第十一話 瞬間と永遠

 雲一つない、青空の下。


 草原に寝転がったら気持ちよくて、眠くなりそうなポカポカ陽気。

 その青空の下から聴こえてくる声……。


「あっ、あっん! だ、だめ……あ……そんなに強くしたら」


 ……はて?


「はあはあ、はあ、ひどいよ……」


 ……?


「うう……どうして?」


 ……俺は黙ってリリーの言葉を無視する。


「いや! お願い……なんでも言うこと聞くから……優しくして……セイ」


 ……俺は、俺は……、


「お、お願い……」

 

 ……俺はついに叫ぶ。


「いちいち! なんかエロいな! おいおいおい!」


 リリーは驚いたのか——ビクッと、俺の体の前で飛び跳ねる。


「あんっ……え、エロい? だ、誰の……こと?」


 ……はい? 『あんっ』とか言ってる自覚ないの?


 ……疲れた俺は脳内で深いため息をつき。


「……お前だよ!」とつっこむ。


 ミーシャが風の様に去った後、俺たちは、馬……、ミーシャがラビットホースと呼んでいた生き物に乗って、森を目指していた。


 リリーと二人乗りでだ。


 ちなみに見た目は馬だが、耳がウサギの様に長く三十センチぐらい垂れている。

 だからラビットホース。

 可愛いだろ? 笑うなよ。


 その、ラビットホースが力強く地を蹴る音の中の、走るその背の上で、俺たち二人はいがみ合っていた。


 リリーが、声を荒げて、「君が強く私に抱きつくからだ! 断じてエロくない! 私はエロいの逆だ!」


 エロいの逆? ……それ意味わからんし、むっつりって事? なんか……それはそれで納得するけど……、——イヤイヤいかんいかん、「なんだよあの声……? 変な声出してんじゃねーよ。こっちが逆にびっくりするわ、落馬するわ」


 俺はわざと強めに言うと。


「そ、それは、君があんまりに強く……私の腰に腕を回してくるから……」


 腰に手を回したぐらいであんな声でねーだろ! どんだけ敏感!? ミラクル体質? ……なんかそれはそれで嬉しいけど……まあ、いっか。


「わかったよ! これからは気をつける。でもな! やたら走るの早いんだよ! この馬!」


「元々は魔物で、それを調教した生き物だからな! 慣れたら見た目も可愛いぞ」


 魔物を調教? そんな事も出来るのか……。


 しかし、この馬、人を二人も乗せているのに、走るスピードは体感で八十キロは超えてる気がするぞ。

 ……異世界、おかしいだろ。

 ピョンピョン風に揺れている耳は見方によれば可愛いの、か? ……全然可愛くない。長いし、むしろ怖い。


 なにか道に落ちていたのか、急に右に飛ぶラビットホース。


 俺の心の声、聴こえてた? なにその急角度な方向転換からのジャンプッ!


 やばっ! お、落ちる!


 俺は咄嗟にリリーに強くしがみつく。それこそ、体温が感じるぐらいに、ギュッと。


「あんっ、こ、こらまた……あっダメ」


 なんとか落馬せず、そのままリリーに抱きつく。


「し、仕方ないだろ! 急にこいつが、変な走り方するから! てか、何でこんなに急いでいるんだよ?」


 大体、急ぐ依頼じゃないと言っていたくせに……ミーシャが来たからか?


「私が……早く町に帰らないと、困る事が起きるかも知れないんだ」


(ミーシャがあることないことを、ギルマスに報告する前に帰らないと……)


 困る事……って、なんだ? 俺にも関係あるのか? って、考えても、しょうがないか、「わかったよ。森へはまだ着かないのか?」


「もうすぐだよ」


 青空の下、蹄の音を響かせて森へ。

 俺はギュッとしがみつき。


「あんっ」


 なんかこれ……慣れたら、おもろいかも。

 二人を乗せ、ラビットホースはめんどくさそうに『ヒヒーン』といななき、頑張って走る。




 □□□□□□□□□□




 ここは?


「懐かしいかい? 君と私が出会った所だよ」


 俺たちは、走るのをやめ『ブルルンッ』と鼻を鳴らすラビットホースから降りる。

 ラビットホースは、首を激しく振り、大量にかいた汗を弾き飛ばしす。それはキラキラと光っていた。

 降りた俺の目の前には——巨大な森が広がっていた。

 

 右を見ても左を見ても、その景色は途切れる事なく、まるで永遠に続いている。

 木の高さは色々だ。

 十メートルぐらいのもあれば、三十メートルはある木が立っている。

 それがびっしりと視界を埋めている。

 原始の森……その景色は畏怖を俺に覚えさせる。


「魔の森」


 リリーはラビットホースの手綱を引っ張り、「魔物の住む森だよ。奥に行けば行くほど、強い魔物が住んでいると言われている」


 近くの木に結びつけ、そのラビットホースの体に備え付けた鞄から水筒を取り出し、水を飲まし始める。


神血の災厄ディザイコルもいるとされているけど……それを調べに行った者は……誰も帰って来ていない」


 よほど喉が渇いていたのか、ラビットホースは『ゴクゴク』と音をさせて、器用に水筒に口を付けて飲んでいる。

 よしよしと耳と頭を撫でるリリー。

 水をやり終えて、こっちに戻って来る。


「別名、帰らずの森。数々のエクスプローラ、探検者を飲み込んだ……魔の森だよ」


 俺は背中のリュックを下ろし、中から水筒と簡易食を取り出して、リリーにわたす。


「ミーシャも言っていたけど、そのエクスプローラって何だ?」


「うーん、未知のものを探す者? かな。この世界にはまだまだわかっていない事が沢山あるんだ。その謎を解明し、戦い、守る職かな?」


 リリーは一口、水を飲み、俺も自分の分をリュックから取り出して食べる。


「私もそのエクスプローラなんだ、その……まあまあ強くて……有名なんだぞ」


 照れくさそうに話すリリーを見て、思う。

 そりゃ、あんだけ俺をボコボコにできるぐらい強ければ……有名だろな……ん? でも……。


「確か、リリーは薬師なんだろ? なんでそんなに強くなる必要があったんだ? 言ってみれば医者だろ?」


 リリーは、食べる手を止め、何かを思い出す様に目を閉じ、そして……静かに開いて、空を見上げる。


 俺は黙ってリリーの言葉を待つ。


「ちょっとね、理由があるんだ……、災厄をね、どーにかしたいなって……前に話したよね。村のみんなと、父の無念を晴らせればいいなって」


 ……災厄……、一千年生きている化け物の事か……、そうか……。


 しばらく、空を見ていたリリーはこっちを向き、「まだ全然だけど……いつか必ず」心を静めるかのよう、大きく呼吸を何度かして——。


「それが、理由。言ってみれば復讐かな……がっかりした? あの災厄を倒すなんて夢物語。みんなが、誰もが無理だって私を笑うんだ」


 リリーは寂しそうな笑顔で笑う。


「だけど、私は必ず倒す。そう決めたの」


 ——そんな……顔すんじゃねえよ。

 何気ない素ぶりでリリー向かって話す。


「ターコ、みんなの……お父さんの仇を取りたいんだろ、災厄は馬鹿みたいに強いらしいけど、きっと不可能じゃない」


 俺はリリーの目を真っ直ぐに見る。


「誰もが、できっこないって、リリーを笑い者にしても、馬鹿にしても、俺は絶対に笑わない……だからさ、そんな顔するなよ」


 言葉が止まらない。


「俺とリリーは……パーティなんだろ? 辛いことや悲しい事があれば俺に言え」


 ひとつ、息を継いで。


「前にいったろ? 俺が守るって」


 言い切った俺はリリーに向けて、自分なりの最高の笑顔で笑いかける。

 驚いた表情をしたリリーは、徐々にその頬を赤らめ……。

 いきなり、オレ様全力スマイル発動中の顔に……ビンタした。


 ——バッシッーーーーン!!


 油断していた俺は、衝撃で後ろに吹っ飛び、地面で頭を打ち、転がる。

 痛む顔と頭を触りながら体を起こした俺は、リリーを睨みつける。


「いってー! なにすんだ、いきなり!」


「セセセセ、イが恥ずかしい事を言うからでしょ!」


「はー? それでいきなり張り手かますかよ」


 …………小さい、沈黙の後。小さくクスリと笑いだすリリー。


「ぷっ、ごめん。セイの顔に、くっきりと手の跡が付いていて、なんかおかしくて」


 それ、おかしいねー誰の手の跡ですかねー? と、言おうとした俺は……、本当に楽しそうに笑うリリーを見て、「いいよ、お前はそれで、それでいい」


 ずっとそのままでいればいい。


 立ち上がった俺はリリーの頭を掴み、「やめてよー」と言うリリーの髪をわしゃわしゃ撫でる。


「じゃーまず、早く薬草とって帰るぞ。森の中には危険はないのか?」


「大丈夫、大丈夫。浅い場所に薬草は群生しているから、うーん」リリーはアゴに手を当て、「魔物も……もし、出会ってもリトルオーガかな?」


「リトルオーガ? なんだそいつは」


「子どもぐらいの背丈の鬼だね。一匹、一匹は大した事ないけど、徒党を組まれると、今のセイだとちょい危険? かな」


 なんだか不吉な事を言いだしているが……思い返す。

 ここで魔物に追われ、リリーに助けられた事。

 おっぱいやらなんやらの、その後の日々。

 俺は小さな声で「悪くないな」と呟く。


 髪を直しながらリリーが、「ん? なんか言った?」と聞いてくるが、それを俺は無視をして。


「さっさと早く、薬草とって帰ろうぜ。」と、リリーの手を握り、森に向かって歩き出す。


「こ、こら!」


 自身の顔が熱くなるのが感じるが、ビンタのお返しだ。

 必要なのは現状を変える突破力。

 俺はまだまだ強くならないと、いや、なるんだ

 リリーは、俺の手を振り払うのを諦めて、歩く。


(もう! いきなり強引なんだから……もうっ……なんか、忘れているような? あっ虫除け!)


「ちょっと待ってセイ!」


 俺は立ち止まる。


 リリーは俺のリュックから、ゴソゴソと手の平に乗るぐらいの小さな容器を取り出すと、蓋を開けて、軟膏? だろうか、その薬を顔や腕に塗り始める。


「セイにも塗ってあげる」


 リリーに言われたまま好きにやらしていると……、顔面真っ白お化けになった。


 なんじゃーこりゃっ! とリリーを見ると、そこには同じ真っ白お化けが。


 まっしろ。

 二人はお互いを指を指して笑う。


 世界は残酷だ。

 だけど悪い事ばかりじゃない。


 俺とリリーの笑い声がスレイトラッドに生まれる。


 世界に笑い声が溶けていく。

 瞬間は永遠になる。


 だから——なんだってできる。

 そう思うんだ。


 心底笑ってクタクタになった俺とリリーは、なんだかお互い、恥ずかしくなってリリーが慌てて喋りだす。


「オッケー! じゃー、セイ、赤と青の葉が付いている植物を探して!」


「わかった」と俺は答え、そして——二人は森に入る。


 


 □□□□□□□□□□




 最初に思ったのは静かすぎるだった。


 音がない。


 無音だ。生き物を探して周りを見ても何もいない。

 こんなに大きな自然だ……鳥の一匹でもいてもいいだろう。

 だけども、しばらく歩いてもいない。

 俺とリリーの足音がやけに大きく聴こえる。

 生い茂る木の枝や葉に光は遮られ、視界は悪い

 知らない世界に多少不安になり、リリーを見る。


 リリーは手を手刀の形にし、力を使い邪魔な枝や草を薙ぎ払いながら森を進んでいた。

 いつも通りのリリーに安心して、力のあんな使い方もあるんだなと、——俺も真似してやってみる。


「解放」とちいさくつぶやき、手に力をそわせる。


 イメージは、刀。


 少しずつ手に集まる力を目の前の邪魔な木に振るう。

 スパッと切れて、飛んでいく木。

 何この便利技……? すげー。


 俺は調子に乗って両手に力を集め、「『男のロマンは二刀流だ!』」と心の中で叫び

 ——ズバッ、ズバババッと、木や枝を切り飛ばして進む。


「セーーイ、ラッキーだな! あったぞ!」


 前方でリリーの興奮する声がする。


 木々の隙間からリリーを見ると、赤と青い葉を付けた植物を持って立っている。


「これだけあれば足りるかな?」


 見ると、リリーの足元には沢山の同じ葉が付いた植物が生えていた。


「おー! すぐあったじゃん!」


 俺は急いでリリーの所に走る。


「これは運がいいぞー! セイ!」


 俺もリュックを下ろし、中から小さく折りたたんだ袋を取り出す。


 リリーに渡そうとして……。


 ——それは前振りもなく現れた。


 約五十メートル先、太い木の幹の隙間から。

 赤く伸びた髪、真っ赤な体。

 上半身は何も身につけていない裸だ。

 下には革製? の短いパンツを履き、上は錆びついた鉄製の防具だろうか? 装備している。

 足は何も履いていない。

 それは、身長が三メートルはある……紅い鬼だった。


 尋常では無い存在。

 空気が変わる。

 ——さっきまで何故、気付かなかったのか……逆にそれが恐ろしい。


 見る者の息を止め、そこにいるだけで濃厚な死の予感を容赦なく叩きつけてくる。


 な、……なんだアレは? 俺は、勝手にガタガタと震えだす体を必死に抑える。

 身体中から汗が滝のように流れ出す。


 ハッとして、リリーをみる。

 そこには、一歩も動かないリリーが顔面を蒼白にして……鬼を見ていた。


 その瞬間。


 ——ドッンッ!!!!


 リリーから爆発的な光の柱が上がる。

 今まで感じた事がないほどの力の爆発。

 周りの木々がへし折れ、ちぎれ飛ぶ!


 一体、なにが起こったのかと、腕で顔を庇うのが精一杯の俺に。


「逃げろー!!! セイ! あれは災厄だ! 私の父を殺した災厄!」


 状況がすぐに理解できない俺に。


「私が奴を殺す!」


 更に大きくなる光の柱、中心にいるリリーが見えなくなる。


「この時の為に——私は生きてきた!」


 更に光の輝きが強くなり、唐突に消える。


「はっーー! 解放っ!」


 叫んだリリーの体から、数十、数百もの光の玉が生まれる!


「くらえ!」


 弾け飛ぶ光。


 光を飛ばすリリーの後ろで、俺は奴が笑った様な気がしたが、すぐに真っ白い光と爆発で何も見えなくなる。


 ……俺はどこかで理解した。


 本能なのかなんなのかはわからない……が、


 二人とも……ここで死ぬと——。


 死の覚悟。


「くそっ!」


 俺は全力で身体強化をし、震える体を無視して、災厄に向けて跳ぶ。


 それはまるで大火に飛び込む羽虫の如く。

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