第九話 夕日と君と俺

「——おいおいおいおいおいおい! リリー! 馬鹿デカイって程があるだろーが! 追いかけてきてるぞ!」


 俺とリリーは……全力で走っていた。

 何故?

 ……原因は置いといて……、俺たちは追いかけられていた。

 トカゲ? 恐竜? わからん……わかるのは、やばいってこと!

 なんだよ、あの大きさ? ちょっと地熱で大きく育ちましたってレベルじゃねーぞ。全長十五メートルはあるぞ……育ちよさすぎ!

 

 ——ドシン! ドシン! ドシン! ドシン!


 じ、地面が……ゆ、揺れる……。


 ——ズン! ズン! ズン!


 ——ドシン! ドシン! ズン! ズン! ズン!


 いや、足音多いな! 何匹いんの!


 俺は、凄まじい衝撃に——揺れる大地を必死に蹴って走る。

 ……一応、水瓶は背負ってる。もうね、捨てていんじゃない? この状況じゃリリーも怒らんでしょ……。


 リリーは、『トッ』『トッ』『トッ』『トッ』と、軽やかに飛ぶように地を蹴り、俺のすぐ前を走っている。

 時々、振り返り、魔物を見て……いやー参ったなー、的な表情をして頭をポリポリする姿が、——無性に腹が立つ!!


「大体、リリーのせいだろ! いきなりアレに石投げたりするから!」


「あははは。まさか、一匹だと思ったのにあんなにワラワラでてくるとはねー、びっくり!」

 

 びっくりしたのはこっちじゃ! 一ミリも笑えんわ!


「どーすんだよ! アレ!」


 走りながら後ろを確認する。見た目はまんま恐竜だ。

 リリーはアレをグラスルースターって呼んでいた。なんでも食べる、悪食からついた名前らしい。


「大きいだけでそこまでは——強くはない魔物なんだけどなー、あそこまで数がいると……どうしよっかな」


 そこまで足が速い魔物ではないみたいで、百メートルほどの間を保ち、俺たちは逃げていた。


 どうにかしてくれよ……アイツらしつこいな……全然、諦めそうにないぞ。

 ラチがあかないな……。


「なんかいいアイディアはないのか!?」


 俺は前を走るリリーに声を大きくして聞く。


「ないことはないけど……」と、少し困った顔で振り返って俺を見る。


 (どうしよう。まあ……こうなったのも私のせいだし! なんとかするしかない!)


「はあー、こんな事になるなら……投げるんじゃなかった……」


 私は、思い返していた……。



 

 □□□□□□□□□□




 休憩が終わり、私達は順調に目的地に近付いてた。セイはよくやっている。本当に。

 この私が考えた、訓練にしっかりついて来ているんだから。

 ちなみにあの水瓶は八十キロはあるからね。

 セイはまだレベル一だけど……、レベル十に匹敵するぐらいは、強くなってるんじゃないかな?


 ——まあ、その話は今はいいか。


 ……最初はね、いいもんみーっけ、ぐらいの軽い気持ちだったの。

 ずっと走りっぱなしだったし……飽きてたというか、あはは。

 

 グラスルースターは大型の魔物だけど、ああ見えて普段は大人しい。

 自分のテリトリーを侵されるか、家族を襲われた時だけ非常に凶暴なる。

 見た目は怖いけどね、そういう人もいるじゃない? 強面の優しいおじさんとか。


 走ってたら、遠目に一匹見つけた。

 

 はぐれのグラスルースターだと思ったの。生息地はもっと南なはずだったから。

 草をね。モサモサ食べていたから投げてみた。

 あっ、見た目は完全に肉食系だけど、雑食だから草とか、植物も好きでよくたべるのよ。

 

 で、話をもどすと……、えーーいっとね、石を投げた。

 正直に言うと、ちょっぴりセイをびっくりさせてやろうと、そんな思いもあった。いきなり人をあんなにドキドキさせて……。


「俺が君を守る」って……。


 うっひゃーー! なーに言っちゃてんの? あの時は笑ってごまかしたけど……そんなこと言われたことないし、むしろ? 私って怖がられる事の方が多いから……。


 ……ちょっぴり嬉しかった……。


 本当に。


 だからやり返してやるの! やられっぱなしは悔しいじゃない。

 セイの「うぎゃーー! 師匠何あれー!」ってびっくりする顔が見たいじゃない?


 ね?

 

 そういう時ってあるじゃない? なんだろ……気になる子に意地悪したくなる気持ち? ってそれじゃまるで、私がセイを気にしているみたいじゃない! もう! まあいいわ! ……でね。


 私のポイッと投げた石は、グラスルースターの眉間に見事命中し、私のイタズラは成功した。


 成功しすぎた、想像以上に……。


 はぐれじゃなかったみたい。

 あれよ、これよというまに……どんどん増えていって……。

 大家族……だったのね。多分、新しい住処を探して移動中だったのかな? くわしくはわからないけど。

 忘れていた訳じゃないけど、なめていた、魔物を……すぐ諦めて追いかけるのをやめると思ったんだけど……。


 しつこいのよ! あいつらー!




 □□□□□□□□□




 随分……走ってるけど……諦める気配がないなー。

 

 振り返ると、一匹、二匹、三匹、……うわーー数えきれないぐらい……いっぱいいるなーーまいったな。

 

 頭をポリポリとかく私を見て、セイがプリプリしてるし、どうしようかな……。


 私は迷っていた。


 全てを駆逐するのは……簡単だけど、それはなんか目覚めが悪い。

 悪いのはこっちだしね。


 今は隣を走っているセイを見る。律儀に水瓶をしっかりと背負って走ってる

 ん? よく見ると……セイ? びっくりしすぎて時々、右手と右足を同時に出して走ってる。


 すごいよ。

 どうして……こけないの?


 私のせいなんだけど……ごめん。今のセイを見ると……ぷ、ぷぷぷ、ぷぷっぷぷ!

 やばいっ! すーはーすーはー、笑っちゃいけない……本人は大真面目なんだから。

 面白くない面白くない面白くない……、全然面白くなんかない。

 セイは頑張って走ってるだけなんだから。

 ……こっそりと……セイを見る……。


 ——ブゥフォッ! 私は吹き出す! ちょっと! 連続おもしろ走法は無理!


 派手に笑う私を見て、胡散臭いものを見るような目でセイが見てくる。

 視線が痛い。

 私は思う。水瓶……もう、置いていいよ……?

 笑うのを……我慢しすぎて、お腹が痛くて苦しくなってきた私は……。


 ——決める。


 大きく息を吸い込み、「セイ! 止まって!」——大声をだす。


「今からやる事をよく見ていて!」


 私はセイに、「力には、こんな使い方もある!」と、叫ぶ。


 ——俺は、リリーの急な大声に驚いたが、なんとか転ばずに止まることが出来た。


 声の元を見ると、走るのをやめ、グラスルースターに向かい立つリリーがいた。

 すぐそこまで奴らが迫ってきている。

 何十匹も怒涛の勢いで迫り来るその景色は、陸上の津波を思わせた。


 衝撃でグラグラ揺れる大地。凄まじい足音が生み出す爆音で体がビリビリ震えている。


 ——音も無くゆっくりと立つリリー。


 俺は……こんな時なのに、見惚れていた。

 リリーの小さな後ろ姿に。

 一人で巨大な魔物に立ち向かう。それは、どこかで読んだ英雄譚、その一ページの様で……カッコよかった。


「……解放!」

 

 言葉と共にリリーは、一瞬にして、体全体から光の玉を無数に生み出し上空に飛ばすと——。


「じゃ、いってくるよ」と言葉を残し、消える。


 飛ばした光の玉を足場にして、それこそ稲妻の如く、——蹴って蹴って蹴って蹴って蹴って。


 地から天に昇り上がり、空を翔ける。


 ——ズンッ!!!! ズンッ!!!!


 更に大きくなった足音の方を見ると、グラスルースター達はもうそこまで来ている!


 ——やばいやばいやばい!


 俺は焦ってリリーを見る。

 あ、あれは?

 上空で小さくなったリリーから凄まじい力を感じる……。

 いく筋のも光の帯がリリーから放出している……それが一気に収束し、一筋の光りが——


 グロスルースターと俺の丁度真ん中。

 純粋な力の塊が。

 落ちる。


 ——ズッガッーーーーーーンッッ!!


 凄まじい爆音。

 爆風をもろに体に受け、吹き飛ぶ。

 水瓶が割れないように体で庇いながら地面をゴロゴロと転がる。 


 ——ビューーーー、バシッバシッバシッ!!


 丸めた体のいたるところに、石や砂が飛んでくる。

 徐々に爆風が静かになって……ゆっくりと目を開けると……。


「マジ、かよ……」


 そこには……大穴が空いていた。

 直径、三十メートルほどの底が見えない穴が、大地に生まれていた……。


「ただいまー」と言いながら『ストッ』と、軽い着地音をさしてリリーが隣に降りてくる。


 ペロッと舌を出してと笑いながら、「やりすぎたかな?」と、聞いてくる。


 …………。


「セイ?」


「やりすぎちゃったじゃねーよ! あぶねーわ! 水瓶抱えて吹っ飛んでゴロゴロして、危うく瓶と心中するところやったわ!」


 立ち上がり、向こう側を見るとグラスルースター右往左往している。

 

 もう、追ってくることはなさそうだ……そりゃそうだろ、俺もそうするわ。


 魔物は傷ついた様子はない。

 

 まったくこいつは……「殺したくなかったんだろ? 殺すつもりならあんなトコに落とさないもんな」


「ななな、なんのことかな?」


「いーよ別に、訳は知らねーけど、次は言ってからやってくれよな、死ぬかと思ったからな!」


 俺は体に付いた砂を払いながら、「ホラホラあいつらの気が変わる前に早く行こう」


 俺はリリーをうながし走り出す。

 

 グラスルースターは見えなくなり、しばらく走っているとリリーが「セイは信じる? 魔物の中にも良い奴がいるって」


「いてもおかしくないんじゃねーの? 人にも良い奴もいれば、悪い奴もいるように、魔物にもいるんじゃないか」


「そっか、そうなんだね」


 どうしてそんな事を? 気になって見ると、そこには、なんだか嬉しそうに笑うリリーがいた。


 それきりリリーは何もしゃべらずに……。


 俺たちは走る。


 走りながら……この世界に来て、嵐の様な毎日が過ぎていって、どうしてここにいるのか、何故記憶がないのか、そんな事を考えていると——。


「セイ、着いたよ」


 リリーの声で気づく。


 周りを見ると、そこは暖かい水が湧く小さな泉が、点々とある、温泉群。

 俺たちは目的地に着いたのだ。


 その後……。


 おい! これどうやって水瓶に汲めばいいんだよ! とか、色々と一悶着あったけど、無理やり沈めて持ち上げる力技でなんとかした。


 腰が死にそうになったけどな!




 □□□□□□□□□□




 温泉がなみなみと入った水瓶は、まあまあ重かったが、どうにか背負えた。

 帰りは何事もなく、グラスルースターに出会うこともなく、日が暮れる前に帰ってこれた。


 ——そして、今。


 俺はパチパチと弾ける、火の着いた木の薪をイジイジしている。


「どうだ? 熱くないかー」


「いいぐらいー、苦労した甲斐があったね」


 苦労したのは主に俺だけどな!


「そりゃよかった」


 リリーは、ビバノン♪ビバノン♪と、へたっぴな歌を歌いながら、のんきに湯に浸かっている。


「綺麗な夕日だねーこりゃ明日も晴れかな」


 顔をあげると、真っ赤に燃えていた。

 見る者の心が熱くなるほどの雄大な景色。


 ——真っ赤な空。


 沈む太陽に照らされて見える全ての景色は、見事な夕日色に染まっていた。


 「じゃー、頑張ったセイになんかご褒美あげなくちゃねー、背中を流してもらおうかなー?」


「あほ。つまらん冗談言うんじゃねーよ、それに……ご褒美でもないし」


 こんな冗談を言う時、こいつは大体……。


「バレた? あははは」


 俺は薪に着いた火を消しながら「……なんか言いたい事があるのか?」


「……うーん、言いたいというか、聞きたいというか……」


 恥ずかしいのか、リリーは湯の中でモジモジしだす。

 見える背中は、湯のせいだけではないだろう、薄く赤くなっている。


「なんなんだよそれ」


 あんな、すごい力を持ってるようには、とても見えなくて、つい笑ってしまう。

 今、裸の背中を見せて、恥ずかしがる姿は年相応の少女に見えて……ドキドキした。


 リリーが、「……セイはさ、この先、この世界でどうするのつもりなの?」


「どうするかー……毎日が必死だったからそんな事考えた事もないな……」


 この先か……。

 

「……じゃあさ、セイ。私とパ、パ、パーティをく、組まない?」


「パーティ?」


 リリーは——バシャッとお湯を波だてて、こっちに向く……って! ちょっ! 谷間! 谷間! 見えてるよ!


「一緒に冒険する仲間だよ!」


 そんな無防備な姿なリリーに「その前にお前! 前隠せ!」と、手で顔を隠しなが俺は言う。

 指の間から、バッチリ見たけどな!


「ん? ……キャーー!」


 叫び声を上げたリリーは、ザブンッと口までお湯に沈んでジト目で俺を見てくる。

 

 知らんがな……。


「今のは俺は悪くないからな! というか……もう仲間って思ってんだけど……? リリーは違った?」


「違わないよ! 私もそう思う!」


 赤い顔を湯から覗かせてリリーが言う。


「じゃあ、もうそのパーティって奴だな!」


 俺は右手を出し……。


 リリーはしっかりとその手を握る。


「これからもよろしくな」


「うん、よろしく! ありがとう」


 沈む真っ赤な夕日と、頬が薄く赤くなって笑うリリーが重なる。


 小さな右手を離し、リリーを見る。


「どうしたの? そ、そんなに見つめられると……」


「わり、こっちこそありがとうな。」


 俺、もっともっと強くならねーとな。


 首を傾げるリリーに、「後がつかえてるんだから、早くでろよー」


 ——パシャ。と、リリーの顔にお湯をかける。


 ——バシャッ。と、頭からお湯をかけ返される。


 後はもうお湯のかけ合い。


 大きな二つの笑い声は、綺麗な赤い夕日に溶けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る