第80話

「それからもう一つ。ねぇ、エルザ。君ってば思いっきりエドヴァルドに思考操られたよ」


 ギュンターが重々しく言葉を言い終えた瞬間、私も遅まきながら気がついた。


「エドを守らなきゃと思っていたはずなのに私――――」

「そうだよね。リーナと一緒にエドヴァルドを連れて来ればよかったんだよ。いつものエルザなら絶対にそうするでしょ、あの状況」


 私の言葉をスパッと遮ってギュンターは大きく息を吐く。

 彼の何が大丈夫だと思ったのだと少し前の自分を思い切りぶん殴りたい。

 慌ててエドの様子を探ってはみても――――


「何も分からないよね」


 ギュンターにきっぱりはっきり言い切られる。

 正にその通りで、一気に血の気が引く。

 心臓が尋常ではない鼓動を刻む。

 吐き気が止まらず、それでも兎に角エドの所に向かおうとした瞬間。


「大丈夫だよ、あの中でエドを殺せる奴は居ない。むしろエルザにとっては彼が死んだ方が良い事あるかもだよ」


 彼の……ギュンターの言葉を理解したくないと強く思った。

 私はまた逃げているのではないかと、それが怖くなる。

 エドが私から隠した事。

 思い出さない方が良いよ、考えない方が良いと誘導した事。

 そこにこそ大事な何かが――――


「まだ早いよ。今はスパイの事から片付けよう」


 ギュンターが困ったように笑いながら私を見ていた。


「エドは――――」


 思わずもう一度確認してしまう私へと、ギュンターは優しい眼差しと声で伝えてくれる。


「大丈夫。これは本当。だからまずはスパイから。その後でエドの言葉や彼のことを考えた方が良いと思う。私見でしかないけどね」


 私が安心するように自分の考えを追加して教えてくれることに、本当に感謝だ。


「ありがとう、ギュンター。それでは改めて説明を。私の側近が次々とそばを離れる事態に、違和感を感じていても動けなかった。物置小屋に私を誘導し閉じ込めたのは普通科の士爵家の出の淡い亜麻色の髪をした少女。次に物置小屋に入ってきたのは皇帝陛下の孫であるエリザベートと、ノッチング男爵家の長子であるアルント。アルントの顔が何故か私が認識できないという異常な状況。次にバーベンベルク公爵家の次期当主であるエドヴァルドが助けに来てくれた。エリザベートとアルントが物置小屋を出て行った後、ドアを破って入ってきたのは二名だけ。一名はこちらに気がつかれないようある程度離れて様子をうかがっていた。そしてリーナが駆け付ける。ここまでは良い?」


 ギュンターと私の会話の間に、見事な凍結から解放されていた皆へと視線を向ける。

 皆が肯いたのを確認してから更に話を続けた。 


「ドアを破って入ってきたのはフリードリヒとイザーク。離れて此方を窺っていたのは――――アイク。私の従者」


 皆が沈黙する中、控えていたカーラへと視線を向けた。

 アイクの双子の姉であるカーラ。

 彼女と弟のアイクは幼い頃から私に仕えてくれていた。

 二人の母親であるブランシェは、私の母付の侍女で母の故郷から付いてきたのだ。

 カーラとアイクの父親であるバルドは、私の家に代々仕える家系で、現在は我が家の執事をしている。


 ……あれ……?

 おかしい。

 とてもおかしい。

 カーラが居るの……?


「あ、今気がついたんだね」


 ギュンターは飄々と何でもない事の様な声音と表情。

 だが、私は非常に混乱していた。

 皆が死んだ後からの記憶が確かであれば、カーラは――――


「敵方に居たはず、だよね。君が目覚めた時に、彼女は側に居なかった。何より実際あちら側に居るのをここに居る全員が目撃している。そもそも、彼女は普通科じゃないし、何より一つ年上だ。つまり」


 ギュンターが言わなかった言葉を心の中でだけ呟く。

 そう、私の侍女のカーラは一つ年上で学年が違う。

 だから……死んではいない。

 要するにエリザベートの能力の影響下にあった、はず。

 ……どういう事……?


「肝心な事が抜けてるよ。君、今の今まで彼女が側に居ないにも関わらず、その事に違和感が何一つ無かった。目覚めた時にゴタゴタしていたとはいえ、幼い頃から君に影のように付き従っている二人をだ。ディルクは部屋に押しかけて来たからわかる。でも他の君付きの人達は成人しているけど、彼女とその弟は違う。それならこの学校内に居るはずだよね。なのに在校生である彼女とその弟を、君が一切合切気にしていないのは余りに不自然だ。影のように君の後ろに控えているのが彼女とその弟だよね。この状況で、どうして君は彼女と彼を綺麗さっぱり忘れていたの?」


 目の前が真っ暗になる。

 そう、そうなのだ。

 私の体調が悪化してからは必ず誰かが私に付いていた。

 特に自室で寝ていたのなら、侍女の誰かが確実に側に居る。

 大人が居ないという状況下、カーラかアイクが私の側に居ない事に疑問一つ抱かなかった。


 ましてやこの事態で、あちらにカーラとアイクがいるのに、私は――――

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聖女の条件 卯月白華 @syoubu

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