第五話 異世界も悪くないなって思ったんだ

 リリーは真っ直ぐ俺を見る。


 ……青い目、吸い込まれそうな——み空色に俺はドギマギしてしまう——

 だけど、その目は真剣だ……。


 リリーは、ひとつ……息をして。


「——災厄は人々を喰らい殺しまくったんだ」


 俺はゴクリとつばを飲み込む。


「どういう……ことだ?」


 リリーはコップを手に取り、気持ちを落ち着かせる為、……少しだけ口に含み、ゆっくりと……ゆっくりと飲む。 

 

 ——そして話し出す。


「人はこの力に気づくのが遅すぎたんだ……戦い、抵抗する者も沢山いたと言われている、けど……」


 苦い顔をして、静かに机の上に置いた右手の拳をにぎり……。


「本能なのか、魔物特有のなにかがあるのかは……、わからない。だけど、奴らは人を殺し、喰い、レベルを上げ続けた。人は最後、ただ逃げることしかできなかった……」


 災厄……か、しかし、俺は頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。


「……一千年前の話なんだろ? いくら強いといっても……寿命があるだろう」


 ——リリーは首を横に振る。


「奴らは生きている。一千年たった今でも人を殺し喰らっている、理由はわかってない……」


 そして、うつむきながら話を続ける。


「ギルドにも災厄を目撃したという情報が、そんなに頻繁ではないが、入ってくる。……それに、十年前になるが、私の村も襲われた……」


 一千年生き続ける生き物が、人を殺して喰らうって……無茶苦茶すぎるだろ……。


 ——リリーの村が襲われた?


 俺は息を飲み、うつむいたままの——青い目の彼女を見る。


「リリー……その村はどうなったんだ……?」


 ——ふう……息を吐き出し、顔をあげて……悲しげにその目を伏せながら……。


「助かったのは私だけだよ……地下室に逃げていて奇跡的に無事だったんだ……」


 ——それじゃあ、リリーの家族や村の人は……みんな……。

 俺は小さく頭をさげ「悪かった……」と小さく声を出しあやまる。


「なんでセイがあやまってるんだよ、昔の話だよ。もう今は大丈夫。気にしなくていい」


(——それに、私は……かならず奴を……)


 …………。


 小さな沈黙の後、それを嫌がるようリリーは突然、スープを勢い良く食べ始める。

 俺も一口二口、口にする。

 しばらくは『カチャカチャ』と食事の音だけがキッチンに漂う。

 食べ終わったリリーが、一息ついて話し出す。


「……奴らは突然現れ、破壊し、殺し尽くしたら、何処かにいってしまう。未だにまだわかってないことが多いんだ……」


 リリーは、左手にアゴを乗せテーブルに肘をつき、右手で器用にスプーンをくるくると回して……さっきの空気を誤魔化す様に——屈託なく笑う。


「災厄に出会ったら兎のごとく逃げろってね、親が子供に読み聞かす、そんな絵本があるくらいだよ。見たら逃げろーってね」


 スプーンを回すのをやめて、握りる。

 その手を高く伸ばして——、うーんと背伸びをし、欠伸まじりに、なにかを隠す様に。


 欠伸をひとつ。


「ふああ……大体こんな感じなんだ、この世界、スレイトラッドはどうだい?」


「……なんとなくわかった、くそったれってことがな……」


 ガシガシ頭をかく、言葉がでねえよ……知らねえよ……こんな時、なんて言えばいいかなんて——そんな俺を見てリリーは笑う。


「じゃあー、まずは……強くなろうかセイ。今のままじゃー直ぐに死んじゃうよ? 弱者は世界に簡単に殺されちゃうからね」


 ——ガタンッ、と、いきなり椅子から立ち上がり、いきなり俺の肩を掴み、「なんかいいコトワザあるじゃない? あれ、なんだったけなー……」


 ——いやいや! 顔近い! なんか、いい匂いするし! コトワザ? 異世界にコトワザがあるのか!? なんだ?


「えーと、あっ! 思い出した! ケツは熱いうちに打て! だね!」


「——それ鉄だから! ケツ熱くなんねーから! それただ痛いだけだから!」


 おい、異世界……微妙に間違ってるぞ。誰だ? こんなのを教えたのは。

 リリーは肩から手を離し、今度は背中をバンバン叩いてくる。


「どっちでもいいじゃん! 後、揉み揉みの罰も忘れないでねー、私、虫が苦手なんだ。だから代わりに薬草をとっときてね」


 へ? 虫? いや、俺も苦手ですが?


「——よし! 特訓だ! 血の力を使えるように特訓だ! 今から私は君の師匠だぞー。泣き言なんか言ったら! ゆるさないぞ!」


 何か良いことがあったみたいに、子供みたいにリリーは笑っている。


 ……はい? 昨日の今日で特訓? 大丈夫か俺……体に持つかしら? やるしかないか……。


「わかった、師匠! 俺を災厄にも勝てるぐらいに強くしてくれよ!」


「それは無理!」


 ……ズコーン。


 む、無理なんかい、合わせたんだから……そこは嘘でも、まかせろ! とか言えよ……。


「じゃあー、セイは体の調子はどう? きつかったら明日からにするけど?」


「……いや、大丈夫。あの黒い謎の薬のおかげで痛いところはない」


「失礼な奴だなー、結構いい薬なんだぞ!」


 目を細めて——俺を睨むリリー。


 それは、俺の心臓の鼓動を早めるには十分だった。

 や、やばい……可愛いかもしれない……。


 そんな俺の気も知らずに——。


「わかった。じゃあ、ご飯食べ終わったら、外にでて軽く、力の使い方を教えようか、まだ日は高いから時間はあるぞ!」


 はあー、……しゃーない……、この世界で生き残る為に、か……。

 俺は出来るだけ前向きに。


「わかった、よろしく」


 手を伸ばす。

 リリーは一瞬、キョトンとしたが、すぐ手を伸ばし握手をする——


「よろしくな、セイ……折角の異世界だ!

 楽しんでいこうぜ」


 にかっと笑うリリー。


 ……折角ってなんだよ……記憶も曖昧なんだ……ぜ——


 だけど、俺は、まあいいかって……思っちまったんだ。


 こんな笑顔……見たら——異世界も悪くないって思ってしまったんだ。


 俺は自然と笑って手に力を込める。

 初めて食べた料理の味を、俺は忘れないだろう。

 まあまあ、美味かった。だが、握り返されて、激痛で泣いたのは忘れよう……。


「いででででででー!」


 リリーは俺の手を嬉しそうにグリグリとにぎにぎしていた……。


「もうはなしてー!」

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