第二話 忘れたことも忘れて生きている

「セーーイっ! まってよーー!」


 後ろから走ってくる***は僕の横に並ぶ。

 随分走ったのだろうか、苦しそうに息が切れている。


「もう! 一人で勝手にスタスタ行っちゃうんだからっ!」


 プンプンと可愛らしい表情をクルクル変えて僕を見る***。

 怒った顔もかわいいなー、なんて思う。


「ごめんごめん、***ならすぐ追いつくと思って……、あそこで待ってるのも、なんだか学校のみんなに見られてるみたいで、恥ずかしくて……」


 付き合い始めたなんて……アイツらにバレたらなんて言われるか。


「あれ? なんかごまかしてない?」


 ——す、するどい!


 あはは、そんなことないよと明後日の方向を見て笑う。

 なんとか誤魔化そうとする僕を……ジト目でみる***。


「もうっ! 仕方ないわね! いいわ、今度ミスダのドーナツ、十個でゆるしてあげるっ!」


「——それ、たべすぎじゃね!?」


 笑いながら二人で一緒に歩いていく。

 ずっと続くと、変わらないと思った風景……。

 僕の大好きだった彼女。

 ……今はもう……。


 ——ああ、これは夢だ。まだ、世界が壊れる前の。守りたかった人……。忘れたことも、忘れた思い出……のの……は——




 □□□□□□□□□□




「——あぁっ!」


 ばね仕掛けのよう、上半身を飛び起こす。


「はぁーーはぁーーはぁーーはぁーー」


 額にベットリと、汗で張り付いた前髪を手ではらう。

 ……な、なんだ……、さっきの夢は……俺は知らない、知らない……誰だ? 俺の記憶なのか……。


「はぁーーはぁーー……」


 息が苦しい。

 俺はなんなんだ……。

 目を閉じ、激しく脈を打つ心臓を静めようと深呼吸する。

 両手の拳を握りしめる。


「はあーー、はあーー……はあーーふうーーはあーーふうーー……」


 少しずつ気持ちが落ち着いてくる……。

 緊張と動揺で硬く握り締めた拳をゆっくりとひらく……。

 

「ふうーー……」


 ここはどこだ? 

 暗闇のなか、周りを見渡す。

 壁とドアらしき物が見える。

 俺はどうやらベッド? に寝かされていたみたいだ。

 服は着ている……。

 ん? 足に何かあたる……なんだ?


 もにゅんとした感触……。

 何だろう? 手を伸ばして触ってみる。

 もにゅもにゅも……もにゅもにゅ……なんだろう? 柔らかい。


 まるでおもち? 弾力があり、でも柔らかい。しかし、そんなものが? 何故?

 

 気になって……そっと、布団をめくると……。

 そこには。

 誰かがいた。

 暗闇のなか目を凝らして見ると……。


 それは……女の子だった。


 ……そして……裸だった。


「はい?」つい、言葉が出る。


 ——バッと布団を元に戻す。

 布団に隠れる女の子。

 ど、どういうことだ?

 だ、誰?

 暗くて細部までは……見えなかったが……もにゅもにゅと揉んでいたのは……多分。


 おっぱい。


 意味が分からず、固まっていると……。


「うーーん」


 声が下からする。可愛らしい声——。


 もぞもぞと布団が動き、なかから女の子が出てくる。

 顔を突き出し、ふぁーーと、欠伸をひとつして……何事も無かったように、また寝始める。

 俺の真横に、知らない女の子がこっちを向いて寝ている。

 暗くても、顔が見える距離で。


 ——その女の子は物凄く……可愛かった。


 すうーすうーと、可愛らしい寝息の度に、もにゅもにゅと柔らかい何かが腕に当たってくる。

 ——心臓が、爆発したかのよう早鐘を打ち出す。


『ドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッ!!』


 ——落ち着け、落ち着け、落ち着け! 俺! 


 こんな時は、肉の文字を手のひらに三回書いて、額にその手をぶつけるんだ!

 

 にく、にく、にく、ひたいに『バシッ!』

 にく、にく、にく、ひたいに『バシッ!』

 にく、にく、にく、ひたいに『バシッ!』


 ……あ、あれ? な、なんか違う気がする……。


 ——くそっ!


 何故だか分からないが、むちゃんこ可愛い子が裸ですぐ横にいる!


 男ならこんな時、どうすればいい! 


 どうすれば!? DTドウテイの神よ教えてくれ! これはいってオッケーなのか? ダメなのかを! マイサンの神よ!


 ……もちろん、DTの神は答えてくれるはずもなく……。


 ——冷静になれ、ダメに決まっているだろう、決まっているだろうさ……まずは考えるんだ。


「あの時、俺は……どうなったんだ?」


 頭を必死に回転させて思い出す。


 ……追いかけられて、森から抜け出て……化け物の頭が吹っ飛んで……。

 そうか、その後……、俺は気を失ったのか……。

 顔をよくよく見ると、見覚えがある。


 ——てか、まつ毛ながっ! 爪楊枝が五本は乗るんじゃね!? っていかんいかん……そんな事はいまはいい……。

 自分のことをリリーと……言っていたな。

 助けてくれたのか……?


 しかし、何故……裸なんだ?


 これはあれか、家ではそういうタイプって奴か?

 

 家では服脱いじゃう系。

 裸でウロウロする自由人。

 もしくは、寝る時は裸族な人、etc……。


 ——いや、違うな。


 それなら一緒に寝ている意味が分からない。


 なら?


 俺を騙す? ……それこそない。


 わからないが、だけど、俺を助けてくれた。

 それでいいじゃないか、ラッキースケベ万歳じゃないか……。

 柔らかかったし、おもちだったのか……おっぱいはおもち……なんて、ブツブツ独り言を言っていると。

 

 ——目が合う。


 暗闇でも目立つ綺麗な、み空色の青い目が俺をジーーっと見ていた。


 シーーン…………。


 ………………。


 ——慌てて我に帰り、「あ、あの、けっして怪しい物では……」と言い終わる前に——。


『バギャ!!』


 顔面を殴られ吹っ飛ぶ。そのまま壁に激突し、バウンドして倒れる。


 ……朦朧とする意識で……顔を上げると……。


 ——腹を蹴られまた吹っ飛ぶ。


『ズゴッ!』


 衝撃で壁にめり込む。

 俺はしんだ……いや、意識を失った。


 ……。


 ……………。


 私は壁にめり込んだ男を見る。気を失ったみたいだ……。


 ……ふあーー、ねむ。


 んーー、なんだこいつ? トイレに行って帰って来て……あっ! 昼間、助けた子じゃないか。


 ん? と首を傾げて、「おかしいな、隣の部屋に寝かしたはずだけど……」あれ?


 ま、さか、私……部屋をまちがえた?


 やば、襲われるかと思って思い切りやっちゃった……さすがに強化はしてなかったけど……い、生きてるかな?


 ——ドキドキしながら近寄り、壁から引っこ抜いて様子を見る。

 ホッ、首もあるし、ちゃんと生きてる。大丈夫そうだ。


「とりあえず……ベッドに寝かそう」


 彼を持ち上げ、ベッドに寝かせ、布団をかける。

 胸を隠しつつ部屋を出る。

 最後、彼の方を振り返り「ごめんね」と一言って。




 □□□□□□□□□□




「……う、うーん……」


 眩しい……。


 目を……開ける、そこは五、六メートル四方の小さな部屋だった。

 ドアがあり、小さな窓が一つある。東側だろうか? 日の光がフワリと入ってきている。

 隅に三段のチェストが置いてある。

 全身のいたるところがズキズキする。


 なんとか起きようと、体を動かそうとするが「——いっづ!」鋭い痛みが体を貫く。


 体が自分のモノじゃないみたいだ。

 

 痛みで動けそうにない……これ、骨が何本か折れてないか?

 特に顔と脇腹が痛い。

 はーー、ため息混じりに顔を触ると、右が腫れているみたいだ。

 

「……どうしよう」


 途方にくれて天井の木目を見上げる。

 あの子……、リリーだったか。化け物の頭を吹っ飛ばした……まあ、俺も吹っ飛んだんだけど……すげー強い。

 

 一体何者なんだ?


 俺が痛みで動けずに、色々と考えていると、突然、ガチャリと音がしてドアが開く。

 ドアが開いたそこには……リリーが立っていた。


 ラフなゆったりとした、麻? だろうか、上は白、下は薄茶色い服を着ている。

 あっけらかんとした感じで話し出す。


「いやー、ごめんごめん、昨日ね、寝ぼけて部屋間違えちゃって……いつもはそのベッドで寝てるからさ」


 話しながら寝ている横まで来て、「とりあえず、コレ飲んで」と布団から俺の手を引っ張り出して手渡してくる。


 見ると、黒い飴玉? みたいな物が手のひらに乗っていた。

 大きさは一センチぐらいだ。


「回復薬、結構強力なやつだよ。ホラホラ、毒なんか入ってないから」


 生きててよかったー、勢いで殺したかと思ったよー。物騒なことを言いながら、うりうり、うりうりーっと、笑いながら俺の無事な左の頬を指でグリグリしてくる。

 

 フレンドリーすぎねー? この人。待て待て勘違いしたらダメだ。気を強く持つんだ俺。たまにいる無意識タッチ系の子だ。まずは……、無関心のフリだ。


 ……昨日の殴られた事を思い出し、逆らえるはずもなく……飴玉を喉につまりそうになりながら、なんとか飲み込む。


 ——苦っ!


「な、……なんだ?」


 俺は、その突然の変化に驚く。

 だんだんと体が熱くなってきて、特に痛みが激しい部分が熱い——。

 

 だが段々とその熱が引くと……同時に痛みが消えていく……。


 顔に触ってみると……痛くない。

 試しに、ゆっくりと……体を起こす。


 あの全身をカミナリみたいに貫く激痛は……ない……。


 驚いてリリーを見ると、腕を組んでえらそーにフフンと笑う彼女がいた。


「すごいだろ! 私が作った薬だぞ」


 あっと言う間に怪我がなおってしまった。なんなんだこれは?


 異世界……。


 驚愕で言葉の出ない俺に……更に畳み掛けるように、

 

「——でさ、君。私のおっぱい揉んだでしょ?」


「は、はひ?」


 何故、今それを? 顔から血の気がサーっと引いていくのがわかる。


「寝ぼけてたけど……なーんとなく記憶あるのよねー」


 ——ずいずいっと顔を近づけてくるリリー。

 ち、ちかい、五センチ手前で、青い目が真っ直ぐこっちを見ている。


 ……俺は観念する。


「あのーー、ごめん。知らなくて……わ、わざとじゃないんだ……ごめん」


 (ほほう、カマかけて見たけど本当に揉んだんだねー、乙女のおっぱいは高くつくぞー)


「へーー、わざとじゃなくても……ダメだよねーー、おっぱい揉み揉みしたら……」


 リリーは俺から素早く離れ、腰に手を当てビシッ! と右手の指先でさしてくる。


「——罰としてっ! 一緒に薬草取りにいこーか!」


 リリーの大声に一瞬、ビクッとして……はい? 薬草? なんで?


「私はここに依頼で来ているのさ、その薬草取りを手伝ってよ」


 よく分からないが……頷く。


「よし、改めてよろしく。リリーだよ!」


「セイ……よろしく」


「よーし、怪我も治ったし、朝ごはん食べよっか」


 リリーが俺の腕を取り、立たせる。

 ニカッと笑い、「次、揉んだら切り落とすよ」と小さい声で耳元で囁いてくる。


「——は、はひ!」


 俺の肩を抱き。


「冗談だよ、そんな事するわけないだろー、なはは」


 冗談? や、やめてくれ、心臓に悪い。

 

「じゃあ、食べながら、まずこの世界の始まりから教えてやるよ!」


 俺を見て、笑うリリー。

 その笑顔を見て思う。

 黙っていたら最高に、可愛いのにと……。

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