第七話 三十と一日

 ——ガッ! ガガガガッ!


 くっ、数が多すぎる……それに一撃、一撃が重い!


 ——ドスッ! ドガッ!


 ダメだ! 捌ききれない!


「ほらほらほらーその調子じゃー、今日も夜の晩御飯の後片付け、セイになるよー」


 涼しい顔をしたリリーは、のんびりと話しながら、嵐のような連続攻撃を俺に浴びせてくる。


 ——ガ、ガ、ガガ、ガガガッ! ガガガガガガガガガッ!!


 リリーの速度がさらに——あがる。

 

 俺は身体強化を切らさない様に——集中しながらギリギリで攻撃をかわし、受ける。


 ひたすら攻撃を受け耐え続ける。


 ——ガッガッ! ドンッガッガッ……ガッ……。


 ……極限の集中力のなかで、攻撃の音も周りの音もだんだん聴こえなくなる……。


 無音の世界の中にいるのは、俺とリリーだけだった。


(いいね、セイその調子だよ)


 ……蹴りを弾き……、左手の拳をかわし……、——ここだ!


 続けて放たれる、リリーの右の拳を俺は左手でそらし、——そのまま回転して裏拳を放つ! が——


(狙いは悪くない! だけど! 甘い!)


 しかし、リリーに腕を掴まれ一本背負いごとく、背中から地面に叩きつけられる。


 ——グシャッ!


「ぐはっっ!」


 俺は強く地面に叩きつけられて、体の半分がめり込む……ううう……いってー。


「どう? もう降参?」


 覗き込んでくるリリー。

 その目は相変わらずクリクリと大きな目に青い光を帯び、笑みを湛えて俺を見てくる。


 ……くそっ! なんでまーこう……可愛いかな!


「いや、まだだ!」


 悔しさをバネに、背中をさすりながら立ち上がる。


「いいね! じゃあー、私に一本入れたら……一つだけ何でも……お願い聞いてあげる!」


 ——な、なんだと……何でもだと……何でもだとー!?


「……言ったぞ……師匠! 絶対、一本とるっ!」


 リリーはニヤリと俺を見て、


「君なんか、ものすごくエッチな目してるよ? やだなー、変態は足腰立たなくして、深い谷底に捨てちゃうよー?」


 か、可愛いくせに……恐ろしい事をサラッと言う。


「勝てばいいんだろう、勝てば!」


 俺はリリーを見返す。


 屈伸して背を伸ばし、大きく息を吸って吐く。


 さーて、いくか。


「絶対、負かしたる!」


 全身に再度、身体強化をかける。今の自分できる最大限の力で。


 俺の体は一瞬、光り、すぐ何もなかったように消える。


 リリーは構えをとりながら。


「でも、この短期間で随分上達したね。中級の魔物なら勝てるんじゃない?」


 俺も構えながら、


「でも師匠には、一度も攻撃が当たってない」


 リリーは大きな声で笑い出す。


「あはは! そりゃそうだよ、私は上級の魔物より強いからね」


 中級とか上級とか、物差しがわからねーよ……。


「じゃあ、二回戦目だね」と、——手の平を上にして、くいくいとっ二回、リリーは俺に向かってバカにしたように、手招きする。


 くそっ、なめとるな、ギャフンと言わしたる!


 息を吸い、吐く。


「はあーーーー……、いくぞ!」


 地面を思い切り蹴り、飛び出していく……。


 数分後……。


 倒れた俺の背中を、足で踏みつけ、勝利のガッツポーズをとる師匠、リリーがいた。


 


 □□□□□□□□□□




 俺がこの世界に来て……三十日と一日がすぎていた、つまり、カッコつけたけど一ヶ月ってこと。自分自身の事も分からないまま、毎日はそれなりに忙しく過ぎていった……。


 ただ何もせず、いたわけじゃない。覚醒したあの日から……。


 リリー、師匠にいびられ、いやいや! 愛ある特訓を毎日受けていた。それなりに、強くなったと思うけど、リリーには一度もまだ、勝てていない……。


 はーー、大体、俺はなにもできずにサンドバック状態……、強すぎだろあいつ!




 □□□□□□□□□□




 朝の訓練が終わって、俺は遅い朝ごはんを作っていた。


 ——昨日、狩って捌いておいていた鳥肉を一口サイズに切り、香草と塩をと和える。

 熱したフライパンに油を引き、よく熱くなってから肉を投入。

 ——ジューと音がして、美味そうな匂いがキッチンに立ち込める。

 火が軽く入ってきた所で、塩を振り二本の棒でひっくり返す。

 火を少し弱くして蓋をする。その間に今朝森で採ってきたキノコを洗い、頃合いをみて蓋を取り、一緒に炒める。

 しばらく火を通したら……少しだけ鳥肉を味見する。


「よし」


 最後にまた、塩を振り味を整えて皿に盛っていく。

 包み野菜も他の皿に用意して、机に並べていく。


『包み野菜の鳥肉キノコ炒め』味付けは塩のみだが、シンプルにうまい。


「うん、うまいな! セイの作るごはんは」


 並べた料理にさっそく、リリーが美味そうにかぶりつく。

 ……俺は何故か? 料理を作るのがうまかった。最近じゃ、俺が料理当番になっている。


 モグモグと食べるリリー。その姿はまるで小さい子供だ。

 あーあー、口のはしに肉汁ついてるし、机に中身こぼしてるよ……。


「リリー、こぼしてる」


「ああ、ごめんごめん」


 全然、どーでもよさそうにリリーはかぶりつく。

 綺麗な青い目、み空色の目と赤い髪にもなれたけど……。

 やっぱり、まだ……たまにドキッとさせられる……。

 気にしないように、ガブリとかぶりついた朝飯は俺の満足いく味だった。


 ……突然、リリーは食べる手を止め、「食べ終わったら、小屋の裏にある水瓶背負って、水汲みにいこうか」


 ん? なぜ?


「水瓶の大きさはセイの身長ぐらいあるけど、大丈夫、大丈夫。今のセイなら楽に背負えるよ」


 鳥肉の汁を口の端につけて、ニカッと笑うリリー。


 ……意味が分からん……。


「水ならいつも近くの沢から汲んできてるじゃないか」


 俺はリリーに聞く。

 リリーは頭に何かを乗せる謎のポーズをして、「たまには風呂にはいりたいだろー、特訓の一環だよ、ここから南に二時間ぐらい走れば火山があるんだ」


 火山?


「そこに、温泉が湧いているんだ、それを水瓶に入れて帰って来る」


 いや、それ現地で温泉に入ってくればよくない!?


「ちなみに、地熱のせいか、よく成長した馬鹿でかい魔物が沢山いるぞー」


 いや、なんの成長期? 全然嬉しくない!


「今の君ならいける……かな? 大丈夫、大丈夫! 私も一緒に行くしな!」


 なーんか不安になりそうな事を言って、笑いながら立ち上がるリリー。


「温泉作戦、発動!」と、大声をだし……俺に同意を求めるように……じーーっと細い目で見てくる。


 なんだかわからないが、激しく頷きたくない。

 嫌そうな顔をして見返していると……ジト目のリリーの目がウルウルしてくる……。


 あーはいはい、わかりましたよっ!


「でも、いいのか? まだ町に帰らなくて」


「別に急がない依頼だから」


 はあーー……。


「わかったよ」


 リリーはいつもように強引に俺の手を掴んで「じゃあ、いこう!」と引っ張る。

 いや待てよ! 俺まだ食べてるよ!

 無理やり立ち上がる。


 ——ガタンと鳴る椅子。


 仕方なく、一気に飲み込んでついていく。

 でも、後になって思い知る。異世界は俺の常識が通じないと——。

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