第十話 ピコピコ猫耳

 ——グッグッグッと肩の筋肉をほぐす為にストレッチをする。


 恒例となっている朝の訓練。

 冷たい空気が体を包む。

 朝霧が立ち込め、薄ぼんやりとした景色の向こう側にリリーが立っているのが見える。

 濡れた草が、靴を濡らす。


「さーて、準備はいい?」とリリーが俺に声をかけてくる。


 屈伸し、息を吸いながら、おもいっきり背伸びをして息を止める。

 ……ゆっくりと、腕を下ろしながら、息を吐き出す……。


 白い息の塊が朝日に照らされ、空中に静かにゆっくりと漂い消えていく。

 それを見て……綺麗だなと……思う。


 ——ザッと足音をさせて、前を向き、腰を落とす。

 右手は軽く開いたままで前に突き出し、左手は腕を曲げて脇にそえ、軽く握る。


「オッケー。今日こそは負けねーぞ」


「私に勝つのは百年早いよー」


「言ってろ……」


 ……。


 ………静寂が場を支配する………。


 「「解放」」


 同時に二人の声が重なり、神血の玩具トイイコルの力で、霧が吹き飛ぶ。


『『ドドッンッッ!!』』


 ——大地を抉り、二つの影が跳ぶ。


 拳と蹴りが空中でぶつかり、交差する。


 


 □□□□□□□□□□




「いてててて……」


 相変わらず容赦ないな……。

 顔をさする俺にリリーが嬉しそうに、


「今日は何発か、私に当たったじゃないか」


 見上げると、昇った日を背にリリーが笑っている。

 俺は痛みを無視して、ジロリと睨み——。


「かすっただけだろ……随分ましにはなったとは思うけど……まだ……まだっ、だ!」


 全身に力を入れ、ふんっ! っと立ち上がる。

 少し切れている唇の血を袖で拭き、「そう言えばリリー、あの光る玉ってどうやって動かすんだ?」


「どうやってか? うーん、なんて言えばいいかな……」


 言いながらリリーは手のひらを上に向ける。——ヒュッと、三十センチぐらいの光る玉を生み出し、ヒュンヒュンと八の字にとばす。


「感覚的なものかな……私は……ある日突然出来るようになった……、毎日の訓練が大切」


 俺も小さな光の玉を指先から生み、同じ様に動かそうとするが……うまくいかず、ジグザグに飛んで地面に落ち、——ボンッと、小さな爆発音をさせ、消えてしまう。


「……毎日ね……こりゃ道は長いなあ……」


「そんなに簡単出来らた堪らんよ」リリーは、たははと笑い。「さーて、朝ごはんにしようか」と歩き出す。


(はー、今日は流石に薬草を取りに……依頼終わらせに行かないとな……)

 

 俺は……どこか? トボトボ歩くリリーを追おうとして……。


「リリーーーー! 生きてるーーーー!?」


 ——突然の大きな声に二人は振り向く。


 振り向いた先には広場に入ってくる馬? に似た生き物に乗った……女の子がいた。

 後ろに、同じ生き物を紐で繋いで連れている。


 赤い髪は短いショート。好奇心旺盛そうなクリクリッとした茶色い目に、可愛い小さな鼻に口。

 長袖の服の上に簡易なレザーアーマーを装備して、腰には右と左にそれぞれ一本づつ、大振りなナイフを掛けている。


 ……そして、頭にはピンと立った耳……。


 彼女の頭には三角の猫耳が付いていた。


(ミ、ミーシャ! 何故ここに!?)


「リリーー! ってあれ? 普通に生きてる!」


 ——ピョーーンと、馬から飛び降り、クルクルッと回転しながらリリーの前に着地する。

 背はリリーより頭一つ分、低い。


「もう! リリーの帰りが遅いからギルマスが様子を見て来いって……んー? この子は誰?」


 猫耳が首を傾げながら俺を見る。


(この人……髪が黒い! 異世界人……? でも、目が赤色?? 神血の玩具トイイコル……?)


 なんと答えたらいいか……俺が迷っていると。


 リリーが、「ミミミ、ミーシャ久しぶりだな! 元気していたか?」


 ミーシャと呼ばれた猫耳の女の子は、「ミミミ! じゃないよ! でも無事でよかったよー、リリーが全然帰って来ないから、ギルマスが、もーう、うるさくて、うるさくて!」


 耳をぴこぴこ動かして。


「『心配だ! 心配だ! 後の仕事は任した! 私はリリーを探しにいく!』とか、言って大変だったんだから……」


「そ、そうか、……それは悪かった」


(はー、……あの人はいつまで経っても私を子供扱いして……)


「だから、ギルマスの代わりにボクがリリーの様子を見に来たんだよー。で、隣の彼はどうしたの?」


 俺が見ている前で、ミーシャ? ちゃん? がズイズイとリリーに迫る。見上げる形でリリーの胸を軽くトントンと叩く。


 はてな? と首をこてりとかしげた後、眉間にシワを寄せてクンクン、クンクン、クンクンクンクン……うーんとうなり、「リリー、なんかいい事あった?」


 なんだか焦っているみたいなリリーは、「べ、別になんにもないぞ」と答えている。


 怪訝な表情のミーシャは、俺を見て、リリーを見る。


(この匂いは? これはまさかのまさか? あ、あのリリーが……?)


「……まあ、いっか! 続きは中で話そう!」


(ここまで来た甲斐があったにゃーん、面白い土産話ゲットにゃん!)


 ミーシャはスタスタと、馬を近くの木に紐で素早く結ぶと、振り返り——俺の元に来て、「リリーと同期のエクスプローラのミーシャだよ! よろしくにゃん!」と、俺に右手を出してくる。


 その勢いに押されて、手を握り返し、「よ、よろしく。セイって言います」と、自己紹介をする。

 その手は、リリーよりも更に小さく、まるで戦う事には向いてない様に思えた。


「もっと気楽にいこー! 猫人族は楽しいのがっっにゃ!」


 ——ゴスッ!


 ミーシャの頭に落ちるリリーのゲンコツ。痛みと衝撃でしゃがんこんで、頭を抱えてプルプルと震えている。


「いったーいっ! これ以上、ボクの頭がアホになったらどーするの!」


 タンコブを抑えて、涙目でリリーを見上げてる。


 猫耳がピコピコと動いている……触りたい……かも……。

 でも? 普通の耳もあるのだろうか? うーん。


「用が済んだなら今すぐ帰れ……後、にゃんにゃんうるさい」


腕を組んだリリーが怒り顔で、ミーシャを睨んでいる。


「えー、興奮するとついつい、でてくるだ……にゃん!」


 リリーもしゃがんで、ミーシャの顔を左右から両手の指で摘み……、「二度と喋れないようにしてやろうか……? ミーシャ?」と指に力を……。


 「ごごご、ごめん! ボクったらこの後、急ぎの用があったんだ!」


 慌ててリリーから離れるミーシャ。


(ひゃー、これは結構本気だー!)


「じゃあじゃあ、また町で! ラビットホースを連れてきたから使ってね! セイ君またねー! バイバーイ!」


 ——馬にまたがって、風のように走り去って行くミーシャ。

もう一匹は置いたままだ。


遠くから大声でミーシャが、「薬草取って、早く帰ってきてねー! ギルマスには男の子とラブラブだったって、報告しとくねー! にゃはははは!」


視界から消えるミーシャ。


「さーて、セイ。朝ごはん食べたら、行こうか」


「どこに?」


「あいつを絞めに」


 なかなか愉快な同期みたいだな……。


 リリーの背中には見えない炎がメラメラと燃え上がっている様だった。




 □□□□□□□□□□




 帰り道を走る、ラビットホースの上で、


(んー、リリーからした匂いは羞恥心と……そして、薄っすらだけど恋の匂いがしたにゃん!)


「楽しくなって来たにゃーん! これは、帰って来たら町に血の雨が降るにゃーん!」


 楽しそうに笑うミーシャの笑い声は、なくなる事なく道の上にいつまでも残り、響いているようだった。

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