、高温により溶解。
防御を捨てた一撃必殺。
皮膚が爛れ体から煙をあげながら……災厄はトドメを刺そうと剣を持つ人間を探す。
が、そこに男の人姿はない。
どこに?
——空へ。
間一髪、地を蹴り宙にいた。
『ヒューーーーーーーーーーーーバサバサッ』
風を切り落下する音。
地上から百メートルと少しの所。
爆煙の上を飛んでいる。
風が聴こえる。
——まだ、生きている。
衣服はボロボロ、焼けて穴が空いて見える体には酷い火傷。
燃える様な痛みに意識が途切れそうになる。
「次で……終わりだ」
力をかき集め、空中で体制を整える。
両手で大剣を振りかぶり……構える。
「全ての力を剣に込める……」
はーー……………………………………。
段々と紅くなっていく刀身。灼熱色に染まり、輝きだす。
夜空に浮く小さな太陽。
それは紅い夕日。
それは点、決して消えない意志の
……………最後だ。
——落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。
地上と空。
紅い太陽、大剣を。
腰だめに溜め、はち切れる力を込め放つ拳を。
剣と、
拳が、
「はーーーー!!」
——打つかる。
『ドッッッンッッッ!!!!!!!!!』
——拮抗。
『ズガーーーーーーーーーーンッ!!!!!』
衝撃の余波で吹き飛ぶ大地。周囲にある建物も炎を上げつつバラバラになり空を舞う。
互角。
力と力の打つかり合い……溶けた大地は裂け、小さなスパークが二つの周囲に発生し、空間が揺らぎ、大小の、石が宙に浮く。
「あ、あ、あ、あ、あーー、アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
最後の力を振り絞るさま、剣が紅色に膨れ上がり……。
——拮抗が崩れる。
『ザシュッ!!』
男の剣が災厄の拳を割き、肘半ばまで斬り裂く。
『ドシュっ!!』
引き抜き、返す剣で左腕を切りとばす。
まさに神速。
さらに返す剣で首を飛ばす……。
『カッキーーーーーーーーーーーンッ!!』
…………。
——その剣は届かなかった。
紅色を失い……鈍色に光る大剣。
空中で大剣を握る男。
両腕から滝の様に紅い血を流す鬼。
剣は届かなかった……。
首を斬ることが出来ず、剣はただの剣に。
時が止まり、再び動き出す。
『ボッンッ!』
——上空に弾き飛ぶ大剣。
グルングルングルングルン……。
(ザンネン、時間切れだね)
グルングルングルングルン……。
(もうちょっとだったのにねー、まあ、いいか、オモシロイこと考えついたし)
グルングルングルングルン……。
(マンゾク……したから……約束通り、消えるとしようか)
グルングルングルングルン……。
『ザシュッ!……』
……血溜まりに……所々欠けた鈍色の大剣が地面に突き刺さる。
(神だからね、しかし、跡形もなくなったねー、じゃあね、
災厄は落ちている自分の腕を咥え、どこかへ走り去る……それは、声の主、神と名のる者の仕業だろうか。
その紅い鬼の後ろ姿は誰も見ていない……。
その日、世界からひとつの村が消えた。
一人の女の子を除いて……。
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