第四話 世界のはじまり

 ……寝ていた部屋から出ると、そこは……どこにでもありそうなキッチンだった。

 真ん中に四人掛けのダイニングテーブルがあり、壁には簡易な料理ぐらいしか出来なさそうな小さなキッチン。

 玄関と思しきドアと、もう一部屋あるのだろうか? ドアがあった。


「さあさあ、好きな所に座ってくれ」


 リリーに言われるがまま……適当な椅子に座る。

 俺の前に皿とコップ、スプーンが置かれる。

 皿の中には、何かの肉と野菜が入ったスープが入っている。

 スープは湯気がたっていて……いい匂いがする……。

 ——自然と小さく腹が鳴る。


 向かいにリリーが座る。


「食べよう。体力回復にはまず、食事が大切だからな」


 俺は……恐る恐る、一口食べてみる。


「どう? 口には合うかい?」


 ——リリーがちょっぴり心配そうな顔で聞いてくる。


「……ああ、想像していたよりずっと普通だ」


 鳥肉だろうか? それと野菜が沢山入っているスープ。鳥で出汁をとったのだろう、塩味で思ったよりうまい。


「普通って……なんか他にないのかい? おいしいとかさ…まあ、いっか……食べながら聞いてよ」


 苦笑いをするリリーは左肘をつきながら、右手で持ったスプーンでスープをすくい、モグモグ食べ始める。


「そうだな……セイのいた世界には神様っていたのかい? 概念的ではなく、実体……存在としてさ」


 食べながら俺は答える。


「それが、うまく思い出せないんだ……だけど……多分、いなかった気がする」


「うーん、記憶喪失……? 転移の影響かな? 一時のものだと思うけど……そうか…いなかったか」


 コツコツとスプーンのお尻で机を叩き、またすくって一口食べると、続きを話し出す。


「でも、——このスレイトラッドには神がいるんだ。いや、逆だな……神がいるからスレイトラッドが生まれた」


 リリーは明らかに……俺から見て一瞬、——怒りの顔を見せて——


「……神の暇つぶしのために創られた世界、それがこの世界なんだ」


 ゴホンとセキをひとつして。


「伝承にこうある……人間を創り飽きて、魔物を創り飽きて、様々な物を創り、飽きてしまった神様は……、——最後に自分の血を一滴、世界に落としたってね」


 リリーは両腕を組んで、難しい顔で話す。


「よっぽど飽き飽きしてさまった神様は、自らの力を与える事で、暇をつぶせる……面白いことが……起こると思ったらしいよ。できたのは……神の血を引いた人間と、……魔物だよ」


 俺を指差して言う。


「——つまり、君と私は神の血を引いている。——人は、この力を神血の玩具トイイコルって呼ぶ。そして神の血を引く魔物は、神血の災厄ディザイコルと呼ぶんだ」


 リリーは、大きく息を吸ってため息混じりに吐き出す……。


「……それ以来、人の神血の玩具トイイコルと、魔物の神血の災厄ディザイコルは戦っているのさ、神様を楽しませる為に」


 俺はリリーの目を見る。


「——楽しませる為に戦っている……? 人は神のオモチャ、見世物なのか?」


「そう。私たちは、神の血を引いた玩具なんだよ……皮肉だろ? 人々を救う筈の力で殺し合うのさ」


「神の血……戦うことはやめれないのか?」


「それは、出来ない。なんせ、神血の災厄ディザイコルは人を見ると絶対襲ってくるからね」


「その力を使ってどうにかはできないのか」


「引いてるといっても微かだからね。体が頑丈になって、少し力が使えるぐらいだよ。こんな風にね」


 リリーは人差し指を立てて……。


「——解放」


 指の先に光る玉? が生まれる。大きさは三十センチぐらい。音もなく指の、五センチほど上に浮いている。


「それは……?」


 俺の目の前で、光る玉を宙に浮かすリリー。


『ヒュン、ヒュン』と、——天井と俺たちの頭の上をいったりきたり……光の玉を操るリリー。


「力の一つだよ。これを使って君を助けた。相手に向かって投げつけるんだ。訓練すれば君にも使えるはずだよ」


 ……たしか、あの化け物の頭がいきなり爆発した……あの時か……。

 俺は両手を机に置き、聞く。


「どうすればその力を使えるんだ?」


「訓練すれば君もつかえるよ。でも……君、シックスソックス……追いかけられていた魔物から一撃を受けたよね。——あれ、力で防御しなかったら木っ端微塵になってるから。……多分、無意識に少しだけ身体強化してるんじゃないかな」


 ……無意識……俺は自分の手を見る。


「もしくは、体がすんごい丈夫とかね」


 けらけらと何が楽しいのか、嬉しそうに笑いながら話すリリー。


「大体、まあまあの力で私、君を殴ったし、普通あれぐらいの怪我じゃ済まないはずなんだけどなー」


 ……いや……笑えねーよ。俺は顔の頬を引きつらせながらリリーを見る。


「あれは、俺を追いかけていたのは、神血の災厄ディザイコルではないのか?」


 リリーはうなずくき、光の玉を消す。


「——違うよ。中級クラスの普通の魔物だよ。訓練した神血の玩具トイイコルなら一対一でも勝てる魔物」


 俺は考える、あの魔物は普通……。


「つまり人は神の血を引いてるが、魔物は全部ではない?」


「そのとおり。全体の一割、二割ぐらいかな。数は多くないけど、神血の災厄ディザイコルは一体で村を滅ぼす力を持つ……そのほとんどがボスキャラだよ。神様はその数で、人との戦力が同じぐらいだと思ったみたい」


 目を閉じ、ゆっくり開け机を見るリリー。


「だけど実際は……私たちは、こそこそ隠れて生きているのが実情なんだ。やつらは強すぎるんだ」


「数の上では戦力は同じじゃないのか?」


「……レベルがあるんだ……」


「レベル?」


「神の……悪意あるいたずらだよ。血を引く敵を殺せば殺すほど強くなるんだ……遥か昔、まだ、神の血のことなんかまだ誰も気づかなかった、約一千年前……」


 リリーは俺の目をまっすぐに見る。そして、ひとつ息をして。


「……災厄は人々を喰らい殺しまくったんだ……」

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