第79話

「リーナ……?」


 声まで漏れ出てしまう。

 何故此処に彼女がという疑問が膨れ上がる。

 同時に焦燥感も。

 リーナを守れるかが不安になったのだ。

 現在この場に居る相手で味方はエドとリーナ。

 二人同時は自信がまるで無い。

 最悪な事に、頭の中と心の中は嵐さながらで集中力も心許ないという悪条件。


 エドと私だけならまだ何とでもできたのだが――――ここまでで泣き言は放り捨てる。


「あははは、皆さん怖いなあ。それじゃエルザ様、残念ですが」


 私の決意を完全に汲み取ってくれたエドには心底感謝だ。

 ゆっくりと起き上がったエドが恭しく私に手を差し伸べる。

 無表情且つ無言でエドに手を重ねながら、気がつかれないように力を練る事に苦心。

 ただでさえ平静な状態ではない事が足を引っ張る。

 いつもの”異能力”の使い方とは違い、まだ”の扱いの実践になれてはいないのだ。

 頭の中と心で使い方は把握しているけれど、実際に使った事が無い。

 ましてや他の人を巻き込んでというのは不安しか……それでもこの場にとどまり続けるのは許容範囲外だ。

 あまりにも危険が高過ぎると私の本能が大声で叫ぶ。


 立ち上がって辺りを睥睨。

 気配と人物を一致させてから力を解放し、繋いでいたエドの手を離しリーナのみを連れて速やかな逃走を図る。


 <もう一人になっちゃダメだよ>


 手を離す直前、エドから流れ込んできた言葉に苦笑しか返せない。

 やはりエドは一人になった私を心配して来てくれたのだ。

 ”枷”は外したし、それが誰にも分からないように隠蔽もしているからエドは大丈夫。

 もし何かあっても分かるように設定もしたのだ。


 <あそこに居る姿が見えないよう、絶対に信用しないでね。所謂色んな意味での内通者だから。それから最後にもう一つ。内緒話はエルザがいるところで必ずを徹底した方が良いよ。エルザの近くは君が無意識にいつでもこの空間の主から偽装してるから>


 私が目くらましをする直前、エドに肩を掴んで心に直接流し込まれた情報に面喰いながらも…不審者が誰かを確認することに成功。

 相手が気がついていない事にも。



 さほど力を使わなくともどうにか逃げ切り寮の自室へと到着。

 おそらくだがエドの助力があったとのだと思う。

 本当に今日はエドに助けられっぱなしだ。

 今日だけではなくいつもだろうと苦笑がもれたと同時に、ようやく詰めていた息を吐けた。


「……何がどうなっているのかがまるで分からないのですが、エルザ様?」


 良い笑顔のリーナ。

 だが目は全く笑ってはいない。


「エルザ様、ご説明をお願い致します」


 橙色の瞳をこれでもかと吊り上げていらっしゃるのはベアトリス様。

 声だけは優しいのが不気味ですね。


「エルザ様、焦らず慌てずゆっくりとで構いませんから、ご説明お願い致します」


 アーデルハイト様の柚葉色の瞳は優しい。

 声も優しい。

 けれど雰囲気は……


 リオニー様、ナディーン様、オティリエ様は沈黙を守っていらっしゃるけれど、視線はとても痛い。


「それで、話は何だい? ここに居る相手にだけ聞いて欲しいって事だと判断するけどね」


 ギュンターの飄々とした態度は相変わらずながら、困った子を見つめる眼差しに居た堪れなくなる。


 それでもどうにか起こった事を、秘密の所は秘密にしつつ掻い摘んで説明し終えたのだが……


「…………………」


 沈黙が痛いですね。

 自分でもやらかしたとは思っているのです。

 うっかりどころではないのは自覚しているからこそ、非常に申し訳なくなる。

 体感としては…エドを除き、相手側にこちらの計画は気がつかれていないのではないかなとは思う。

 どうやら私が無意識にしている事が功を奏しているらしい。

 考えてみれば聞かれて不味い話は必ず私の前でしているのを思い出し納得。


 大体の事情を説明したけれど、情報量が過剰でまだ上手く整理できない自分が嫌になる。

 確実に誰の話題が出たからなのかも、何が原因かも分かってはいるのだ。

 それを処理できない私の弱さが心底嫌いだと思う。


「……で、覗き見していたのは誰?」


 ギュンターが隠していてことをあっさり言ってしまうので思わず固まった。

 エドの言葉の意味を確かに皆に話して考えようと思っていたのは確かだ。

 けれど端的過ぎるのではと思う私は甘いのだろうか……

 その人物を明確に信用できるほど知っている訳ではない。

 それでもこの状況でさえ味方だと思っていた。

 だからこそ心も頭も必要以上に疲弊困憊している。

 頭がお花畑だと言われれば否定できないなぁと、また思考が逃げた。


「…………殿下、覗き見とは一体……?」


 リーナが代表してギュンターに問いかける。

 皆の視線が私から外れてセーフな心持ち。

 体よく心が逃亡しているだけだとは分かっているのだけれど、少しだけ休息が欲しかった。

 ……受け止めるから。

 覚悟はとっくに決めているのだ。


「あっち側のスパイがいるって話だよ。もしかしたら他の種族だか異世界だとかのスパイかもしれないけどね」


 ギュンターが苦笑いで告げる言葉に、皆が見事に瞬間凍結されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る