おまけの陰陽助惑乱

第175話

 さてさて陰陽寮の陰陽博士の、安倍琴晴はまたまた手柄を立てただ。

 神楽の君様が内裏をお去りになられる時に、全ての形跡をお消しになられたと思っていたが、そこはお優しい神楽の君様であられる。陰陽博士が送り込んだ女官により、皇后様がお目覚めとなられ、その真因であった怨霊も調伏ちょうぶくしたと云う事にしてくださっていたから、またまた手柄を立ててしまい、陰陽寮の陰陽頭おんようのかみ様の補佐をする次官の陰陽助おんようのすけ、従六位の上とかになってしまった。

 当然の事ながら、全てのお手柄は上司にいくから、上司もいろいろと美味しい事になっている様で、陰陽寮の宮中での立場が格段に上がっているとも言われている。

 なんだか最近の琴晴の待遇というか、同僚からもへつらわれている様に思うのは、自信過剰ってヤツだろうか?

 なんだかんだと出世しそうだが、神楽の君様に恩恵を授かっては、我が身が危ぶい事も察しがついて来ている。

 するとこれは全て、後院のお妃様からのご命であったと、今上帝様にはご報告が行った様で、とにかく安堵の琴晴である。


 そして日々お幸せそうな、若きご夫婦の事が漏れ聞こえて来る昨今、初夏の陽射しもかなり強いものとなって来た頃、久々の吉日のご夫婦の日取りなどをお調べする事となった。

 このは子授かりの吉日を占う事で、そろそろ、と云ってもいいのかもしれない……。

 そうなると、実の処を知っている琴晴は、神楽の君様を思って考えてしまう。

 ……と云うのも、何せ琴晴の身に余りすぎる屋敷は、神楽の君様のお屋敷よりもはるかにはるかに御所に近いから、実に巧妙に実に巧みに今上帝様がお忍びで、お越しになられる事がおありになられるからだ。

 それは今上帝様が、誰よりも神楽の君様を思っておいでであられる証だ。

 つまり今上帝様は、今生のお勤めを果たされるが為に、内裏においてのみ皇后様を愛されておられる。否神楽の君様が、微かに皇后様にお残しになられたお姿を愛される。

 それを知っていながらも、琴晴は今上帝様のお勤めの為に吉日を占う。

 若きご夫婦が深められる愛の夜を占い、陰陽頭おんようのかみ様の代理として上奏申し上げる事もある。

 そんな今上帝様のお気持ちを知りながら、ご奏上する陰陽寮に在籍している。

 今上帝様は、幼き頃よりの側近である乳兄弟の晨羅より報告を受けられて、それはご心痛なる顔容に、歪んだ微笑みをお浮かべになられるそうだ。

 違う形であるにしても、幼き頃よりの情をお持ちの皇后様に、哀れみの愛おしみをお持ちになられて夜を重ねられていられる。

 哀れと思し召しになられながも、夫婦として愛し合わねばならぬとは、羨ましいと云うよりも琴晴にだけは、今上帝様の悲鳴の様なものが聞こえるのだから、やっぱり琴晴はと云っていい。


 そんな琴晴だが、昨今では今上帝様からの覚えもすこぶる良好だ。

 何せ〝命があるだけ幸い〟な事柄があったから、今上帝様を垣間見ては生きた心地がしないのは当然で、銀悌にこっそり教えてもらって、それこそ出くわさない様に、通いの妻の所にしけ込む様にしていた時期もあったが、生まれ持った処世術のお陰で、今では神楽の君様とのに便宜を図っているから、今上帝様にも信頼を頂ける様になってしまった。

 なんと云ってもこすっ辛く悪知恵に長けているから、先達せんだっても今上帝様の邪気落としとかなんとか、かなり胡散臭い理由を上手い事見繕い、御幸なるものをして頂いて、それこそかなり上手い事して、神楽の君様とお出掛けなど頂いたりしているし、身に余る程の寝殿造りの屋敷には、ちょっと不思議な牛が馬と一緒に来たので、夜な夜なその牛に車を轢かせ、大胆にも今上帝様をお迎えに行かせ、我が屋敷でお休み頂く事もしばしば。

 何せ不思議な牛が轢く牛車は、夜になるとその姿を消すのだらそれは奇々怪々だ。

 それは無論の事主上様を、神楽の君様の元で安らにお休み頂く為である。

 ……そのは、精神的な意味であり、決して肉体的な事ではない事を付け加えるのは、かなり琴晴が狡っからくある事を伺わせる。

 この手腕には、この国の主上様の側近中の側近の晨羅も、神楽の君様の教育係りにして神使の銀悌も、ただただ脱帽するしかない程だ。

 まっ、で、琴晴の右に出る者は存在しないと、昨今では自負する琴晴である。


 そこへ持ってきて、権力を欲しいままに、と欲を剥き出しの摂政様からも、初夜の儀のくだんしかり、眠りにつかれたままとなられた皇后様をお目覚めさせた件で、それは厚い信頼を頂き、先は陰陽頭と目されている状況である。


 そんな順風満帆な琴晴は絶対、失敗しくじってはならないを、生まれ持ったそれは鋭い勘で知っている。

 それは知れば知る程に無垢で純真であられ、うぶで愛らしくお可愛いらしい神楽の君様であられる。


 ……そうだ、あのお方だけはヤバい……


 生まれつきの勘が危険信号を送る。


 ……あのお方だけは気をつけろ……


 と警鐘を鳴らす。

 決して女体にしか興味の無い琴晴だが、同性の神楽の君様の美しさと愛らしさは危険過ぎる。

 だからできるだけ気をつける。

 失敗りを、犯してしまいそうになる己が恐ろしい。

 ただただ日々、できうる限り二人だけにはならずに、失敗る事の無い様に細心の注意を心がけている。

 しかし、何故だかかのお方は琴晴をお気に召して、何故だかそれは親しくお誘いをくださるから、だからとても琴晴は困惑するばかりだ。

 惹かれる己は、ただおそれを抱く。


 ……いつか失敗りを犯すのではないか……


 と、


 ……いつかあのお方のご信頼を、裏切る事を仕出かすのではないか……


 と……。


 琴晴は今上帝様のお側で、それはお幸せそうなかのお方のお姿を、我が脳裏に刻み込む。

 あのお方の、唯一無二のお方の存在を刻み込む。

 その目でその耳でその感覚の全てで……。

 決して我が身が付け入る隙を、お与えはくださらない事を……。



 ……結局あの屋敷は建前的だけ琴晴名義の、神楽の君様……いやいや、今上帝様の里内裏的な存在だ……


 として我が身に、言い聴かせる。

 火災などで一時的に、内裏を親族の屋敷に移行される様に、今上帝様が今生のお勤めを果たされるが為の、御心の均衡を保たせられる為の、神楽の君様との愛の巣の隠れ家としてあの屋敷と琴晴は存在し、を全うさせるが為のとして、琴晴は出世を果たし責務を果たす義務を負う。

 その為に選ばれたのであると、自らに言い聞かせる。

 その為に狡っ辛く悪知恵を駆使して、何処まで上れるか高みへと上る。





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