第二章 愛する者の声を聴いたか リリー幼少編

第十二話 紅き災厄

 私はリリー。


 今年で六歳になります。


 世界で一番好きなものは、『お父さん』


 今日も一緒にお薬になる薬草と、ついでに山菜とキノコを取りにきています。

 ばんごはんのためにです。


 お父さんは世界で一番すごい薬師です。


 私もお父さんみたいな、立派な薬師になりたいです。




 □□□□□□□□□□




「リリー、あんまり遠くへいったらいけないよー」


「はーい」


 私は、お父さんに返事をする。


 こっそりと、さっき草むらで跳ねたバッタさんを捕まえたくて、ゴソゴソ草をかき分けて探しています。


「いた!」


 私は慌てて、手で口を抑える。

 ……逃げた……かな?


 そーー……と見ると、草の陰に隠れているバッタさんが……いた! 逃げずにジッとしている。


 ホッとした私は……静かに静かに、ゆっくりと手を出して近づき……小声で「はっ」と言い、パッとつかむ。


 ……手の中には……大きなバッタさん。


「やったー! 見てみてお父さん! バッタさんがとれたよー」


 喜ぶ私の声を聞いて、お父さんがこっちに歩いてくる。

 バッタさんを持つ手を振る私を見ると、「おー、いいね! リリー。それは殿様バッタと言う珍しい昆虫だよ」とお父さんが言った。


 え! 本当?


 私の手の中でカサカサ動くバッタさんは、二十センチはあって、ものすごく大きかった。


「じゃー、村に帰ってデュークに見せてあげよ!」


 デュークは幼馴染! アホで泣き虫で私の家来!

 

「いいでしょ? お父さん」


 でも、お父さんは。


「そうだな……、リリーは父さんと離ればなれになったら悲しいだろう? そのバッタだって、家族がいるかもしれないよ?」


「バッタさんの家族?」


 私は考える。

 お父さんと離ればなれなるなんて、ありえない。

 手に持ったバッタさんをみる。

 心なしか元気がなさそうだ。


 バッタさんの家族……かぞく……カゾク。


 私はゆっくりとそっと草の上に置いてやり、「もう捕まるんじゃないよ」と逃がす。


「よかったのかい? リリー」


 私の頭にお父さんは手を乗せて聞いてくる。


「うん、いいの。私だってお父さんと離れるのはイヤ。きっとバッタさんもイヤだと思うから、これでいいの!」


 私は誇らしげにお父さんを見上げて、「またここに遊びに来ればいいわ、きっとバッタさん、また私と遊んでくれるもの」


 お父さんは私をの頭をわしゃわしゃして、抱きしめ上げて、グルグル回り出す。


「よーし! 偉いぞリリー! バッタさんもきっと喜んでいるぞー!」


 回る世界にキャッキャと笑い声をあげる私に、お父さんは、「ご褒美に、今日の晩ごはんは、とり肉入りキノコスープだな! さあ、村に帰ろうか」


 私を降ろし、お父さんは薬草やキノコ等が入った籠を背負う。

 手を繋いで村に向かって歩き出す。

 お父さんの手はおっきくて、とってもあったかかった。

 



 □□□□□□□□□□




 ——夕方、村の門に着いた私たちに。


「おー、どうした? リエルさんとリリーちゃんが、なかなか帰ってこんからみんな心配しとったぞ」


 困った顔で、門番のビリオットが村に帰って来た私たちに声をかける。

 

 槍を持ち、門の前に立っているビリオットは、なかなかかっこいい。

 太ってさえいなければ……。

 私たちが、こっそり付けたあだ名は、『ふとっちょビリオ』ものすごーく、食いしん坊なの。


「悪い悪い、思ったより沢山、薬草が生えていて、取るので遅れたんだ」


 返事を返しながら、お父さんと私は門をくぐる。


「そうか、そうか、おー。一杯入ってるな」


 籠の中をのぞき込む、ふとっちょビリオは、「お帰り、リエルさん、リリーちゃん」と笑いながら、お父さんと私を迎えてくれる。


「ただいまビリオットさん!」


 それに、元気よく答える。もちろん、あだ名は秘密。


 村に入ると、所々、家の屋根とか、窓から湯気が立ち上っている。

 私たちの村は温泉村として有名なの。高ランクのエクスプローラも湯治にくるのよ。


 えっへん! すごいでしょ!


 家路に歩く私たちに……。


「あんらまー、やっと帰って来た!」


「あっ、だだいまー」


 大きな声の持ち主は、向かいの家に住んでいるシャメリーおばちゃん。裁縫がとっても上手で、私も時々教えてもらっている。


「まっとったんよー! 晩ごはん作りすぎてねー! おすそ分けするから、鍋かなにか、入れ物持って来てー!」


 がはははと、豪快に笑いながらお父さんの肩をバシバシ叩いている。


「あ、ありがとうございます。リリー、お家からお鍋取って来なさい、お父さんはここにいるから」


「わかった!」


 私はお鍋を取りに走りだそうとした……。


 その時、——ズガガガッッーーーンッ! ドオッーーーーンッ! バキッ! バキッ! ドオーンッ!

 

 村全体を貫く、とてつもく大きな破壊音。


「きゃっーーーー!」

「うわーー!」


 悲鳴があがる。

 揺れる地面。

 籠を放り出し、私を抱きしめるお父さん。

 おばちゃんは大きな音に腰を抜かしたのか、座り込んでぐったりしている。


 キーンとしびれる耳、震え出す体。

 音のした方向。

 私は見る、見てしまった。

 真っ赤な狼煙があがっている。その狼煙を背に——鬼が立っていた。


 その鬼は……似ていた。


 お父さんに寝るときに、よく読んでもらう絵本に出てくる……、災厄と言う名の神血の災厄ディザイコルに……。


 私を強く抱きしめ……、「あ、あれは……災厄」と。お父さんがうめくように言う。


 真っ赤な、燃えるような夕日が——鬼を照らしていた。

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