第六話 魂のカケラ

「——ぐはっ!」


 腹を蹴り上げられ、——三メールほど空中に飛ばされる。


 ——ドンッ!


 地を削り、空に飛びあがるリリー。それはまるで力を振り絞って放たれた矢だ——


 楽々と俺追い越すと……クルッと態勢を変えながら、そのまま一回転して背中に——蹴りを放つ。


 ——ドゴッ!!


 衝撃を受け、真っしぐらに地面に——落ちる。


 ——ズシャーーンッ!!


 衝撃でモウモウと爆散する土煙。

「いってー……」派手に地面に叩きつけられた俺は言葉を吐く。

 痛む体をさすりながら……ヨロヨロと、前も見えない砂煙の中から立ち上がる。


 少しずつ晴れる煙……の向こう——

 リリーは息ひとつ乱さず、三メートルほど先で腕を組んで立っていた。


「まだ血を感じない? セイはなかなか頑固だなー」


 俺は、口に入った砂を——べっと吐き出して——


「いや、リ、師匠! 死ぬぞこれ!」


「んー、これは……もっと……死ぬ寸前? までいかないとダメかな? 時々、白くセイの体が光ってる気がするんだけどな……まだ手加減しすぎかもね」


 ポキポキと指を鳴らし、物騒な事を言いながら近づいてくるリリー、今や悪魔にしか見えない……。

 ——これで!? 手加減? まじか、血を感じるって……。


「わしゃ病み上がりやぞ!! 異世界はスパルタすぎるーー!!」


 俺の虚しい叫び声は、誰にも届くことなく消えていった。



 ——話は少し前に戻る。




 □□□□□□□□□□




 特訓だー! 食事が済んだ二人は建物の外に出る。

 元気よく笑うリリーに俺は、手を引っ張られている……。

 見上げると、太陽が輝いていた。雲一つない青空が広がっている。


 そして……。


 あの時見た、白い月も……三つ、浮いている……。


 それを見て、改めてここは異世界……なんだなって、どこか人ごとのように思う。

 

 知らないいところ、何処に向かっているか分からない感覚。

 漠然とした……不安。地が足についていない感覚……。


 恐怖——


 ……でも、今見上げた三つの月は綺麗だった。

 多分、認めたからなんだと思う、この状況を……自分の事を。


 ——手を離すリリー。


 突然で軽く驚き、考え事をしていた俺はつまずき、止まる。


 思考を戻し……振り返って、出てきた建物を見る。

 丸太を組み合わせて建てられている……ログハウス風? の小屋が立っている。


「ギルドの持ち物だよ。私が今回、借りたんだ。薬草が生えている森が、ここから一番近くてね」


 リリーが、俺の横に立って説明してくれる。


 小屋を背にして正面を向くと、結構広い空間がある。円形の広場で四、五十メートル四方はあるだろうか?

 ちなみに靴はさっき、リリーから貰った。丈夫そうな革靴だ。聞いた話では、いざという時に備えて、この小屋に色々と日常品とか装備品とかを置いているそうだ。


 服は小屋を出る前に、二人とも動きやすい短い丈と袖のシンプルな上下の服に着替えている。


 リリーは俺の方を向いて。


「さてと、始めようか……まずは体内にある神の血を感じるところからだね」


 前方に歩き出すリリーに俺はついて行く。


「——とは言っても、なにかきっかけがあればすぐ、わかりそうなんだけどな……」


 リリーと俺は、広場の真ん中あたりで止まる。


(本当は、簡単な方法があるけど……あれは……ないない!)


 リリーは頭をブンブン振って。


(とりあえず、体に危機感を与えてみるか!)


 バッと振り返り、「ちょっと戦ってみよっか?」と俺を見て、リリーは笑ったのだった。



 ——今に至る。




 □□□□□□□□□□




 砂を吐いた俺はリリーを見る。神の血とやらは、まだなにも感じない……、さっき蹴られた背中がズキズキと痛む。

 リリーは俺の前で、組んでいた手をだらっと垂らして……ゆくっりと構える。

 右手を軽く開き前に突き出し、左手は脇にそえて、俺を真っ直ぐ見る。


 俺の額から汗が一雫落ちる。


 リリーをなんとなく真似をして、同じように構えてみる。

 はっきり言って分からん……が、やってみる。


「さーて、セイ。君の血は、なかなか頑固ものだねー、もうちょい……強くいくよ?」


 リリーは右足を軽く踏み込み、


「死なないでね」


 ——ドンッ!


 地を蹴る音。


 俺めがけて真っ直ぐに跳んでくるリリー。


 ——見える!


 正面から来る——右の拳をギリギリ体を横にして躱す。


 あっぶねー!


(お、ならこれは?)


 ——ザッ!!


 リリーは無理やり踏みとどまり、右足を軸に回転蹴りを繰り出す!


 ——ドカッ!


「くっ!」


 なんとか腕でガードしたが、そのまま吹っ飛ぶ。


 ——ズザザザザザザザーーーー!


 両足で地面を削りながら何とか止まる。


「くそ、いってーな!」


「あれ? なんか動き良くなってるよセイ。アレを躱すとはなかなか」


 リリーは嬉しそうに笑っている……戦闘狂かよ……。


「う―ん、もう少しな気もするんだけどな……よしっ、ちょい荒療治」


 リリーは右手を上にあげて。


(威力は弱めで、見た目は派手で)


「解放!」


 ——バリ、バリ、バリ、バリッ! バリバリバリバリッ!


 リリーの掲げた右手の上に光る玉が生まれ、徐々に大きくなる。

 大きくになるにつれ、雷のような紫電がまとわりつき始める。その大きさは三メールほどまで止まり——


「えーい」


 それをセイに向けて投げる。


「——いやいやいや、ま、じ、かよ!」


 俺は全力で右に跳ぶ……が——


 ——ギュンッ!


 光る玉はグルンと右に曲がり、地面を削り追いかけてくる。


「な、なに!」


 それを今度は左に大きく跳んでかわす。


 ——ギューーンッ!!


 横を通り過ぎた玉はUターンして、また俺に迫ってくる。


「それ私が操ってるから追いかけてくるよー」


 遠くでどこか呑気なリリーの声。

 目の前に迫る光る玉。


 ざっけんな!!


 右手を突き出して、左手で右手首を掴み支えて——


「うおーーーーっ!」


 ——ドドンッ!


 受け止める!!


「ぐ、ぐぐ、ぐぐぐぐ……神の血よ……俺の中にあるなら、さっさと力を貸しやがれっ! うおーーーー!」


 ボヤッと光り出すセイの体。


(お? なんか……いい感じ? ここで、爆発させたらどうかな?)


 ——ボコッボコボコッボコッ、ボコボコボコ!


 な、なんだこれ……ま、まずいっ! 光る玉が……膨らみ——


 ——カッ!!


 爆発した!!


 ——ドッカーーーーーーンッ!! ヒュルルルルル——


 爆炎のなかから吹き飛んだセイが、矢のように飛んで——ベシャッ!


 地面に突き刺さった。


「あれ? なんかもう少しだった気がしたんだけど……、生きてるーセーイ?」


 歩いて近づいてきたリリーが、気を失ったセイを地面から引っこ抜く。


「はー、ダメだったな……どうしよっかな」


 ……う〜ん。


(あの方法しかないかな……恥ずかしいけど……気を失っている今なら……いいか……)


 私は、土と砂で汚れたセイを優しく叩いて綺麗にする。地面に座って膝の上に……そっと、頭を乗せる。


(うーん、親が生まれたばかりの子供にする儀式なんだけどなー)


 頭を撫でて髪をすく、セイはダラッとして気絶している。


(こう見たらまあまあ、かな? って決してカッコいいまでは——いかないからね!)


 心臓の鼓動が周りに聴こえそうなぐらい、大きくなってくる……。


 私は浅い深呼吸をする。それは……寝ているセイを起こさない様に静かに……。


 顔が熱い。きっと頬は真っ赤になっているだろうな……胸がドキドキうるさいなー、もうっ!


(はあ、仕方がない、君の為だ……)


 舌で唇を濡らし、目を閉じ……顔を近づけて……。


 唇をセイに……重ねる。


 柔らかい感触は、私のドキドキを更に加速させる——濡れた唇がセイの口の奥に入るかのよう、ねっとりと強めに重ね……ゆっくりとはなす……。


(はあ……恥ずかしすぎて死ねそう……だけど……)


 真っ赤な顔で恥ずかしそうに、優しく、リリーはセイの頭を何度か撫でる。


(これでセイの中に入ったはず、血液でもよかったんだけど……これで、いいよね……もうっ)


「誰にでもこんなこと——しないんだからね!」


 寝ているセイの鼻をつまむ。


「この、幸せもの!」


 空を見上げて……、「君はどうしてこんな世界にきたんだろうね……セイ……」


 そして思う。


(私は……君の事を自分の復讐に利用しようとしているのかも……)


 リリーの独り言と心の声は空に溶けていった。




 □□□□□□□□□□




 ——魂のカケラ135番体目に、神の血の覚醒を確認。

 体内の全血液中に——0.0000000001%神の血を観測……スキル創造により、血中濃度を上げる事は……、計算上可能。引き続き監視しを続けます——




 □□□□□□□□□□




 目を覚ますと……目が合う……リリーが心配そうに俺を見ている。


「あ、大丈夫? すぐ目が覚めたね……どうしたの?」


 ぼーーっとする頭が少しずつ……覚める……この柔らかい感触は……? 頭の下の……こ、これは! 太ももっ!?


 ガバッと飛び起きて、ゴロゴロ転がり——立ち上がる。


「リ、リリー。なな、なにをしてるのかな」


 着いた砂を払いながら、動揺を隠して……ダメだ……感触が……残ってる。


 リリーも立ち上がり、「なにって君が心配だったから、こうして様子をみてたんじゃないか」


「ひ、膝枕して?」


 クスリと笑って、いたずらっ子みたいな顔で、「そうだよ、嫌だったかい?」


 首を傾げて聞いてくる。


 それは、今の俺には……突き刺さる。


 可愛い過ぎる……。

 

 激しく首を左右に振り嘘をつく、「ビックリしただけ……、あれ? なんか、でも体の調子がもいいかも……」


 な、なんか、調子狂うな……はあー、さっきまで俺のことボコボコにしてたくせに……心臓に悪い……。


「それは良かった、何か変わったことはないかい?」


 何か……? これは?


 俺は、右手を見て左手を見る。わからないが、わかる。神血の玩具トイイコル……神の血が……体の中に流れているのがわかる。

 俺は、「解放」と言い、指先に光る玉を生む。

 それは小さいが、力の形。三センチぐらいの光が、俺の指先に浮いていた。


「おおっ! セイ! やったじゃないか! それだよそれ!」


「……なぜ急にできるようになったんだ?」


 俺は光を消し、リリーに聞く。


「寝てる間に、なんかいいことがあったんじゃないかな? はははは」


 露骨に目をそらして、なぜか顔を赤くしてリリーは笑っている。


「まあまあ、いいじゃないか。さあさあさあ、次は身体強化にチャレンジしてみよう!」


 話をそらしたな……怪しい……身体強化か。


「どうすれば?」


「簡単に言えば、饅頭になるんだセイ!」


「はいー? 饅頭?」


「あんこが自分で……皮が……」




 日はまだ高く、スレイトラッドは平和だった。

 だけど。

 俺はまだその時、事の重大さを理解していなかった。異世界人が持つ事のないはずの神の力、その意味を……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る