第十四話 命を賭して戦う者

 走る。


 走る。


 走る。


 ——地を蹴り、風を切り走る。


 強化した肉体が大地を蹴る度、えぐ穿うがち穴が空く。


 走る。


 走る。


 走る。


 両の脇の景色は大火。


 燃え盛る炎。


 災厄に近付くほど……濃くなる血の臭い。

 

 暴れ狂う炎から——邪竜の如く黒煙が昇る。


 動く者、人の声はない。


 血のついた小さな人形が落ちていた。


 潰れた建物には木の杭が、何本も突き刺さっていた。


 走る。


 見慣れた公園にひしゃげて曲がった遊具が捨てられていた。


 走る。


 走る。


 穿ち走る。


 無言の風が髪を激しく動かす。


 ——後ろに流れる燃え上がる家屋。


 なんなんだ……。

 なんなんだ、コレは。


 怒り、それを遥かにこえる恐怖……。

 全身がこれ以上、先に進むのを拒否している。

 しびれる手足。カラカラに乾いた口。


「落ち着け、戦う前からこれでどうなる!」

 

 声に出し、足を止める。


 ——燃えている。


 村の中心に繋がる道の上で走るのをやめ、見渡す。

 見るも無残に破壊され、惨憺さんたんたる姿に村は変わり果てていた。

 火を噴く家屋……そこには元の面影もない。

 黒煙は夜空を隠し、闇を更に深く、重く、村を覆う。

 

 みんな……みんなはどうなったんだ? 誰もいないのか?

 ……これが世界なのか。

 神血の玩具トイイコルだからか。


 僕らが神の玩具おもちゃだからなのか。


 …………。


 生まれる上昇気流で火の粉が舞っていた。

 赤い粒の光が闇に消えていく。


 恐怖と混乱で、おかしくなりそうな頭を何回も左右に振る。


「ガーーーーーーーーーーーーーー!!」


 声なきこえで叫ぶ。

 無力、絶望、悲しみを吹き飛ばす。

 思い出せ!


「はあーはあーはあー……」


 たったひとつを思い出せ

 生きることを、その意味を……あの子を。


 リリー。


 ……歩き出し、また、走り出す。

 少し走ると、先の広場、村の中央から濃厚な血の臭いが漂ってくる。

 気配を断ち、警戒し歩く。


「い……る」


 すぐそこにいるのがわかる。凄まじいまでの存在感。ビリビリと肌が感じている。

 まだ燃えていない家屋の壁に体を寄せ、少しだけ顔を覗かせて……見る。


 そこで見たものは……。

 

 『バリッゴリッブチッ……グシャグシャゴックン、ガリッピチャ……』


 炎に照らされ影が踊る広場に、紅い鬼は座り何かを食べて? いた。


 なにを……?

 それは、災厄は……喰らっていた……。


 暗闇に浮かび上がる山。


 あ、あの山は……ま、まさか……そんな。


 踊る闇の影。


 人、人、人、人、人。

 首のない者、腕がない者、胴体がちぎれている者、血だらけの者……。

 それは死人で出来た山。


 災厄はおもむろに手を伸ばし、山から人を取り喰らう。


 炎に照らされ闇で出来た影が踊る。

 強く、弱く、激しく踊る。

 それは、まるで鳴いている人の顔にも見えて……そこで肉を喰らう災厄は、まさに世界の終わりを体現していた。


 剥がれない視線を無理やり外し、静かに壁の陰に隠れる。


「はー、はー、はー、はー、はー……」


 ……猛烈な嘔吐感が襲う。


 うっ! うーー! うっうっう……うっーー、う、……。


 …………。


「う……う……ぐう……」


 ——なんとか飲み込み、息を吐く。


「はー、はー、はー……、化け物め……」


 大剣を地面に音が出ないように刺し、持たれ、目を閉じ、考える。

 奴は今、油断している。

 

 四肢全身から全ての力を絞り出す様に……再度、力を解放する。


 集中しろ。集中するんだ。他の事は考えるな……集中しろ……集中しろ……考えるな…………。


「はー……ふー……はー……はー……ふー」


 目を拓き、言葉を生む。


「解放」


『……ドンッ』


 絞り出す様に体から光が上がる。

 赤色を返す夜空に、強い白い光が混ざり込む。


『ダンッ!』


 ——壁を飛び越し、地面から体十個分、空中に浮かぶ。

 血臭ちぐさい風が鋭く吹き上がってくる。

 滞空すること刹那、力で空に力場を作り、蹴り落ちる。

 大剣を振りかぶり、その白く光り輝く力を眼下の災厄、背を向けている紅き鬼に……叩きつけ……。


 その間、二秒。


『ガッキーーーーンッ!!』


 ——だがしかし、左腕で大剣を受け止められる。


 防がれた!?


 が、衝撃までは殺せず腰半ばまで大地に沈む鬼。


 剣と腕越しに目が合う。


 嗤う紅い目。

 

「はっ!!」


 ——反動を利用して後ろに飛び、一回転して着地。


『ドンッ!!』

 

 刹那に踏み込み、残像を残し斬りかかる。


「はーーーーーーーーーーー!!!!」


 初太刀は上段。


『ガキーーンッ!!』


 ——振り斬り、流れる様に下段から斬り上げ、中段、突きと連続で、——斬る斬る斬る斬る斬る。


 ——ガキンッ! ガキンッ! ガキッ! バキンッ! ガキンッ! キンッ! ガンッ!


 つっ硬いっ!


 ——ガキンッ! ガキッ! ガキッ! ガンッ!


「はーーーーーーーーー!」


 ——斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!!!!


 その斬撃は流星。

 剣の軌跡がいく筋の白い光になり、無数に落ち、弾ける。

 その斬撃は優に数百は超え、更に回転を上げ斬る。


 ——肉片すら残さぬ猛攻。

 

 災厄は、腕を十の字にして地に沈んだまま。

 身を守っている様に見えた。

 このまま押し切れる様に見えた。

 

 敵は災厄。


 一千年を生きた神血の災厄ディザイコル


 気付くのが遅れた。


 災厄のボンヤリと光る腕。

 それは紅い色。


『ガキッン』


 ——紅い手に掴まれる剣。


 嗤う紅い目。


 そして。


 右の紅く光る拳が胴に……。


 咄嗟に柄から左手を離し、滑り込ませ……。


『ゴシャッ!!』 


 ——そのまま打ち抜かれ吹き飛ぶ。


 重力が消えたかとパチンコ玉の如く、地と平行に真っ直ぐに吹っ飛ぶ。


『ドンッ! ドンッ! ドギャッ! バキッ!』


 何軒もの家屋、家屋だったものを貫き飛ぶ。


『ドンッ! ドカッ! ドンッ! ドゴッ! バキバキ……ドサッ』


 運良く火が付いていない家屋に突き刺さり、壁を破壊しつつ、一番奥の部屋に転がり、上を向いて倒れて止まる。


 ……ゴホッ、ゴホッゴホッ……。


 な、なにが……起こったんだ……。

 耳鳴りで何も聴こえない。

 殴られた……のか?


 くっ!


 激痛で左腕を見る。


 ……そこにはグシャグシャになって辛うじて繋がっている……腕だった物があった。


 う、腕が……。


 落ち着け、まだ生きている。

 回復に努めろ。

 息をしろ。


 力で回復に集中する。

 血を止める。

 徐々に体が……動く……大剣は……右手で掴んでいる。


 なんとか上体を起こし状況を確認する。

 薄暗い部屋のなか、左の壁には窓が、右の壁には絵が掛かっている。五人家族が笑っている絵だ。

 

 あの絵は、ドギー? ここはドギーの家か……、確か、村の端にあったはず……。

 

 ……あそこから……八百メートルは飛んだのか……。


 ——その時、遠くから感じる凄まじい圧力。


 まずい!!


「か、解放!」


 激痛に堪え、大剣を持ち、無理やり体を動かして窓に目がけて飛ぶ。


『ガッシャーーーーンッ』


 窓ガラスを撒き散らしながら外に飛び出し、地面を転がる。

 さらに遠くに逃げようと何とか立ち上がる。


 ——その瞬間。


 紅い光が一閃。

 視界の色が紅色に埋め尽くされる。

 爆風に吹き飛ぶ。


 紙切れみたいに転がり、何かに何度もぶつかり止まる。

 体がバラバラになったかと思うほどの衝撃。

 

 ——目を開けると……ドギーの家が吹き飛んで地面が抉れて道が出来ていた。


 村の中央から一直線に生まれた道。

 五メートル幅の抉れた溝。

 破壊の道。

 遠く暗闇の向こう、口を大きく開け災厄が立っていた。

 紅い光線。

 口頭から放たれた巨大な光。

 そのありえない光景に言葉を失う……。


「くっ」


 動かぬ左手を庇い、剣を杖にし立ち上がろうとするが、体が言う事を聞かない。

 

 ダメだダメだ! 動け!

 必死に立ち上がろうとするが、よろけて倒れる。


 娘を……守るんだ……。

 

 力をかき集めて立ち上がろうとする。


 …………。


   …………。


 ……。


(オモシろい……)


(オモシろい……)


(オモシろい……)


 頭の中に声が聴こえる……。


(オモシろい……)


 子供の声……?


(オモシろい。ワタシのペットとまだ戦うつもりなのかい?)


「だ、誰だ!?」


(諦めずに立ち上がろうとする魂……美しい。ワタシはそんな玩具おもちゃがダイスキだ)


 な、何を言ってるんだ——。


(そんなキミに……力をあげよう)


 ——何を?


(強き力を……)


「ペット? 何の事だ?」


 路地に倒れて動けない僕は問いかける、響く不気味な声に。


(ワタシはキミらの言う神だよ、ホントはダメなんだけど、見ていると楽しくなってきてね)


 ……神だと、どう言う事だ……。


 僕はその声に愕然とし、全身の痛みに、気を失いそうになりつつ……。

 その時、聴いてはいけない声を聴き、開けてはいけない扉が開いていく音がする、そんな気がして……。


 ……聴こえる。


(さあ、力をあげよう)


 ……僕の体は白い光に包まれる……。

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