第八話 君を守るためにここにいる

 朝を食べ終えた……いや、無理やり飲み込んだ俺は、リリーと装備を整えて外に出る。


 俺は袖のないレザー製の胸当を着て、下は丈夫で少しゆったりとしたズボン。靴はいつもの革靴だ。


 ……そして俺の前に水瓶がある……なんなんだこれは……かなりでかいぞ、これを背負って行くのか……マジか。


 形は円形でそのまま真っ直ぐ、俺の胴ぐらいまで背がある。

 腕を回しても届かない……なんか、見覚えある気もするが……ドラム……カン? まあいいか。


 リリー曰く、「水を入れて下から火で沸かす! 火傷しないようにスノコを沈めて完成!」って言っていたな、つまりこれは風呂らしい。


 それを今回は温泉で満たす為、徒歩で汲みに行く。

 ……徒歩。なんとも言えない気持ちになる。

 気にしないようにしよう。そうしよう。

 諦める事も時には肝心だと……自分に言い聞かせる。


「しゃーない、背負ってみるか……」


 水瓶に背を向け、下から両手を差し込み、よいしょと背負ってみる。

 側から見たら水瓶ちゃんおんぶ状態。


 ん……? 軽い……? もちろん身体強化済みだが……、一キロもないだろか。


 見た目よりもずっと軽いことに、驚く。


 ——カチャカチャ


 後ろから音のする方を見ると、リリーがドアに鍵を閉めている。

 俺と同じ様な格好をして、リュックを背負っている。

 カギをしまい、こっちに振り返る。

 瓶を背負った俺を見て……。


「……なにその格好、く、ダメ、笑ったらセイに……ぷっ…… 水瓶を背負ってる……ぷっぷっぷ……だめ、我慢できない!」


 リリーはオレの姿を見て笑い出す。


 おいコラ。こっちは、言われた通りに背負っとるんぞ。

 記憶喪失の異世界人なめんな!

 俺はリリーを睨む。


「ごめんごめん。あまりに似合ってるから、ぷぷっ」


「ぷぷっじゃねーよ、てか、似合ってもねーよ!」


「だけど思ったより軽いでしょ?」


「……そうだな、以外に軽い」


 するとリリーは、スタスタとこっちに来るなり、いきなり俺の胸を叩き、顔を近づける。


「君も神血の玩具トイイコルなんだからそれぐらいヒョイっと持ち上げれないとね。それにこれは身体強化の持続力強化の訓練も兼ねてるんだから!」


 赤い髪が肌に当たる。か、顔が近い……。


「ゴホッゴホッゴホッゴホッ! わかったよリリー」


 わざとらしい咳をして、距離をとる……が、「特訓中は師匠でしょ?」——さらに近づいてデコピンをしてきた。


 ——バシッ!


「いっでっーー!」


 痛みで目の中に星が飛ぶ! こいつは加減をしらねーのか!


 涙目でリリーを見返す……だけど、どこ吹く風で、俺を置いて歩き出している。


「じゃあ、行くかーー! 日が暮れる前に帰ってくるぞ! セイ!」


 額をさすりながら、ため息をつく。

 自由奔放すぎるだろこいつ……だ、大丈夫なのだろうか?


 多少の不安を抱きつつ、リリーの後ろをついて歩く。


「……はいはい、行きますか……おシショーさん」


 よいしょっと、水瓶を背負い直して歩き出す。

 



 □□□□□□□□□□




 ——風が吹いている。

 

 気持ちのいい風だ。

 向かいからではなく、後ろから吹く風。

 暖かく、優しい風は俺とリリーを押し、一緒に走り……しばらくしたら……どこかに消えゆく。


 ——風は自由だ。


 空は明るく青く、眩しいぐらいに晴れていて、どこまでも広く澄んでいる。


 出発して一時間は走っただろうか。

 今は砂利道を走っているところだ。


 最初は草原の中にある、細い道をひたすら走った。

 だんだんと景色も変わって来て、草原が砂利になり、三メールはあるだろうか、大きな岩がゴロゴロ転がっている地帯に入ったところだ。


 ——走る、走る、ただ走る。それだけ。


 自分の足音と呼吸、それ以外は、青い空と風しかない。

 身体強化のお陰だろうが……これだけ走っても疲労感がない。

 おかしな感覚だ。普通、感じるはずの疲れがない……。


 ……神の血か。


 俺は前を走るリリーの横に並び、……気になった事を聞いてみる。


「師匠、この力はガス欠——……、うーん、使いすぎて倒れたりはしないのか?」


 軽快に大地を蹴り走るリリーは、「ああ、それはない。神の血から得る力は終わりがない」と速度を落とさず答える。


 二つの地を蹴る音が重なる。


「つまり、使いたい放題ってことか?」


「そうだよ。命が消えるその時までね」


 死ぬまで力は尽きることはないってことか……、逆に言えば……、神血の災厄ディザイコルも……か、……そら勝てんわけだ。


 リリーは周りを見て、「そろそろ魔物が生息する地帯にはいるから、その前にお昼にしよっか」


 そう言うと、リリーはゆっくりとスピードを落として最後は歩きだし、——ヒュッと、近くにあった五メートルほどの岩の上に飛び乗る。

 上から「セーーイ! こっちに座って!」と大声で呼んでくる


 俺は立ち止まり、水瓶を静かに地面に降ろす。


「へいへい」と、軽い返事を返し、ジャンプする。


 ——トンッと、隣に着地すると、リリーはリュックの中から水筒と干し肉を出して俺に渡してくる。


 俺は慣れたもんで、黙って受け取り、口で千切って食べ、水筒に口をつけて飲む。


「目的地まで後どれぐらいだ?」


 リリーも同じように食べながら、「もうちょい、でもこの辺りから魔物がチラホラ出てくるから危ないよ……」


 チラホラってどれぐらいよ……。


 ゴクリと飲み込むと、「馬鹿デカイってやつね、はあー……食べられんよう頑張って走ろ」


「セイは大丈夫だよ、私が鍛えたんだから」


 リリーを横目で見る。うん? なんだか元気がないような……気のせいだろうか?

 

 そういえば、最初はギャーギャーとうるさかったのに、この地帯に入ってから妙に静かだ……。


 俺はわざとおどけながら、「なーんか、元気ないみたいだけど、まさか師匠、これぐらいで疲れた訳ないよね〜?」ふにゃふにゃと体を動かしながら、大げさにおどけながら聞く。


 モグモグごっくんと干し肉を飲み込んでリリーは、「これぐらいで疲れわけないでしょ。ただね……、前いったよね、私の村が災厄に襲われたって……この近くに私の村があった……あったんだよ」


 リリーは胸元から、小さな小瓶だろうか? ネックレスの先に付いた物を取り出し「これは、お父さんの形見。久しぶりにこの辺の景色を見たら思い出してきてね……」


 周りをぐるっと見渡し、小瓶を胸元に仕舞う。


「私の村はね、温泉が有名だったのよ。山からお湯を引いてきてね。怪我をした神血の玩具トイイコルが湯治に来たりしてね……」


 リリーはずっと遠くを見て、少し笑う。


「村がね、みんなが無事だったらよかったのに……なんて、そんな事、ある訳ないのに……考えちゃうんだ」


 遠い空を見上げるリリーの横顔。


 その青い目は、泣き出しそうに見えて……見ていて胸が苦しくなって、だけど、とてもとても透き通っていて綺麗だった。


 ——ああ、ひとつだけ分かった。


 俺は立ち上がって、座ってこっちを見るリリーを真っ直ぐ見つめる。


 自然と言葉がでる。


「俺が……リリー、君を守る」


 一瞬、空気が固まり……。


「ぷっ、なんだよそれ、私に告白かい? あははははは」


 最初はビックリした顔を見せたリリーは、次第におかしくなったのか、目尻の涙を指で拭きながら笑っている。


 顔が熱くなる。


 そりゃ、自分でも意味不明だって分かってるけど、そんなに笑う事はないだろーってまあいいか……。


 だけど、何でもできる。そんな気がして……もちろん、勘違いなんて百も承知だ。


 俺は、君に会うために、この笑顔を守るために——。


「ごめんごめん、悪気はないんだ。びっくりしてね」


 リリーは少しだけ赤くなった目で俺を見て、「ありがとう」とにっこり笑う。


 ——ここにいるのかも知れない。


「じゃあーセイはもっともっと強くならないとね! 私を守れるぐらいに! 災厄も倒せるぐらいにね!」


「まかしとけ!」


 俺は浮かんだ気持ちをしまい……強く頷く。


「じゃあ、また水瓶背負って走ろうか?」


 げげ! いい感じに忘れてたんだけど……。


 リュックに素早く荷物をしまい、岩山からリリーは素早く飛び降りる。


「じゃー、残り半分はスピード上げていくよー!」


 下から大きな声で聞こえてくる。


 はーい……、しゃーない! 走るか!


 飛び降りた俺は、もう走り出しているリリーを追いかける。




 □□□□□□□□□□




 ……そして今、俺とリリーは数匹の恐竜に追いかけれていた。

 なんだよこれ! 馬鹿デカイって程があるだろ! 十五メートルはあるぞ! 

 耳をつんざく足音が無数に俺とリリーに迫ってきていた。

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