第三話 リリー

 私はリリー。

 

 薬師をやっている。

 ……とは言っても医者の知識はあまりない、と言うか苦手。

 切ったりはったりする細かいことは、嫌いなの。

 

 専門は薬。回復薬や毒消しを作ったり、たまに頼まれると毒薬なんてものも作る。

 後は……エクスプローラとして、ギルドから依頼を受けて魔物を狩ったり、人助けしたりかな?

 こう見えて私はけっこう強い。力を込めて殴れば岩ぐらいラクショーで砕けるぞ!

 

 ふふんっ!


 数日前に、ちょっとだけ面倒な依頼を頼まれた。

 魔の森、魔物がわんさかウロウロしている森に生えている、薬草を取って来て欲しいって依頼。

 魔物は別に、よほどの事がない限り、怖くはないけど……虫がね……い、いるじゃない?

 いっぱい足が生えていたり……羽があったり……急に飛んできたり……。


 に、苦手なの……あれ……。


 森とか特に……いるし、本当は断りたかったけど、知り合いにね、頼まれて……断れない。ちょっと前にお世話になったし、はあー、仕方がない。


 その日もいつも通り、装備を身に着け、小屋を出た。もちろん、大量の虫除けも忘れずに。

 森までは約半日、薬草を取って帰る……夜には家に帰れる、それだけの簡単な依頼の予定……だった。




 □□□□□□□□□□




 あの時、目的地の森の入り口に着いた私は少し遅い昼食を取っていた。


 座った二メートルサイズの岩の上から見る魔の森。

 見渡す限りに広がっている森の海。

 樹齢何年? なんて大木が見渡す限り立っている。

 ——風が吹いて木々や草が揺れている。

 空は雲一つない晴天で、白い綺麗な月が三つ浮かんでいた。


 ——突然。


『ドキャッ!!』


 大きな音がして振り向くと、——何かが宙に飛んでいる。

 

 その先を見ると、魔物がいた。足が六本あるのが特徴のシックスソックス。中級の魔物だ。それが、唸り声をあげている。


 宙を飛び地面に転がった……あれは……少年……?

 ——まずいっ! 私は走る。

 立ち上がった少年は……? ぼんやり白く光っている。

 何かを叫びながら地を蹴り、殴りかかって行く。

 私は力を解放し、撃つ!!


『バキャッ!!』


 爆ぜる頭。

 一瞬の静寂。

 シックスソックスは頭を失い、情けなく地に落ちる。

 だくだくと首から流れる大量の血が草を真っ赤に変えていく。

 少年が驚いた顔で私を見ている。


「おいおい、こんな所に私以外の人間がいるとは……大丈夫かい? ん? 君は……?」


 少年の目の色は……真紅だった……。


「ああ、悪い。神血の玩具……トイイコルの少年よ。邪魔をしたかな?」


 十七、八歳ぐらい? 上下ボロボロになった白い服を着ている。足は素足。


「君は……黒髪……。そうか、ここではないところからか……」


 少年は唖然としている。


「私はリリー、君の名前は?」


「……セイ……」


「セイか……、ようこそセイ、神々が暇つぶしに創った世界、スレイトラッドへ」


 私はセイに手を差し伸べる。


 あの英雄と同じ名前の少年に。


「君、汗と泥と……血でボロボロだよ?  大丈夫?」


 私はセイの手を掴み、引っ張る……が、途端に手に力がなくなる。


 彼は気を失っていた。


 おいおい……。


 はぁーー、ほっとくわけも……できないな、連れて帰るか……。


 薬草取りに来て。人間持って帰るなんて……聞いたことないよ。


 これが、私とセイの出会い、その始まりだった。




 □□□□□□□□□□




 小屋まで背負って帰り、気を失ったままの彼のボロボロの服を脱がせ、体を拭く。

 

 異世界人……なのに目が紅い。神の血が宿る異世界人……、聞いたことがない。

 

 傷だらけの手足に薬を塗りこみ、ボロボロの汚れた服を脱がせて、新しい服を着せ、いつもは私が使っているベッドに寝かす。

 このベッドがここで一番寝心地がいいからだ。

 ——まあいいさ、私は彼に布団をかけ部屋を出る。

 今日はもう遅いし寝よう、彼には明日聞けばいい。

 隣の部屋に入り、服を脱ぎ裸になる。私は寝る時は何も身につけない派だ。

 少し硬いベッドにダイブする。

 ——疲れた体は直ぐに眠りについた。




 □□□□□□□□□□




 ……ブツブツとなんだがうるさい……。

 音に目が醒める。

 寝ぼけた目で見る。


 ——目が合う。


 暗闇でも目立つ紅い目が、私をジーーっと見ていた。


 シーーーン…………。


 ………………。


「——あ、あの、けっして怪しい物では……」


 聞き終わる前に、


『バギャ!!』


 顔面を殴り飛ばす。吹っ飛び壁に激突、バウンドして倒れる。

 ヨロヨロと顔を上げたところに腹を蹴り抜く。


『ズゴッ!』


 ——衝撃で壁にめり込む。

 

 沈黙。


 私は壁にめり込んだ男を見る。気を失ったみたいだ。


 んー、なんだこいつ? トイレに行って帰って来て……あっ! 昼間、助けた子じゃないか。


 ん? と首を傾げて、「おかしいな、隣の部屋に寝かしたはずだけど……」あれ?


 ……ま、さか、私……部屋をまちがえた?


 やば、襲われるかと思って思い切りやっちゃった……さすがに強化はしてなかったけど、い、生きてるかな?


 ドキドキしながら近寄り、壁から引っこ抜いて様子を見る。

 ホッ、首もあるし、ちゃんと生きてる。大丈夫そうだ。


「とりあえず……ベッドに寝かそう」


 彼を持ち上げ、ベッドに寝かせ、布団をかける。

 胸を隠しつつ部屋を出る。


 彼に「ごめんね」と一言って。



 □□□□□□□□□□



 ……うーんと、布団のなかで背伸びをする。うん、いつも通りの時間だ。

 跳ね除け飛び上がる。

 プルルンと揺れる。

 

 ベッドから降りると、チェストの上に畳んで置いてあった、下着を身につけ、部屋着に着替える。


 隣の部屋の彼はまだ寝ているようだ。


「……さて、目が覚めるまで……何か作っておこうか——」


 ——私はドアを開けてキッチンに向かう。

 何がいいかなー、誰かにごはんを作るなんて久しぶりだ。




 □□□□□□□□□□




 ——ガチャリと音をさせドアを開ける。


 彼がビックリした顔でこっちを見ている。


 ……うわー顔、腫れてるねー……痛そう……殴った私がいうのもアレだけど。


「いやー、ごめんごめん、昨日ね、寝ぼけて部屋間違えちゃって……いつもはそのベッドで寝てるからさ」


 彼の横に行って「とりあえず、コレ飲んで」と布団から手を引っ張りだし、回復薬を渡す。


 彼はまじまじと、手のひらに乗った物を見ている。


「回復薬、結構強力なやつだよ。ホラホラ、毒なんか入ってないから」


「生きててよかったー、勢いで殺したかと思ったよー」

 

 嬉しくて、つい無傷な左の頬を指でグリグリしちゃう。

 恐る恐る手のひらにの回復薬を口にする彼。

 覚悟を決めた顔でゆっくりと口に入れる——

 んぐっんぐぐっ! とか言いながら飲み込んでる。

 ちょっと面白い顔だ。

 やっぱり苦いかな?


「……な、なんだ?」と彼は驚いて——


 腫れが引いていく……顔を触っている。

 体の痛みを確認しならがなのか、ベッドから静かに……、上体を起こす。

 痛みが無い事に驚いて——私を見る

 私は腕を組んでフフンと笑いかえす。


「すごいだろ! 私が作った薬だぞ」


 私はついでにカマをかけて聞いてみる。

 

「でさ、君。私の胸、おっぱい揉んだでしょ?」


「は、はひ?」


 顔が真っ青になる彼。


「寝ぼけてたけど……なーんとなく記憶あるのよねー」


 ——ずいずいっと顔を近づけて、真っ直ぐに目をみる。

 ……彼は諦めた様に。


「あのー、ごめん。知らなくて……わ、わざとじゃないんだ……ごめん」


 (ほほう、カマかけて見たけど本当に揉んだんだねー、乙女のおっぱいは高くつくぞー)


「へー、わざとじゃなくても……ダメだよねー、おっぱい揉み揉みしたら」


 私は素早く離れ、腰に手を当てビシッ! と右手の指先で刺す。


「——罰としてっ! 一緒に薬草取りにいこーか!」


 一瞬、ビクッとして……困惑している彼は。


「私はここに依頼で来ているのさ、その薬草取りを手伝ってよ」


 よくわかってないようだけど、頷いている。


「よし、改めてよろしく。リリーだよ」


「セイ……よろしく」


「よーし、怪我も治ったし、朝ごはん食べよっか」


 セイの腕を取り、立たせる。


 ニカッと笑い、「次、揉んだら切り落とすよ」と耳元で囁く。


「——は、はひ!」


 セイの肩を抱き、


「冗談だよ、そんな事するわけないだろー」


 変な顔をするセイを見て、笑いが堪えれない。


「じゃあ、食べながら、まずこの世界の始まりから教えてやるよ!」


 つい、吹き出して笑ってしまう。

 さあ、何から話そう。

 スレイトラッド、神の暇つぶしから生まれたこの世界を。

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