第172話

 神楽の君様はそれはそれはご不機嫌で、後院のお妃様の元にお出でになられた。

 今日も上皇様は参内して、お元気におなりの皇后様に、ご機嫌伺い方々今上帝様に会いに行かれておいでだ。

 お妃様は紫の匂いとか云うかさねの色目に、それは薄い紫色の細長ほそながを召されておいでだ。

 だいたい、年若き公家の姫君様のお召し物とされているが、そんな事はお気にもお留めになられないから、それは見事に美しく着こなされてしまわれる。

 ちょっとの間女御様であられた神楽の君様は、さすがに呆れ顔をお向けになられるが、そんな事すらお気にお留めにならずに、神楽の君様を見つめられる。


「皇后が目覚めたとか?」


「お母君様は、ご存知であられたのでございますね?」


「まぁ?何を?」


 物凄ーく物凄ーく、らしく言われる。


「……なんともしらじらしい……」


 神楽の君様は、顔容を歪められて睨め付けられる。


「はっ?またまた如何して、その様に不機嫌な?」


「主上が思いを溢れ出し、その瞳に私を映し出したが為、皇后は嫉妬に苛まれて身を焦がし、邪へと堕ちかけておりました」


「……ゆえに私が、申しましたでございましょう?蒼輝の思いが溢れ出す前に、そなたは身の振り方をと致せと……」


「母君様、私はと、主上に申しました。が、アヤツがいろいろと難儀を申しまして……」


「何がです?はっきりと思いを、伝えぬからでございましょう?」


「伝えました。伝えたゆえ、思いが溢れたのでございます」


「なんと?」


 物凄ーく物凄ーく、らしく驚かれたので、神楽の君様の額に、青筋が浮かび上がられた。


「皇后があれ程の思いを、抱いておろうとは……」


「あれ程ゆえ、そなたが決断致すしかありますまい?」


 お妃様は、同じ瞳の色を持つ神楽の君様を直視される。

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